第103話 嵐の兆し、羅針の結成
書類を書き終えたバル達が退室した後、応接室にはチブマ組合長が一人残されていた。
深くため息をつき、疲れたように背もたれに体を預ける。
「はあ……なんとか、狙い通り冒険者になってくれたかい……」
静かな部屋でそう独りごちるチブマ。
すると扉を叩く音が聞こえ、彼女は入室を促した。
入ってきたのは、彼女の側近とも言える副組合長の男。
「失礼いたします。彼らの冒険者登録申請書、滞りなく受理いたしました」
「ご苦労だったね。今日はもう遅い、君も上がっていいよ」
「恐れ入ります、一つよろしいでしょうか。特例を設けてまで、彼らを冒険者として引き入れた理由を伺いたいのですが……」
男の真っ直ぐな目には、長年ギルドに勤めてきた、規律を重んじる生真面目さが表れていた。
優秀ではあるが融通の利かない側近に、組合長はため息をつくと、自らの考えを述べる。
「理由は四つだね。キファルメ家と彼らの優秀さ、それに将来性と改革の前例作りさ」
「優秀さと将来性は分かります。彼らの実績を拝見しましたが、あの若さで素晴らしいものでした」
「うちのギルドは、迷宮のおかげで冒険者の数は多いんだが……どうも突出した者がいないからね。銀や金級が増えてくれれば、それだけ国からの助成金も増える」
サマナには迷宮が三つもあり、どの迷宮からも異なる収穫物が得られ、街と国を潤している。
だが難易度はそこまで高くなく、中級迷宮で得られる物に伝説的な代物はなく名を馳せることもできない。
そのため高位の冒険者ほど更なる高みや冒険を求め、この街に籍を置くことは少なかった。
組合長は側近が理解を示したことに安堵し、話を続ける。
「キファルメ家は武門。あの御曹司も研鑽と実績作りのために学園に通っているんだろうが、あの子を通じて貴族との繋がりを作りたいんだ。狙いは投資、次世代の育成に手を伸ばしたいんだよ」
「以前仰っていた、孤児や駆け出しへの指導ですか。ですが貴族が出資してくれるでしょうか、現状で満足していそうですが」
「これは治安維持にも繋がる。人材の派遣や雇用を考えれば、悪い話じゃないはずだよ。それに……近頃、おかしな事件が増えていると思わないかい?」
側近は神妙な顔で頷いた。
能力を持った魔物や動物、異常個体の確認、本来は近辺で見かけない魔物の目撃例。
そういった報告がギルドに相次いでいた。
以前と比べて三倍近くに増えており、今なお増加し続けている。
「私はこれに覚えがあってね。国潰しの時も、こんな空気だったよ。何が起きるかは分からないが、備えておいた方がいいと思っている」
とぐろを巻けば山ほどの大きさにもなる大蛇の魔物、通称『国潰し』。
かの魔物が目覚めた時と似ているという言葉に、側近は青ざめた。
「では、改革もそのために……?」
「ああ。未曾有の事態には、国も学園もギルドも関係ない。素早く対処するために、古い規定は改めなきゃいけないよ」
そのために優秀な人材を取り込み、資金を募り、育成を進める。
納得した側近はそれ以上疑問もないようで、退室していった。
チブマは再び、疲れたように背もたれへ体を預ける。
(私が……私達が全盛期なら、どんなものでも打ち破ってやったんだがね。老いとは悲しいものだ、誰かに託すしかないなんて……)
未確認の異変を長年の勘で確信しているチブマは、次世代へ託すために尽力していた。
思い出の刻まれたこの地を、そして作るとは思っていなかった家族を、多くのものを守り通せるかどうかは、誰にも量り知れないこと。
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講義が終わった後の訓練所で、俺達はいつもの六人で集まっていた。
テーブルの上に置かれた銀鼠色の首飾りに、ムンゴが目を輝かせている。
「こ、これが階級証……! 本当に僕がもらってもいいんですか!?」
「もちろんだ。勝手に登録を進めてしまったが、良かったよな?」
「文句なんてあるわけないですよ! むしろ忘れられてなくて嬉しいです!」
表に偽造防止の簡素な模様、裏に自分の名が刻まれた錫の階級証を、ムンゴは満面の笑みで眺めていた。
昨日は俺達も同じように眺め続けていたので、気持ちはよく分かる。
錫の階級証と真鍮のエンブレム、二つの首飾りがチャラリと音を鳴らし、俺も思わずニヤけてしまう。
「この六人でチーム申請も済ませてある。前もって決めていた【嵐角の羅針】で登録しておいたから覚えておいてくれ」
「へへ。自分達で言うのもなんだが、かっけえ名前にできたよな!」
「うむうむ。嵐を突き進み、決して迷わぬ伝説の嵐角鯨。英雄譚に記されても誇れる名だ!」
ちなみにカリーから取って蜥蜴にする案も出たのだが、本人の猛反対でお蔵入りになっている。
【嵐角の羅針】、この名に恥じない冒険者を目指し、俺達はさらなる鍛錬を決意するのだった。




