第105話 ぬかるみを共に勇み道
冒険者ギルド経営の酒場
夕暮れ時、仕事終わりの人でごった返す店の中、俺達は目の前の料理にほとんど手をつけず議論を繰り返していた。
真剣な表情で話し合う内容は、迷宮攻略について。
関門主を倒し第十一階層に足を踏み入れたはいいものの、その攻略は難航していた。
この二週間で半ばほどしか進めておらず、このままでは次の階層への到達が見通しすら立たない。
「まだ一階層も攻略できてないんだぜ? やっぱりよ、他の冒険者と組んだ方がいいと思うんだ」
「相性が悪いのは認めよう、しかしだ! その度に他の者に頼っていては、我らの成長は望めまい?」
「わ、私としては──」
仲間達が意見をぶつけ合い、俺はそれらを漏らさず聞き取っていく。
リーダーとして不満を残さず成果を上げなければならないのだが、これがなかなか難しい。
だが四の五の言わずに迅速な決断を下さねばと、俺は頭の中で意見を整理する。
(攻略を進めたい、挑戦を続けたい。他の冒険者を募ったとして信頼できるか不安、交渉や説明も面倒……ぶつかっているのはここら辺か)
どの意見も頷けるもので、無下にすることもできない。
俺はまず目標を定めることから始めようと口を開こうとし、そこで声をかけられた。
「よお! 辛気臭い顔して何を話してるんだ?」
振り向いた先には見覚えのある顔ぶれ。
あの蟻との激戦を共に繰り広げた、シードゥ達の姿があった。
だがその戦いにはいなかった女性が一人。
「ニムさん! もう体を動かしても平気なんですか!?」
「ええ、その節はご迷惑をおかけしました。ベッドに横になっていても何にもなりませんからね。今は冒険者として、鍛え直している最中なんです」
異常個体との戦いで足を失い、その上呪いまで受けて死の淵をさまよっていたニムさん。
四肢欠損を治すほどの高名な治癒師と、根気強く呪いを解いたラロのおかげで、無事完治したらしい。
どうやら彼らも冒険の帰りだったようで、隣の席を勧め、積もる話をすることになった。
「それでニムの奴が張り切りすぎてな。付き合わされてる俺達はもう疲労困憊だぜ?」
「お、お恥ずかしい……一刻も早く勘を取り戻そうと、少し焦ってしまいました」
シードゥ達は楽しげに最近の冒険譚を語っていた。
再び揃って冒険に出られているのが嬉しいのだろう、つられて俺達も笑みがこぼれる。
「俺らの近況はこんなもんだな。バル達はどうなんだ? 相変わらずあれこれ冒険してるんだろ?」
「ああ、あの後はな──」
迷宮攻略に模擬戦大会、村での鍛錬とバフタルでの戦い、そしてギルドへの正式加入。
思えば目まぐるしい年だった。
面白おかしく振り返りながら語り、やがて話は最近難航している迷宮攻略のことに。
「てなわけで、攻略が行き詰まってるんだ。意見が食い違っていて、ちょうど話し合っていたところなんだよ」
「十一階層って言ったらあそこか。たしかに、相性が悪かったら苦戦するだろうな」
シードゥ達は突破済みの階層らしく、いくつか情報を教えてくれた。
しかし打開策までは浮かばず、俺達が頭を抱えていると、ニムさんが名案を思いついたように声を上げる。
「私、いいことを思いつきました! 合同攻略というのはどうでしょうか?」
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中級迷宮・第十一階層
底の見えない広大な沼地が広がり、足は膝まで泥に沈んで歩くことすら苦労する。
辺りには水面に根を張り巡らせる巨木が生え、油断すれば足を取られて転倒してしまう。
沼と怪樹の階層を俺達とシードゥ達、合わせて十一人の冒険者が進んでいた。
シードゥ達なら信頼できるし実力も確か、稼ぎは折半ですんなり決まり、能力やカリーについての説明も不要だ。
渋るレギンには「いずれ依頼で他の冒険者と連携しなきゃいけない時は来る。それにシードゥ達の動きを見るのも、いい勉強になるだろ?」と説得すると納得してくれた。
こうして俺達【嵐角の羅針】とシードゥ達【猪勇道】の合同攻略が決定した。
「ふう……そろそろ小休憩にしようか。休めそうな木を探そう」
この階層は泥に足を取られ体力をすぐに消耗する、頻繁に休憩を挟まなければ、戦闘時に力を発揮できない。
これも攻略が進まない理由の一つだ。
「……待て。振動を感じる、近いぞ」
振動能力『震脈無潜』を持つキシコが、無駄のない言葉で警告を発した。
索敵役である彼は敵の気配を察知したようだ。
俺達は武器を手に、背中を合わせるように円陣を組む。
「……右斜め! レギンの方だ!」
キシコの叫びに少し遅れて、沼の底が盛り上がった。
水しぶきを上げて飛び出してきたのは三メートルを超える巨体、泥に潜む大蛙『チプナーメンダカ』。
沼底に身を隠して獲物を待つこの魔物、振動を感知するキシコのような能力がなければ見抜くことはできない。
こいつも攻略が進まない大きな要因だ。
「我が身は『大盾』!」
警告のおかげで、余裕を持ってレギンが防御態勢に入る。
大蛙の噛みつきを防ぎ切ることはできた、だがそのまま口を離さずに丸呑みにしようとしている。
「『己力投写』!」
「『千散射』!」
俺の投げナイフと、射手フェンの矢が空を切り裂いて飛ぶ。
『己力投写』に押されたナイフは大蛙の分厚い皮膚を貫き、風穴を開けた。
フェンの放った矢は『千散射』によって倍々に増殖し、大蛙の体に無数の矢となって突き刺さる。
ザパァン、と『チプナーメンダカ』が沼へと倒れた。
「レギン大丈夫か!」
「問題はない……が、ラロよ、浄化を頼む……」
怪我はなかったものの、大蛙の唾液でベトベトになったレギン。
俺達は水面から出た巨木の太い根に腰を下ろし、休息を取ることにした。
「やっぱり俺達はあまり活躍できないな。それに比べてシードゥ達は凄いよ、おかげで順調に攻略できてる」
「お褒めいただきありがとうございます。相性の問題はどうしてもありますからね、私達は運がいいだけですよ」
泥に足を取られるこの階層では、高速戦闘ができずいつもの連携が取れない。
索敵能力を持つ者がうちのチームにはいないため、泥に潜む敵に気づけないうえ、相性の悪い魔物も多かった。
そんな俺達と違い、シードゥ達は索敵能力に泥の影響が少ない能力を持ち、魔物との相性もいい。
攻略を始めてからその進み具合に、ここまで効率が変わるものかと驚きの連続だった。
「お役に立てているようで何よりです。このようなことでご恩を返せたとは思えませんが、沼地を抜けるまでぜひ頼ってくださいね」
「いやいや、その話はもう気にしないでください。俺達もアントの素材を得られたわけですし、持ちつ持たれつですよ」
どうもニムさんは俺達に大恩を感じているようだが、恩人として扱われるのは正直バツが悪い。
この冒険を機に、義理は果たしたものとして軽口を叩き合える友人になれればと思っている。
「まあいいじゃねえかバル。この階層では素直に力を貸してもらおうぜ」
「うむ。恩を返せぬというのも辛いもの、これは互いのためになろう」
シードゥ達もその言葉に同意し、俺も考えを改めて頼らせてもらうことにした。
だが完全に頼り切るつもりはない、俺達も戦える局面が来れば協力し合うつもりだ。
沼地が広がる第十一階層。
小休憩を終えた俺達は、再び足を踏み出すのだった。




