第104話 遊泳する歯と振るう刃
中級迷宮・第十階層
正式な冒険者となった俺達だが、学生である以上優先すべきは卒業と進級の課題である二十階層到達だ。
初めて足を踏み入れる十階層は、関門主の部屋。
迷宮主ではないが、ここを守護する魔物を倒さなければ先へ進む階段は現れない。
広い門前の広場で、俺達は順番を待ちつつ情報の確認をしていた。
「最終確認をするぞ。関門主は歯気魚『ダアントマチリ』、獰猛さが売りの魚の魔物だ。特徴は鋭い歯と群れをなすこと、それに空気を泳ぐ」
魔物の中には、どういう原理なのか水もない空間を泳ぐ種類がいる。
魔石のなせる技だろうが、そういった魔物は『気魚』と分類されると講義で習った。
「聞いた話では部屋はかなり広いみたいだ。空気を泳ぐから、上下左右全てに気を配らなきゃならない。しかもこいつらは十匹以上の群れで出てくるらしい」
あらかじめ収集した情報を共有していく。
知らなかったでは済まされない、情報はいつも念入りに何度も確認している。
全員が黙って話に聞き入り、頭の中で反芻している様子だ。
「まず部屋に入る前に、門を開けて敵の数を確認する。二十匹以上なら残念だが撤退だ。十五匹ほどなら、入室して戦おう」
情報共有に続いて、作戦も話し合っていく。
いくつも作戦や撤退条件を頭に叩き込み、戦いの想定を繰り返す。
それが終わった後も、装備の点検や、集中力を高めたり体をほぐしたり。
長時間待ったが暇することなく、ついに順番が回ってきた。
門から覗いた先には二メートル程の歯気魚『ダアントマチリ』がいる、その数は十六匹、想定内の数だ。
俺達は頷き合い、覚悟を決めて部屋の中へと踏み込む。
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入室と同時に壁の篝火が火を吹き、部屋を照らし出す。
無数の血に飢えた目が俺達に向けられた。
肌が粟立つ光景だが、臆さずに行動に移る。
「ラロ達は作戦通りに! レギンと俺は素早く移動だ!」
固く閉ざされた門を背に、ラロとその頭に乗るカリーは戦況を見ての援護と指示。
グルーはその守護につき、俺とレギンは仲間から距離を取って遊撃で敵の気を引く。
俺達が動いたことで刺激されたのか、『ダアントマチリ』も一斉に動き出した。
「『己力投写』!」
「我は『狩猟豹』!」
俺とレギンは左右に分かれ、部屋の端を駆け出す。
多くの『ダアントマチリ』が活きのいい獲物である俺達を狙うが、何匹かはラロ達へ向かっていく。
だが仲間を信じ、俺は自分の役割に集中する。
腰のバッグから、ひび割れた石を取り出して握り込む。
「『己力投写』ッ!」
握り込んだ石に能力を注ぎ込み、腕を全力で振り抜く。
投擲は光の尾を引いて『ダアントマチリ』に向かっていくが、いつもの投擲と比べるとあまりにも遅い。
目的が敵を倒すことではないからだ。
パンッ!
ナディ達との戦いで閃いた、『己力投写』を込めた物を内側から外へ押し広げる使い方。
石は空中で弾け飛び、鋭利な破片が礫となって敵に降り注いだ。
そして狙い通り、怒り心頭の『ダアントマチリ』が俺に殺到する。
「レギン! 頼むぞ!」
「我は『狩猟豹』!」
部屋の端から端まで、疾風と化したレギンにとっては一瞬の距離だ。
俺と『ダアントマチリ』の間に割り込み、立ち塞がる。
「我は『大盾たる吠猿』ッ!!」
怒り狂っている『ダアントマチリ』は目の前のレギンに群がり、鋭い牙で噛み付く。
レギンは大きく息を吸い込み、咆哮が解放される。
ビリビリと鼓膜を震わせる遠吠え、至近距離で浴びた歯気魚達は意識を刈り取られた。
「らァッ!」
「我が腕は『剣』!」
俺とレギンが剣を瞬かせ、動きの止まった『ダアントマチリ』を狩っていく。
こちらに向かってこなかった残りの五匹。
俺は戦況が気にかかり、グルー、ラロとカリーの方へ目を向けた。
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「オオォラァ!!」
我先にと先行してきた一匹の『ダアントマチリ』に、グルーの大剣が振り下ろされる。
牙や数、獰猛さは脅威ではあるが、鱗や身の強度はそれほどでもない歯気魚は大剣に叩き潰された。
残りの四匹がガチガチと歯を鳴らしながら迫り来る。
「もっと下がれラロ! 指示頼むぜカリー!」
「ラロちゃんは左の二匹! グルーは残りを抑えな!」
「『是正宣光』!」
ラロの光に包み込まれた二匹は混乱し、動きを止める。
グルーは残りを通さないよう、大剣を握りしめ駆け出した。
「残響傷『熱液』!」
魚は焼けば倒せるだろう、という安易な考えで選択した攻撃。
高温の粘液が射出されたが、空を泳ぐ『ダアントマチリ』はそれを容易に回避する。
「く!? しまッ……!」
「ラロちゃん! こっちに一匹来てるよ!」
一匹は大剣を構えたグルーと鍔迫り合い、もう一匹がその横を通り抜けてしまった。
光で足止めすることに集中していたラロへ、歯気魚が迫り──
「やぁッ!」
ラロが三聖杖を振り上げ、『ダアントマチリ』の口へ穂先を突き込んだ。
倒すに至る威力はなかったが、口内に押し込まれた刃物に『ダアントマチリ』は狼狽し、動きを止める。
ラロはバフタルで母から指導された「力がなくても、大抵の生物は口や目を攻撃されれば動きを止めるわ。慌てず恐れず、正確に突けば時間稼ぎはできるわよ」という教えを実行したのだ。
「残響傷『鉄拳』!」
具現化された緑の巨拳が『ダアントマチリ』を叩き潰した。
迫りくる死を逃れたことに、ラロは震える息を吐き出す。
「すまねえラロ! 動けそうか!?」
「私は大丈夫! それよりあと二匹に集中しよう!」
ラロが動いたことで『是正宣光』の光が解け、再び動き出した残りの二匹。
だが二人の敵ではなかった。
一匹を光で食い止め、もう一匹をグルーが手早く処理する。
バルとレギンも敵を片付け終えており、『ダアントマチリ』の群れは殲滅されたのだった。
歯気魚の死体が塵となって消え去り、部屋の奥には最初からそこにあったかのように階段が現れる。
バル達は武器を納め、共に勝利を喜び合った。
休憩もそこそこに意気揚々と階段を下りていく。
若き熱と力は、留まることを知らない。




