第22話 砕剣の果て、黄金奔る
『ゴブリンヴィール』
ゴブリン種における勇者の称号を持つ個体。
三メートルに達する巨体を鉄のような筋肉で包み、人間と同等の剣技を操る。
本来なら銀級冒険者がパーティを組んでようやく対処できる、このダンジョンには存在し得ない災害だ。
「ご、ゴブリンヴィールだと!?」
「何だよあいつ! 下層から上がって来たのか!?」
「ここのダンジョンのボスはミノタウロスのはずだ!」
「あんたら落ち着きな! 大事なのは今の状況だよ!」
カリーの声で俺達は少し冷静さを取り戻す。
レギンが『ゴブリンヴィール』と呼んだ魔物は、死んだ魔物の肉片を摘み食んでいる。
通路の角に身を潜め息を殺して奴を観察する。
「ゴブリンヴィールだっけ……どんな魔物なんだ?」
「書物で見たことがあるだけだ。ゴブリンの選ばれし勇者……このダンジョンには出ぬはずだが……」
「いる物はしょうがないよ。どうするのかを決めるんだねえ」
「正面からやり合えば数秒で肉塊にされるだろう。だが――」
レギンが震える拳を握りしめている。
「我が残り時間を稼ぐ。最後の体力回復薬をよこせ」
「何言ってるんだい! 時間を稼ぐのも無理だよ!」
「奴が現れたのは、我を狙った暗殺者の死体が原因だろう。……命を賭しても戦う責任がある。貴様らは逃げてこの事を──」
「何言ってんだよ。今さら逃げたりしないよ」
「俺もだぜ。ここで逃げるなんて、男のする事じゃねえな」
俺達の言葉にカリーは驚愕している。
「あんた達……何で逃げないんだい? 死ぬかもしれないんだよ」
「貴族として産まれた以上、果たすべき責任がある」
「男だからな。仲間に任せて、背中見せて逃げたりしねえよ」
「強くなるって決めたからね。……何かを守りたい時に逃げる理由を作りたくないんだ」
「……はぁ。 あんたら馬鹿だねえ」
カリー声には信頼が混じっていた。
「攻撃を食らうかもしれないからカリーは離れててくれ」
「わかったよ。私は少し離れて索敵に回る。魔物が来たら叫ぶからあんたらはあいつに集中しな!」
俺達は戦うことを決めた。
命を懸けた実戦において、これまでで一番の強敵だろう。
しかし俺達の誰一人として死ぬ気はなかった。
----------
一番消耗していたレギンに最後の回復薬を飲ませ、俺達は打つ手を考える。
「まずは投擲で様子見をしよう。効くようなら距離を取って投擲で体力を削る」
「効かぬ場合は?」
「急所を狙う近接戦しかないな。俺があいつの剣を封じる。とどめは二人に任せたよ」
「封じるってよ……あの俺達の体くらいある鉄塊をか?」
「そこは俺を信じてくれ」
「……へっ、わかったぜ。じゃあ俺の能力で隙を作る」
「我が全力最高の一撃で決めよう」
俺達は覚悟を決めてゴブリンヴィールの正面に立った。
「己力投写!!」
「我が腕は『投石機』!」
俺とレギンの能力を使った強力な投擲が放たれた。
白い尾を引いて飛んだ石が奴の眉間に直撃する。
一瞬の期待。
だがそれは直ぐに打ち破られた。
石は皮膚を数センチ切り裂いただけで弾き飛ばされた。
「──グオオォォォ!!」
強烈な殺意が通路を満たし、咆哮が轟く。
奴は石床を踏み砕きながら突進し、身の丈ほどもある大剣を横薙ぎに振り抜いた。
壁がまるでガラス細工のように粉砕され、瓦礫が舞う。
「投擲では無理だ! 作戦通りいくぞ!」
いつもの速さでは殺される。
足に『己力投写』を限界まで込めて駆ける。
関節が悲鳴を上げ、筋肉が断裂する寸前の負荷。
俺は疾風の如き速さで、大剣が振り回される懐へ潜り込んだ。
「グルオォ!」
ゴブリンヴィールの大剣が俺へ振り下ろされる。
避ける、という選択肢が頭に浮かばない。
それは斬撃と言うより、まるで崩落のようだった。
「うおおぉぉぉ!!」
俺は左腕に決死の全出力を込めて、剣を振り上げた。
───ガギィィィンッ!!
巨大な鉄塊と俺の剣が衝突する。
鼓膜を破るような金属音が空気を震わせ、火花が狂い通路を照らした。
「ぐ、がぁ……ッ!」
押し寄せる圧倒的な質量と力。
凄まじい衝撃に俺の腕が悲鳴を上げた。
メギッ!
という嫌な衝撃が伝わり、俺の左腕があらぬ方向に折れ曲がる。
脳を焼くような激痛が走った。
それでも俺は意識を手放さない。
剣を右腕で支え、今度は剣そのものに全能力を注ぎ込み大剣へ向けて振るう。
パキィンッ!
限界を迎えた片手剣が砕け散った。
だがその一撃はゴブリンヴィールの体勢を大きくよろめかせる。
俺はそれを見逃さず、足で大剣を蹴り抜いた。
「──らああぁぁ!」
──ドゴォンッ!!
凄まじい衝撃の代償として、俺の足の骨が内側から砕け衝撃が全身を走った。
だが大剣は持ち主の手を離れ、通路の奥へと虚しく転がっていく。
武器を失い隙を見せたゴブリンヴィールに、グルーが迫る。
「残響傷『ナイフ』!」
グルーの右手から具現化した刃が飛び、ゴブリンヴィールの片目を抉った。
「グラァァア!!」
悶絶する奴の横腹へ、グルーが大剣を叩き込もうとした瞬間。
怒り狂ったゴブリンヴィールの丸太のような鉄拳がグルーに直撃した。
「が、かッ……!」
肺の中の空気が押し出され、バキリと肋骨が折れる音が響く。
骨が内臓に突き刺さり、グルーの口から鮮血が溢れた。
だが壁に叩きつけられたグルーは、血を吐きながらも鬼気迫る笑みを浮かべていた。
「……てめえも食らってみやがれッ!!」
グルーの全身が光を放つ。
自身を襲った緑の鉄拳がそのまま再現され。
ドォォォンッ!
爆発的な衝撃波がゴブリンヴィールの顔面に直撃し巨体を大きく崩す。
「グ、グオォ……ッ!」
「──やれ、レギン!!」
グルーの声に応え、黄金の光を纏ったレギンが地を蹴った。
「我は敵を貫く──『大槍』!!」
踏み込みと同時に金色の閃光が奔った。
軌跡すら残さぬ超高速の突進が標的の胸元を射抜く。
しかし奴の強靭な肉体は槍と化したレギンを筋肉で食い止める。
「……くっ、うおおぉ!!」
「グルァァァア!!」
レギンが押し返されようとしたその瞬間、俺は砕けた足を引きずり死に物狂いで立ち上がった。
「レギン! 止まるな!!」
激痛を無視してレギンの背中に残った右手を押し当てる。
「己力投写!!」
俺の能力がレギンの体を爆発的に押し出す。
踏ん張った足に全膂力と、俺の能力の力が集中した。
反動でレギンの足が折れ筋肉が断裂して弾ける。
それでも黄金の槍は止まらない。
「ぐッ、あああああッ!」
絶叫と共に放たれた一撃が、ついにゴブリンヴィールの心臓を貫き通した。
「グ……ォォ……」
巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
俺達は誰も立ち上がることができなかった。
指一本動かすことすらままならない。
それほどの死力を尽くした戦いだった。
「あんた達大丈夫かい!」
遠くでカリーの声が聞こえる。
「い、生きてるか……?」
「痛え……まじで死ぬ……」
「ぐっ。だが勝ったぞ!」
安堵したカリーだったが表情を変える。
「まずい! 大量の足音が聞こえてくるよ!」
その言葉に絶望しそうになる。
こんな状態ではゴブリン一匹にすら勝てない。
音がすぐそこまで来ている。
だが、来たのは魔物ではなかった。
「お前ら無事か!!」
「た、タウル……」
仲間を無事に届け、ギルドへ報告した後に救助隊を引き連れて戻ってきたタウルだった。
「誰か回復を!」
「こりゃあゴブリンヴィールか!?」
「他には居ないか!」
駆け寄る冒険者達の回復能力に包まれながら俺の意識は急速に遠のいていった。
母さんの料理が食べたい。
何故か無性にそう思ってしまう。
お読みいただきありがとうございます!
皆様のおかげで執筆を続ける元気をいただいています。
今の目標は、読者様から「感想」や「レビュー」をいただけるようになる事です!
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、評価やブックマーク、リアクションで応援いただけると、凄まじく嬉しいです。
完結まで書き続けます、引き続きよろしくお願いいたします!




