第106話 泥土の連携、鯨飲馬食の主
中級迷宮・第十二階層
あれから六日、シードゥ達の協力のおかげで十一階層を突破し、今日も合同攻略に取り組んでいる。
この中級迷宮は三階層ごとに環境が変わるため、沼地はあと二階層だ。
泥に体力と体温を奪われながらも、俺達は先へと進み続ける。
「全員待ちな。左から何か来てるよ」
ラロの頭に乗ったカリーが注意を促した。
泥に隠れる魔物でもなければ、カリーが敵を発見するのは早い。
剣の柄を握りしめて景色の先を睨むと、たしかに黒い何かが近づいてくるのが見えた。
「……この振動。ペトゥパタンガだ! リウとラロさんを囲め!」
キシコが空気を伝わる振動から魔物を判別し、警告を発した。
見つめる先には蠢く煙のような影、それは明確に俺達に向かってきており、徐々にその姿が鮮明になっていく。
大きな黒々とした目、透けた四枚の羽、細く長い灰色の体、不釣り合いな大きさの顎。
貪食の蜻蛉『ペトゥパタンガ』だ。
俺達を肉としか思っていない数百の群れ、小さな羽音が集まり不快な音を響かせていた。
「グルー、レギン! 咆哮の──」
「フェン! すぐに迎撃を──」
「「あ……」」
俺とニムさんの指示が重なった。
目が合い、一瞬だけ空気が止まる。
「譲り合っている場合ではないぞ! 射っても構わないな!?」
「ッああ! 頼む!」
フェンの声に俺とニムさんは我に返り、指示の錯綜はあったものの仲間達はすぐに動き出した。
治癒役のラロとリウを守るため輪になり囲み、カチカチと顎を鳴らす『ペトゥパタンガ』の群れを迎え撃つ。
「『千散射』!」
一筋の光の尾が二本へ、二本は四本へ、そして八、十六と倍々に増え続ける矢。
体長自体は少し大きめな蜻蛉ほどの『ペトゥパタンガ』が、矢に貫かれて撃ち落とされていく。
「グルー、レギン! 咆哮で迎撃してくれ! ラロはみんなの消音を!」
「『是正宣光・帷静』!」
「残響傷『咆哮』!」
「我が咆哮は『吠猿』!」
ラロの光の幕が俺達を包み込み、前に出たグルーとレギンが大気を震わせる。
轟く大音響に、群れの前列にいた『ペトゥパタンガ』が次々と沼へ落ちていった。
だが矢と咆哮でも広がる群れを殲滅することはできず、数十の飢えた蜻蛉が迫ってくる。
「『己力投写』!」
黒剣を振り抜き、数匹の『ペトゥパタンガ』を切り落とす。
しかし線の攻撃では焼け石に水だった、蜻蛉の群れが全身に群がってくる。
革鎧の隙間や防具のない箇所に噛みつかれ貪り食われ、全身に痛みが走った。
技も戦略もなく剣をがむしゃらに振り回し、顔に張り付く蜻蛉を手で握り潰していく。
--------
「はぁッ、はぁ……」
息を荒らげる俺達、辺りには『ペトゥパタンガ』が山積みとなっていた。
全身、自分の血と蜻蛉の体液でまみれている
「み、みんな大丈夫!? いま浄化するね!」
「私が回復を担当しましょう、皆さん集まってください」
俺達が防壁となったことで、ラロとリウに怪我はない。
ラロの浄化が体を清めていき、リウの治癒能力が傷を癒していく。
俺達はようやく人心地がつき、近くの安全地帯で休息を取ることにした。
「たく。あれだけ苦労して、得るもんないんだから割に合わねえよなあ」
「全くだね。ラロがいなきゃ全身汚れるし、あんなに面倒な魔物はいないよ」
シードゥとパールが愚痴をこぼすと、他の者もそろって蜻蛉へ文句を言い始める。
『ペトゥパタンガ』からは粒ほどの魔石しか取れず、素材にできる部分もない。
全く利益にならない、骨折り損な魔物だ。
「バルさん……先ほどは申し訳ありませんでした。今回は同行している立場だというのに、出過ぎた真似を……」
ニムさんが恐縮した様子で話しかけてきた。
先ほどとは、指示を同時に出してしまい混乱を招いたことだろう。
俺は苦笑いを浮かべ、首を横に振る。
「いや、俺も力を貸してもらっているのに出しゃばりすぎました。事前に指揮系統を決めていませんでしたからね、誰が悪いわけでもありませんよ」
「指揮のことは失念しておりましたね。致命的な事態になる前に、他の細々とした件と一緒に手順を作りましょうか」
やはり実際に動かなければ分からないことがある。
攻撃が被り過剰威力になったり、逆に阻害されたり、ぶつかって転倒してしまったりと、仲間の動きが衝突することがあった。
誤射や隙を突かれる前に、話し合って段取りを決めていく。
----------
中級迷宮・第十三階層
連携の息が合ってきた俺達の攻略速度はさらに上がり、一週間で次階層へ下る階段の目前まで来ていた。
厄介な沼地ともおさらばだと思うと、泥に沈む足取りも軽くなる。
「もうすぐ階段だな。俺達がいればこんなもんだぜ! バル、またいつでも頼っていいんだぜ」
「思い上がってはいけませんよシードゥ。バルさん達はたまたま相性が悪かっただけで、実力で言えば私達より上でしょう」
「シードゥはすぐ調子に乗るからね。チームを結成した頃も──」
軽口を叩いたシードゥはニムさんに窘められ、さらにパールに過去の失敗談を暴露されて涙目だ。
笑いが起き、弛緩した空気が流れた。
しかし邪神が作りし迷宮は一筋縄ではいかないことを、俺達は思い知らされることになる。
ザバァンッ、と水面が爆ぜて水柱が上がった、俺達に濁った水が降り注ぐ。
突然の事態に唖然と見つめる先には、天を仰ぎ見るほどの大蛇
「……ッ!?」
全員、中でも索敵役のキシコが、突如沼底から現れた大蛇に声も出ない。
大蛇は寝ぼけているのか、俺達に気がつかず大きなあくびをしている。
キシコの索敵は振動を感知するもの、例えば寝ていて動かなければ水面の揺れに掻き消されてしまうのかもしれない。
胴の直径は俺の背より太く、その体長は尾先が見えないほど長い。
口は人間など一口にも満たないであろう大きさだ。
獲物を逃がさないための鋭い歯が何本も並び、体は琥珀のような鱗に覆われている。
『ムキヤバダサルパ』、沼地の主、泥土大蛇、死滅の蟒蛇、様々な呼び名はそれだけ畏怖されている証。
探知した瞬間に距離を取り、戦うのを避けていた魔物だ。
二股に分かれた舌がちろりと動き、大蛇は鎌首をもたげて俺達を見下ろした。
気に入った獲物はその地からいなくなるまで食い尽くすほどの大食らい。
俺達を逃がす気は微塵も感じられなかった。




