第20話 死地で退かぬ者たち
低級ダンジョン・第七階層
二つ星に進級してからの俺達は、授業日以外はほぼ毎日ここへ潜っている。
だが階層が深くなるにつれ魔物の数も悪辣さも増している。
俺達四人は魔物の湧かない安全部屋で休息を取っていた。
「……疲れたぜぇ」
「きついな。数に押し切られそうになる」
「わ、私はゴブリンを止めるのが精一杯で……ごめんね……」
「やっぱり手数が足りないねえ」
クラスでチームメンバーを探してみたが、実力者はすでにチームを組んでいた。
ラロのクラスも同じだ。
冒険者ギルドで募集しても、子供だと思われて舐められ誰も来てくれない。
「一つ星のクラスからも探すか? 強え奴はいそうだけど」
「このまま見つからなかったらそうしようか」
俺達が方針を話し合っていると、通路の奥から絶叫が響いてきた。
「今の聞こえたか?」
「人の叫び声だよな。誰か襲われてんのか?」
「た、大変だよ! 助けにいこう!」
「ああそうしよう!」
俺達は休息を切り上げて武器を手に声の方向へと走り出した。
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通路を抜け開けた場所に出た俺達は、その悲惨な光景に息を呑み込んだ。
石床を濡らすおびただしい血。
倒れているのは魔物ではなく人だった。
鼻を突く血の匂いに胃の中がせり上がる。
その中心でボロボロになりながら戦っていたのは。
──レギン・ヘシマ・アヴァディス・キファルメだ。
だが相手は魔物ではなく、黒い装束に身を包む人間だ。
「……人殺しか?」
グルーが呟いた。
「頼む! 助力を願う!」
こちらに気がついたレギンが俺達に叫ぶ。
背後には負傷して怯える女の子がいた。
「レギンに加勢しよう! 仲間を庇うあいつを信じる!」
「了解! 叩きのめしてやるぜ」
「わ、私は怪我人を回復するね!」
俺達は駆け出した。
俺は走りながら、父さんに言われた能力の切り替えを意識する。
足に込めた『己力投写』を踏み込む瞬間に消す。
その全出力を即座に手のひらの石へ。
放たれた石は風切り音を鳴らし、レギンを追い詰めていた男の腹部にめり込む。
「がはっ……!?」
男が崩れ落ちる。
「助かった! 残りは二人、火と氷の使い手だ!」
黒装束の二人が光る手を前に突き出した。
「邪魔をするならまとめて殺す!」
膨れ上がる巨大な火炎と氷塊。
「火は俺がやる! グルーとレギンが氷だ!」
「了解!」
「いいだろう!」
俺は指示を出し二手に分かれる。
火炎使いの正面に立つ。
火炎は人を包み込めるほど巨大になっていた。
「ガキが……死にやがれ!」
俺に狙いを定めた火炎が放たれた。
肌を焼く熱気が近づく。
俺は横に飛び回避を試みる。
だが火炎は意志を持っているかのように軌道を変えて俺を追い続ける。
(追尾してくるのか! それなら!)
回避のため足に込めていた能力を瞬時に右手の石に移す。
一発、二発と続けて投擲をする。
「うおっ! ちょこまかとっ!」
走りながらの為精度が低く、避けられてしまったが。
それでいい。
男の意識が逸れた隙を見逃さず、ラロの回復で立ち上がったレギンの仲間が背後から巨大なハンマーを振り下ろした。
「くらいやがれ!」
ゴガッ
と重い音が響き火炎使いの意識は途絶えた。
同時に俺を追っていた火炎も霧散する。
俺はグルー達の加勢に向かう。
レギンの咆哮が響いていた。
「我が身は『大盾』!」
レギンの体が眩い光に包まれ、三メートルはある氷塊を受け止める。
「長くは持たん! 行け!」
「まかせろっ!」
グルーが叫び地を蹴る。
「一つしか作れないとでも思ったか!」
男はグルーの肉薄に光る手を突き出し、至近距離で氷塊を放とうとしていた。
だがグルーは止まらない。
氷塊を作っていた腕を、俺の全力の投擲が撃ち抜く。
「ぐおっ!? ……しまっ──」
「うおぉりゃああ!!」
グルーの大剣がうねりを上げて振るわれる。
氷使いは壁まで吹き飛び意識を失った。
「信じてたぜ。バル」
「俺もそのまま突っ込むと信じてたよ」
「お、おわったのか?」
黒装束の男達は全員倒した。
俺達はまず安全部屋まで移動をする事にした。
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「あれは我を狙った殺し屋だ」
座って体力を回復しているレギンが喋りだす。
「ダンジョン内なら魔物に殺された事に出来るからな。我を疎ましく思う者の仕業だろう」
「確かなのか?」
「ご丁寧に依頼で殺しに来たと口上を述べていたからな 」
「他にはいねえよな? 流石にきついぜ?」
「わからんが、恐らくはあれで全員だろう。分かれる理由がない」
「怪我人も多いしすぐにダンジョンから出よう」
レギンのチームの六人は、ラロが回復したハンマー使いを除いて傷だらけの状態だ。
火傷をしている者もいてすぐに回復しなければならないだろう。
そう話をしていると通路から声が響いてきた。
俺達は殺し屋かと警戒する。
「なんだよあの死体! 争いがあったのか!?」
「わかりませんが。今日はダンジョンを出た方が良さそうですね」
そう喋りながら安全部屋に入って来る人の中に、見覚えがある顔があった。
模擬戦大会で俺が戦った……
「タウル・グルットゥさん?」
「お? バルじゃねえか!」
重力の能力使い手で一回戦で戦ったタウル・グルットゥだ。
死体を見て安全部屋の様子を見に来たのだ。
暗殺者ではないとわかり俺たちは安堵する。
「なるほど殺し屋か。道理で識別証着けてないわけだ」
「しかしまずいですね」
タウルのチームメンバーの一人で、眼鏡の男が喋る。
「何がまずいんですか?」
「あれだけの血と死体があると、この階の魔物が全て寄ってくるかも知れません。異常な魔物の発生も考えられます」
「じゃあ。早く出ないと行けませんね」
「ああそうだな。そっちは怪我人もいるし、出るのを手伝うぜ」
タウルさんが同行人なら心強い。
しかしそれに異を唱える者がいた。
「我は出ない。ここで魔物を狩る」
レギンだ。
その無茶な提案にタウルさんが驚き説得する。
「お前何言ってるんだ!? すでにボロボロじゃねえか!」
「この階の魔物が集まるなど他の者は知らぬ。そんな群れに出逢えば死んでしまうだろう」
「上へ上がる時に声をかければいいじゃねえか」
「下から来る者もいる。全てに声をかけるなど無理だ」
「そりゃあ、そうだけどよ」
「我を狙った者のせいで犠牲が出るなど……到底許容できん」
その言葉と迫力に皆が言葉を失う。
レギンの目は本気だ。
本気で第七階層に残り、魔物の群れを減らす気でいる。
「我は貴族として民を守る義務がある。その責任を果たすまで退くわけにはいかん」
「……なら、俺も残るよ」
俺の言葉にレギンもタウルさん達も驚愕した。
「バルならそう言うと思ったぜ。俺も付き合うぜ、弟を置いてくわけにはいかねえからな」
「ありがとうな。心強いよグルー」
「お前ら……死ぬ気か? 七階層とはいえ最低でも五十は魔物が来るんだ! 通常では発生しない現象や魔物も考えられるんだぞ!?」
「死ぬ気はありませんよ。待ってる人がいますからね」
「……本気かよ」
「レギンのチームとラロの事を頼みます」
「ば、バル君私もっ……」
「駄目だ。レギン達を回復させてかなり体力を消耗してるだろ?」
俺の否定にラロは言葉に詰まった。
「よしわかった。全員無事に地上へ返そう」
「ありがとうございますタウルさん」
「呼び捨てでいいぜ。それとこれ使いな」
そう差し出されたのは、液体の入った瓶と黒い水晶だ。
「これは?」
「体力を回復する薬に、壊すと爆発する水晶だ。緊急時用に持っててな、上手く使いな」
「そんな高級品いいのか?」
「ああもちろんだ。それより一緒に戦えなくてすまねえな。俺にもチームを守る責任があるからよ」
「わかってる。ラロ達を頼んだよタウル」
「任せな!」
タウル達が去り、静まり返った安全部屋に残ったのは俺とグルーとカリー、そしてレギンの四人だけ。
「君達。我に付き合う事は……」
「犠牲を出したくないってのに同意したからさ。魔物減らすの手伝うよ」
「そうだぜ。それよりちょっと見直したぜ、やるじゃねえか」
「……生きて帰ったら好きな物を言うがいい。出来るだけ用意しよう」
「じゃあ皆で美味しいご飯かな」
「それいいな! 高いとこで頼むぜ」
「死ぬ事を考えていないのだな……」
「当たり前だよ。さっきも言ったけど待ってる家族がいるんだ」
「俺もだぜ」
「……そうか」
こうして、俺達は来るであろう魔物の群れを待つ。
死ぬ気はないが死闘になるだろう。
魔物の気配を至るところに感じる。




