閑話 カリーの食楽指導・一
昼時のバフタル、街の一角をバル坊と二人で歩いていた。
歩くと言っても、私は頭の上に乗っているだけだが。
流れる景色の中、古びてはいるが清潔感と気品を感じる外観の店が目に留まった。
漂ってきた匂いに、私は乗っているバル坊の頭を叩いて足を止めさせる。
「バル坊、今日の昼はここにしようじゃないか」
「この店か? あんまり客が入ってないが……大丈夫だろうな」
「馬鹿をお言い、私が店選びを外したことがあるかい? 見た瞬間に直感したよ、新しい美食との出会いをねえ」
私がそう言うと、バル坊は納得したようで店の扉に手をかけた。
ガチャリと開かれた途端、食欲を刺激する香ばしい匂いが押し寄せる。
やはり正解だった、匂いに期待したのはバル坊も同じのようで、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「い、いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ!」
ガラリとした店内を見回すと、頬杖をついていた店員の女性が慌てて立ち上がった。
バル坊は席に座り、私はテーブルの上に下ろしてもらう。
「あの……お客様。申し訳ありません、当店はペットをお連れでの入店をお断りしておりまして……」
「誰がペットだい。私は客として来てるんだよ」
言いづらそうな店員に私が返答すると、彼女は口を開けて驚き、声も出ない様子だ。
「すまない。こいつはペットじゃなくて、聖獣なんだ。清潔にもしてるし、迷惑もかけない。それでも駄目なら、素直にほかの店に行くよ」
「せ、聖獣様……!? た、大変失礼いたしました! ぜひ当店でお食事を!」
バルが説明すると、今度は畏敬の念を抱かれたようだ。
品書きを見て注文を決めようとするが、一挙手一投足を観察されているような居心地の悪さを感じる。
(やれやれ……街中で姿を隠す必要がなくなったと思ったら、今度はこれだ)
店に入る度に聖獣だと説明し、いちいち騒ぎになり注目される。
静かな食事が望みなのだが、世の中うまくいかないものだ。
「お悩みでしたら、当店名物の壺パン詰めはいかがでしょうか? 焼き立てでおすすめですよ!」
「「壺パン詰め?」」
店員は笑顔で品書きを指さした、聞いたことのない料理にバル坊と声が重なる。
好奇心が刺激され、それを二つ注文。
どんな物かはあえて聞かない。
目の前に出されるまで想像を膨らませるのも、食事の楽しみの一つなのだから。
「お待たせいたしました、壺パン詰めでございます。ナイフとフォークをご用意しておりますが、手で持ってかぶりつくのが一番美味しい食べ方ですよ!」
出されたのは、壺のような形のパンに、具材とソースがぎっしり詰まった料理だった。
漂ってくる匂いは、店先で感じたのと同じもの。
勧められた食べ方の通りに、私は豪快にかぶりつく。
「んんッ!? これは……!」
かぶりつくとバリッとパンが音を立てやぶけ、口の中に美味しさが溢れ出す。
エビと魚のすり身を揚げたものだろう、ザクザクとした食感と共に魚介の味わいを感じさた。
垂らされたたっぷりのソースは溶けたチーズと混ざり合い、濃厚な味が舌と脳を刺激する。
一緒に詰められている新鮮な野菜がしつこさを消し、後味をさっぱりとさせてくれるおかげで飽きさせない。
一言でいえば、絶品だ。
「これは美味しいな! あとでみんなにも勧めないと」
私の味覚がおかしいわけじゃないようで、バル坊も夢中でかぶりついている。
噛みごたえのあるパンと具沢山の中身、食いでのある一品だったが、あっという間に平らげてしまった。
口の周りのソースをペロリと舐め取り、膨れた腹の心地よさに満足する。
「私の読み通り、新しい美食と出会えたねえ。これはサマナに帰る前に、あと二、三回は食べなきゃだね」
「ああ、今夜もう一度食べてもいいくらいだ。でも不思議だな、なんで客がいないんだろうな?」
バル坊の疑問はもっともだろう。
奥まった場所にあり、立地が良いとは言えないが、この味なら客が押し寄せてもおかしくないと思えるはずだ。
「料理店ってのはね、味が全てじゃないのさ。繁盛するためには、色んな要素が絡み合うんだよ」
バル坊はふうんと、さして興味はなさそうに返事をした。
満足した私達は会計のため店員を呼ぼうとするが、逆に店員の方から駆け寄って話しかけられる。
「あの、すみません! お話が聞こえてしまったのですが……ぜひ聖獣様のお知恵を貸して頂けないでしょうか!?」
深々と頭を下げる女性店員。
私とバル坊は困惑し、思わず顔を見合わせるのだった。




