第102話 錫の証と食事の恨み
頑丈さだけが売りだろう木の長椅子に床に固定されたテーブル、明かりは薄暗く、調度品もない。
簡素な待合室に案内された俺達は、不安から居心地の悪さを感じながら待たされていた。
「な、なんで呼び出されたんだろうね……」
「俺達、何か悪いことしたのか? ちょくちょく喧嘩はしてたけどよお」
「お前そんなことしてたのか!? 揉め事はやめろって言ってたろ」
「いや……学園の生徒だからって舐めたこと言ってきたからよ……仕方なくだぜ?」
グルーの喧嘩が発覚し、呼び出しの理由はそれだろうと俺達の中で結論づけられた。
硬い椅子に身を捩り、眉をひそめながらレギンが言う。
「しかし、呼び出しておいてこのような部屋に待たせるとは失礼ではないか?」
「たしかに、茶と菓子の一つでも出してほしいよねえ。こっちは宴会の最中だったってのに」
「理由が喧嘩のせいなら、それも仕方ないと思うけどな。この部屋はどう見ても荒くれ者の応対用に作られてそうだし」
高価な調度品を置いてないのはそういうことだろう。
宴会を中断されたことに不満を漏らすレギンとカリーを宥めながらしばらく待っていると、ノックもなく扉が開かれた。
つかつかと部屋に入ってきたのは、天井に頭が付きそうなほどの長身。
細く長い手足に、俺達を見定めるように射抜く眼光。
肌が見えないが服に隠れているからではなく、全身が黒い毛に覆われているから。
初めてお目にかかるギルドの組合長は、猿の獣人だった。
俺達の対面の椅子にドカリと疲れたように腰を下ろす。
「待たせてすまない。今は少々仕事が立て込んでいて、猫の手も借りたい有様でね」
(女性だったのか、たぶん結構な歳だな。……予想より対応が丁寧だ、一人だし威圧的でもない)
きっちりとしたギルドの制服に身を包んでいたため、声を聞いて初めて性別と大まかな年齢を把握できた。
彼女の雰囲気はどこか疲れた感じで、こちらを威圧しようという気は感じられない。
それにこちらの素行を問題視しているなら、護衛を連れてくるはずだ。
つまり呼び出しの理由はグルーの喧嘩ではない、あるいは一人で俺達を制圧できるかのどちらかだろう。
「私はチブマ・フーフー、サマナ冒険者ギルド組合長を務めさせてもらっている。そう畏まらないでくれ、何も問題があって呼び出したわけじゃないよ」
組合長チブマはそう言い、人の良さそうな笑みを浮かべる。
俺達は内心ほっと胸を撫でおろす、特にグルーは声に出して安堵の息を漏らしていた。
「俺は──」
「おっと、自己紹介は不要だよ。君達のことは調べさせてもらって、一方的ではあるがよく知っているんだ」
ますます理由が分からなくなってきた、組合長が俺達を調べる理由などあるのだろうか。
俺がやきもきしていると、それが伝わったのか組合長は用件を話し始めた。
「今日足を運んでもらったのは、謝罪と礼をさせてもらいたくてね。……シードゥ君だったか。彼らが被害を受けてしまった、あの汚職の件だよ」
ようやく合点がいった。
カチュラ元伯爵の起こした事件、犯罪組織「青燈会」との癒着、学園やギルドにまで広まっていた汚職の手。
俺が知るだけでも、スカーナやシードゥ達が被害を受けている。
俺とバビさん、そしてキファルメ家の活躍で解決した事件の件で呼び出されたのだ。
「シードゥ君達には既に謝罪させてもらっているが、この度は本当にすまなかった! 私の不徳の致すところだ。本来なら私が気づき正すべきであった汚職を見つけてくれたこと、組合長として心から感謝する!」
ゴチンと、高い頭をテーブルに当てるほど深く下げたチブマ組合長。
俺は慌ててそれを止める。
「頭を上げてください! 俺達は直接被害を受けてませんから。シードゥ達に謝罪してくれたならそれで……レギンもそれでいいよな?」
「うむ。サマナの秩序維持はキファルメ家の職務、腐敗を焼き払うのも当然の義務。むしろ同じ貴族が起こした事件、こちらが謝罪しても良いくらいだ」
レギンの言葉に、チブマ組合長はようやく頭を上げてくれた。
彼女は感謝を述べると、話を続ける。
「さて、謝罪はこれでおしまいだ。でも口先だけで済ませてしまっては、私の気が済まなくてね。詫びの品を用意させてもらった」
チャラリとテーブルに置かれたのは、細い鎖に繋がれた曇った銀鼠色の金属板。
板は親指ほどの大きさで、三角の簡素な模様が刻まれている。
それはギルドの酒場でよく見かけるものだ。
これは──
「錫級の階級証だ。私の気を晴らすためと思って、どうか受け取っておくれ」
「えっと、俺達はサマナ学園の生徒でして」
「二重籍のことなら気にしないでいい。サマナ学園長に話は通してある、国の許可も取ってあるから安心して大丈夫だよ」
「ですが……」
学園の生徒は、冒険者ギルドに正規所属することができない。
施設利用や迷宮への立ち入り許可はあるが、依頼を受けたり、冒険者として階級を上げるなどは認められていないのだ。
理由は主権の衝突や責任の所在、有事の強制徴集からの保護や利権など色々あると聞いている。
だが俺が気にしているのはそこではない、錫級ということだ。
木、鉛、錫……冒険者には八つの階級があるが、錫級は下から三番目だ。
木級や鉛級を飛ばして昇格するなど掟破りではないか、他の冒険者の努力を無下にする行為にも思えた。
その懸念をそのままチブマ組合長に伝える。
「なるほど、言っていることは理解できる。喜ぶと思ったんだが……これは予想外だよ」
「軋轢も生みかねないので、俺達としては正式な手順を踏みたいと思っています」
「……なら、こうしようじゃないか」
そう言い、チブマ組合長は動きを止めた。
どうかしたのかと俺が口を開こうとし──
ドガッ!
目の前に突如として半透明の盾が現れ、俺を押し込んできた。
凄まじい力に挟み込んだ腕は抵抗できず、俺は押し飛ばされる。
座っていた長椅子ごと、後ろへひっくり返った。
「何を──ッ!?」
再び盾が現れた、今度は三つ。
俺を目掛けて盾が迫る。
「『是正宣光』!」
「バルよッ! 我が身は『大盾』!」
「『己力投写』!」
衝突で痛んだ俺の腕をラロが治療し、レギンが割り込んで盾を一つ止める。
残りの盾を『己力投写』の相殺防御で受け止める、グルーは無言のままチブマ組合長へ殴りかかっていた。
ガンッ、とチブマ組合長を覆う半透明な盾にグルーの拳がぶち当たる。
「ははは! ほらな、何も心配はいらないよ!」
「……どういうことですか?」
「君達の動きと連携、見事なものだよ。正直言って、銅級からでもいいくらいさ!」
そう言った後もチブマ組合長は笑い続け、俺達は顔を見合わせ困惑しながら警戒態勢を解く。
ひとしきり笑った後、彼女はようやく落ち着いた。
「木級や鉛級はふるい落としのためにあるものだよ。文句のある奴がいたら私に言え。君達は元金級の攻撃を防げるのか、と言ってやる」
「金級って……まさか……」
「恨仇盾の猿鬼。ちょいと有名だと自負しているが、聞いたことはないかい?」
「まさか……!? あの白龍殺しの!?」
ある。
吟遊詩人が歌っているのを、英雄譚の本に記されているのを何度も。
その名は一昔前の英雄達の一人。
白龍殺し、未踏上級迷宮の制覇、国潰しの討伐、数え切れないほどの偉業と救国の成果。
まさか伝説の存在が、ギルド組合長をやっているとは知らなかった。
「老いたとはいえ、そこらの冒険者に負ける気はしないよ。その私の攻撃を防いでみせたんだ。錫級への飛び級、君達自身も含めて誰にも文句は言わせないよ」
「そこまで言われるなら……分かりました、覚悟を決めます」
「よし! ならこの書類に必要事項を書いておくれ。そうすれば晴れて冒険者だ」
卒業を待たずして正式な冒険者になれる、書類を書きながらみんな笑みを浮かべていた。
そんな中、一人だけ仏頂面のカリーが口を開く。
「そんなことよりもだよ。私達は宴会中に呼び出されたんだよ? 他にもあるだろう?」
「はい……?」
突然何を言い出すのか、俺達もチブマ組合長も呆然とする。
「待たされたせいで料理が冷めちまってるよ。頼み直さなきゃいけないねえ……せっかく今日の稼ぎを使ったってのにねえ……」
「……分かりました。今日の代金はギルドが持ちましょう」
「そうかい? ありがたいねえ、甘えさせてもらうよ」
金級という英雄、今は逆立ちしても勝てない強者が相手だというのに、カリーは物怖じしていない。
食べ物の恨みは恐ろしいと言うが、カリーの食い意地に俺達は戦慄するのだった。




