閑話 カリーの食楽指導・二
閑古鳥が鳴く店内、私とバル坊の前に男女が座っていた。
一人は給仕の女性、そしてもう一人は料理人と思しき男性だ。
「まずは自己紹介をさせてください。私はカイメ、こちらは主人のサンケと言います」
「カイメ……やはり、お客様相手に相談など……」
「あなた! 私達そんなこと言っている場合じゃないじゃない!」
サンケと呼ばれた男は、バツの悪そうな顔をしていた。
私達を呼び止め、何やら相談をすることに気乗りしない様子だ。
だがカイメという女性は、切羽詰まった表情を浮かべている。
「それで、私に知恵を貸してほしいというのはなんだい? 言っておくけど、古代都市の場所なんて知らないからね」
「は、はい……実は……」
軽い冗談は流され、事情を説明された。
要約すると、店が繁盛しないので客を呼ぶ手を教えてほしいとのことだった。
「なるほどな。カリーが知った風な口をきいたから、理由を知りたくなったと」
「はい……妻が申し訳ございません」
気まずそうに俯くサンケとカイメ、バル坊は私にチラリと視線を向けてくる。
繁盛していない理由を本当に分かっているのか?知ったかぶりでしたじゃ済まされないぞ、バル坊はそう目で訴えていた。
私はやれやれと首を振り、息を一つ吐き出す。
「私は別に、伝承に出てくる聖獣のような賢者ってわけじゃないんだけどねえ……まあそれでも、飲食のことなら負ける気はしないよ」
「そ、それでは……!?」
「繁盛を約束することはできないさ、ただ助言はできる。それでどうなるかは、あんた達と運次第だろうねえ」
私の言葉に歓喜する夫婦と、どこか不安そうなバル坊。
普段ぐうたらしているせいか、どうにも信頼されていないことに内心でため息をつきながら、話を続けた。
「この店、夜は営業しているのかい?」
「は、はい。仕事終わりのお客様がたまにいらっしゃいますので」
「なら決まりだね。今夜、知り合いを連れてまた来るよ。食事が終わったら、私の考えを教えようじゃないか」
なぜ今教えないのか、三人とも不思議そうではあったが、いったんその場は解散となった。
ラロちゃんの家へと向かうバル坊の頭に寝そべりながら、私は考えを整理する。
「本当に大丈夫なんだろうな? あの夫婦、真剣に悩んでたぞ」
「言っただろう? 約束は無理さ。でもね、またバフタルに来た時に潰れてましたじゃ、後味が悪いからねえ。できる限りのことはするさ」
バル坊達にラロちゃんの両親、それにチーヤー、全員で店にお邪魔させてもらうとしよう。
育ちも性格も年齢もバラバラだが、それこそが店の間違いを指摘するのに必要なのだ。
私は揺れる頭の上で、今はひとまず日向ぼっこに集中することにした。
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サンケが九人分の注文を慌ただしく調理し、それをカイメが忙しなく運んでいる。
忙しそうではあるが、その顔に昼間の辛気臭さはなかった。
「うめぇ! 俺の筋肉が求めてた味だぜこれ!」
「ほんと美味しいですね! いくらでも食べられそうですよ!」
グルー坊とムンゴ坊は、ソースが溢れるのも気にせず壺パン詰めに豪快にかぶりついている。
ほかの面々も、やや口は小さいがかぶりつき、壺パン詰めを堪能していた。
私とバル坊は、確認のためにほかの料理も注文してつまんでいる。
料理の内容と全員の様子から、やはり私の見立ては正しかったと確信する。
「うむ。なかなか良い料理だった。さすがカリーが勧めるだけはあるな」
「今日はお誘いありがとうございました、カリー様。ぜひ支払いは私に持たせてください」
「そうかい? 悪いねえ、じゃあ甘えさせてもらうよ」
レギン達はナプキンで手を拭い、食事に満足したようだ。
ラロの父の申し出には素直に甘えさせてもらう。
食後の談笑をしていると、サンケとカイメが神妙な面持ちで奥から出てきた。
「いかがでしたでしょうか。腕によりをかけて作らせていただきました。満足していただけたと存じますが……」
「ああ、料理は素晴らしかったよ。でもねえ……あんた達は、問題に気がつかないのかい?」
私がそう言うと、サンケとカイメは困惑してバル坊達を見回した。
料理はどれも絶品で綺麗に平らげているし、全員が満足しており、二人は何が問題なのか分からないようだ。
やれやれと前置きし、私は答えを口にする。
「結論から言おうか。料理は文句なく美味しい。でもね、あんたの店と料理、そして客が行き違っちまってるのさ」
全員の視線が集まる中、私はテーブルの上をゆっくり歩き、店内を見回しながら話を続けた。
「この店、あんた達のこだわりを感じるね。外観も内装も、なかなか洒落てるじゃないか。店名も、黄金の連翹亭だったかい?」
「は、はい。一度行ったことのある、バフタルの名店を参考にしておりまして……」
「だから駄目なのさ。格式高そうな店構えにしたら、富裕層や淑女ばかり来ちまう。なのに、この店の名物は壺パン詰めだ。溢れるソースに、手で持ってかぶりつく……」
私はレギンが手を拭いたナプキンを持ち上げて、そのソースで汚れた物を夫婦に見せつける。
「この料理の醍醐味は、汚れることなんか気にせずにかぶりついてこそだろう? ナイフとフォークで上品に食べたんじゃ、美味しさは半分も味わえやしない。でも気取った服を着た奴らが、手や口を汚して食べると思うのかい?」
思い当たる節があるのか、夫婦は顔を強張らせて黙り込んでいる。
私はさらに言葉を重ねていく。
「じゃあ逆に、汚れることなんか気にせず美味けりゃいいって客はどうか? この店の外観にしり込みしちまって、敷居を跨いでもくれないよ。ほかの料理も見てみたが、どれも酒場と高級店のどっちつかずだ。味は良くても、これじゃ客に狙いをつけれてないのさ」
ようやく自分達の間違いに気がついた夫婦は、返す言葉もないようだ。
私の考えを補足するように、ほかの者達からも意見が飛んできた。
「たしかに。案内されたときゃ、高そうだが大丈夫かよって思ったぜ」
「我は冒険者として活動しておるからな、手や口がソースで汚れるなど気にせぬが……上品なものを期待した者は戸惑うであろうな」
「宣伝不足もあるでしょうね。私は一人の時はよく食べに出ますが、この店は知りませんでしたよ」
グルー、レギン、チーヤーからの言葉は、夫婦を打ちのめしてしまったようだ。
先行きを悲観しているのか、青い顔をしちまっている。
私は息を一つ吐き出し、まだ話は終わっていないと注目を集めた。
「でもねサンケ、一番重要な味は合格以上なのさ。全員で意見を出し合って、この店を盛り上げようじゃないか!」
おお、と盛り上がる面々、私はニヤリと口角を上げた。
涙ぐむ夫婦を座らせ、さっそく意見を出し合っていく。
ついでに、私の好物も品書きに加えてもらうとしようかね。




