第17話 遥か高みの強さ
静かな森の中、父さんは風下に潜んでいた。
木の影から獲物を睨みつけている。
鞘から抜かれた剣が木漏れ日を反射して輝く。
異変を感じた鹿は耳を動かして辺りを見回し始めた。
父さんの全身が淡い光に包まれ、地を蹴り矢のような速さで駆けた。
鹿が逃げ出すよりも早く父さんは距離を詰めて、閃光のような一太刀を放つ。
首は一撃で断たれおびただしい血が草むらを赤く染めた。
「ふう。もう出てきていいぞ二人とも」
「……相変わらず凄い速さだったよ!」
「めちゃくちゃだな……鹿に追い付いて首を一刀両断かよ」
「そんなに褒められたら照れるじゃないか」
父さんはこれで二体目の大物だ。
対して俺とグルーは投石で仕留めた鳥が数羽だけ。
「荷車を持ってきてくれ。狩りはおわりにして村まで運ぼう」
村にいる間はご馳走が食べられそうだ。
俺はそんな呑気なことを考えながら父さんと鹿を運んだ。
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「バル。明日お前がどれほど力をつけたか俺に見せてみろ」
獲物を解体している最中、父さんにいきなりそう言われた。
「え……?」
「約束していただろう? 帰ってきたら本気で戦ってやると」
鳥の羽をむしっていたグルーが動きを止めて聞き耳を立てている。
「……こんどはかすり傷じゃ済まないかもよ?」
俺の言葉を父さんは「ははは!」と笑い飛ばした。
「言うようになったな! 俺は木剣だがお前は真剣でいいぞ」
「それは……さすがに危なすぎるよ」
「安心しろバル。父さんの本気を見せてやる」
父さんの目は真剣そのものだ。
「わかったよ。明日いつもの空き地でやろう」
「それでこそ俺の子だ」
「……あの、俺も見学していいですか?」
「もちろんだグルー君。バルの後は君もやるか?」
「いいんですか!? お願いします!」
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泥だらけになり修行していた空き地。
俺が立てたカカシや的はまだそのまま残っていた。
「準備はいいか? いつでもかかって来い」
父さんは本当に木剣一本で防具も着けてない。
対して俺はいつもの片手剣に革鎧だ。
もしも攻撃を止めるのが遅れたりしたら大惨事になるだろう。
「一つ言っておく……殺す気で来い。手加減を感じたら学園は辞めてもらう。俺と一から修行だ」
父さんの目が戦士のそれに変わる。
冗談を言っているようには見えなかった。
喉の奥がひりつくような緊張感に俺は片手剣を握りしめた。
「……本気なんだね」
「何度も言うが父さんは本気だ。バルには傷をつけんから安心しろ」
父さんがそこまで言うならと、俺は気持ちを入れ直す。
覚悟を決め剣を正眼に構えた。
右手に石を持ち、まずは牽制の投擲。
石に己力投写を全力で込める。
「怪我しても文句いわないでよ!」
放たれた石は空気を爆ぜさせ、電光石火の速さで父さんへ肉薄する。
「ふむ。村にいた頃より速くなったな」
父さんは体を半歩ずらし、最小限の動きで避ける。
俺は続けざまに放つ。
だが紙一重のところで空を切る。
その動きには覚えがあった、盗賊やバビと同じだ。
まるでどこに来るか分かっているかのような回避。
(父さんの能力は体を強くするものじゃなかったのか!?)
「疑問のようだから教えてやる。俺の能力を目や脳に集中している。動体視力と反射神経を極限まで高めれば、お前の動きは止まって見える」
「……っ!」
「投擲はもうおわりか? 次は剣だな早く来い」
父さんの全身がさらに強く発光する。
「ハァアッ!!」
足に能力を込め、地面を抉るほどの踏み込みで距離を詰める。
本気の横薙ぎを放った。
「──遅い」
だが父さんはそれを木剣で軽く弾き飛ばす。
「まだだっ!」
腕に能力を乗せ連続攻撃を繰り出した。
振るうたびに剣風が土を巻き上げる。
その全てが防がれ、弾かれ、流される。
「はぁ……はぁ……っ」
「もうおしまいか? これじゃあガッカリだぞバル」
父さんは呼吸一つ乱していない。
体力すら能力で底上げしているのか。
「──これなら!」
俺は大きく距離を取り、地面に手をついた。
土砂を無理やり押し上げ足元を爆ぜさせる。
濃い土煙が父さんの視界を塞いだ。
(見切られるなら見えなくするまでだ!)
土煙の中、父さんの影に向かって石を投じる。
──ゴンッ!
当たったんじゃない。
これは木剣で弾かれた音だ。
父さんがこれだけでやられるはずがない。
俺は足を止めず、フェイントを入れながら土煙を縫って背後へ回る。
「どうした周りを回っているだけか? さっさと来い」
その挑発に応じるように、俺は背後から全力の振り下ろしを放った。
剣が空気を切り裂き父さんの背に迫る。
「甘いな!」
父さんが反転しながら回避する。
だがそれは想定済みだ。
バビに避けられたこの動き。
どうすれば攻略できるか、俺はトレーニングを繰り返してきた。
父さんの振り返りざまの一撃。
それを這うような低姿勢でくぐり抜ける。
(今だ!)
驚きに目を見開く父さんの懐に、下から全力で切り上げる。
ガキィイィッ!!
硬質な音が響いた。
父さんが突き出したむき出しの腕が俺の全力の剣を防いでいる。
傷一つ付いていない。
「父さんの勝ちだな」
驚愕で動きが止まった俺の顔に、父さんの拳が添えられる。
「……ま、参りました」
「最後の動きはなかなか良かったぞ。学園で遊んでいた訳じゃなかったようだな」
「どうして……腕で真剣を止められたの?」
「父さんの能力はな、一部にだけ集中する事も出来るんだ。一瞬だけ腕に全出力を集中して鋼より硬くしたってわけだ」
言うのは簡単だが神業だ。
あの剣を振るう一瞬で、全身に張り巡らせていた能力を腕に集中したのだ。
「やっぱり父さんは強いな……」
悔しいけれど、憧れの強さに俺は満足していた。
「さて次はグルー君だな」
「い、いや。やっぱり俺は……」
「やらないとは言わせないぞ。準備しなさい」
父さんの実力を見たグルーは引き攣った顔で大剣を引き抜いた。
数分後。
「く、くそ。 強え……」
地面に転がされたグルーが荒い息を吐きながら呟く。
「素晴らしい筋力だったぞ。将来が楽しみだな」
父さんは涼しい顔でそう言い残し、「畑仕事があるから」と村へ帰っていった。
「……お前の父ちゃん強すぎるだろ」
「だろ、自慢の父さんだよ」
二人で大の字に寝転がり空を見上げる。
どうすれば勝てたかを話し合ったが答えは出なかった。




