閑話 カリーの食楽指導・三
夕暮れ時のバフタル、仕事終わりの男は今夜の食事を決めかねていた。
肉体労働で疲れた体には酒と量のあるものがいいと考え、巾着の日銭を鳴らしながら通りを歩く。
するとなんとも香ばしい食欲を刺激する匂いが漂ってきた。
男はその香りに釣られ、鼻をヒクつかせながら匂いの元を探す。
「蜥蜴の酒壺。この店か……?」
少し奥まった場所にある、風格漂う店構え。
店先には看板が置かれ、品書きと値段が書かれていた。
意外にも手頃な価格だが、見慣れない店に入るべきか男が悩んでいると。
「お客さん! 悩んでるなら、壺パン詰めだけでもどうですか? お持ち帰りもできますよ!」
通りに面した壁に小窓が取り付けられており、そこから店員がひょっこりと顔を覗かせる。
香ばしい匂いはここから漂っていたのかと、男は合点がいった。
「壺パン詰め? そりゃなんだ?」
「うちの自慢の料理でね。今日は改装祝いで安くしてるから、ぜひ食べていってよ!」
安くしておくという言葉に惹かれ、男は壺パン詰めを一つ注文した。
注文窓口から、出来立ての商品を受け取る。
壺のようなパンの中にたっぷりのソースと具材、大きな葉で包まれたそれには、トカゲのような焼印が押されていた。
立ち上る湯気の匂いと空腹に耐えかね、男はその場でかぶりつく。
「んまっ!」
「ふふ、ありがとうございます!」
思わず漏れた声に、店員が嬉しそうに答えた。
濃厚なソースに揚げ物の脂、思わず酒が欲しくなる味に男は喉を鳴らした。
「あの……やっぱり店の中で食べてもいいか?」
「もちろんです! ぜひ一杯やっていってください!」
活気ある店内に、客が一人また一人と入っていくのだった。
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酒を飲み談笑する客、がちゃがちゃとした食事の音で賑わう店内。
注文が飛び交い、カイメは忙しそうに動き回っている。
あれから三日、みんなで出し合った意見を取り入れ、店と料理を改善していった。
その成果が今の賑わいだ。
「サマナに帰る前に成功して良かったよ。これで心置きなく帰れるってもんだ」
ナディ達やチーヤーの知り合い、ラロちゃんの両親が連れてきた教会の顔馴染みなど、できる限り客を集めたかいもあった。
今やバフタルでちょっとした噂の店になっている。
「やっぱり俺の、いっそのこと全部手づかみの料理にしちまおうってのが良かったんだよ!」
「いや我の、店先で匂いを漂わせて店頭販売をするという案が効いたと思うぞ?」
なぜかグルー坊とレギン坊が張り合っている、実際どちらも効果的だった。
大口は叩いたものの、私一人ではここまでの活気は作れなかっただろう。
「しかしねえ……店名とあの印は、今からでも変えないかい?」
誰が考えたのか、店名は黄金の連翹亭から蜥蜴の酒壺へ、持ち帰り料理を包む葉にはトカゲの焼印が。
食べ放題という報酬に目が眩んで許可してしまったことに、今さら後悔が押し寄せてくる。
「もうこれで広まっちゃってるし、諦めろよカリー。それより明日には帰るんだ、料理を楽しもうぜ」
「ふう……今日は飲まなきゃやっていられないね。カイメちゃん! こっちに林檎酒を一杯頼むよ!」
羞恥心から逃げるため、私はやけ食いとやけ酒に走る。
翌日、二日酔いに揺れる馬車の中で後悔することになるのだが。




