第100話 落ち合う杯、一歩並び
活気ある笑いと話し声、料理の香ばしい匂いに酒気が混ざり合い、食欲を刺激する。
ここはギルド経営の酒場。
決闘が終わり、腹も減ったことだし何かつまみながらながら話し合おう、という流れになった。
とは言っても、ナディを除けば打ち解けた和気あいあいとした雰囲気が漂っている。
「戦ってる時から思ってたが、見事な剣だなこれは……」
「カウの武具も業物だな……どこで手に入れたんだ?」
俺とカウは互いの武具を手に取って見惚れ、本心から称え合う。
カウとは趣味嗜好が合い、すぐに話が弾んだ。
「レギン様、こちら丸鶏のローストでございます! いいところを切り分けておきました!」
「うむ。すまないなクル」
レギンの正体を明かされたクルは、揉み手をしながらご機嫌取りをしている。
仲間からは「ダサい」「誇りはないのか」と散々な言われようだった。
そんな賑やかな俺達の席から少し離れたところで、ラロとナディは二人で座っている。
チラリと視線を向けるが、俺にできることは何もないだろう。
この先二人がどうなっていくのかは、二人次第だ。
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ラロはクイッと蜂蜜酒を傾け、喉を濡らす。
そうでもしなければ、言葉が出そうになかった。
重苦しい沈黙の中、先に口を開いたのはラロだ。
「あ、あのねナディちゃん……私がこき使われてるなんて誤解だよ。仲間も学園も、みんないい人ばかりで……」
俯いたまま黙り込むナディに、ラロは切々《せつせつ》と語り続ける。
「たしかに冒険者は危険な仕事だけど……それでも私の夢なの。だから心配しなくても大丈──」
「心配なんてしてないわよ」
思いがけない言葉にラロは戸惑った。
そんなラロの様子を見やり、ナディはふっと鼻を鳴らす。
「最初から分かってたわよ。あなたが無理強いなんてされてないことくらい……だって、あなたは強いもの──」
ナディは過去を思い描く。
近所で群れを作り、女王を気取っていた少女達の集団。
逆らえば無視され陰口を叩かれ、徹底的につるし上げられる。
のけ者にされたくなくて、自分はいつも後ろをついて回っていた。
(でも、あなたはそうしなかったわね……いじめに参加しないで、ダメなことはダメだと言い切って、今度はあなたが狙われた……)
いじめられていた子を庇い、代わりの標的となったラロ。
何度も泣かされていたが、決して意見を曲げない姿にナディは羨望した。
(泣いてはいても、それは自分の弱さに泣いているように見えた。すぐに流されて、意見を変える私とは違う……私もそうなりたくて、あなたと友達になった……)
別々の道に進み、三日前に再会したラロは相変わらず眩しかった。
ナディは投げやりになり、本心をぶちまける。
「私、あなたに嫉妬しただけなの。自分が選んだ道は間違いじゃないって思いたくて、あなたと一緒にいたくて……それで思ってもない心配をする振りをしていただけ」
親友を失う覚悟をナディは決めた。
自己愛のために嘘をつき、事を大きくし、今も身勝手に感情をぶつけている。
覚悟はしていても、もはや目を合わせることすらできない。
「ナディちゃん……私もね、けっこう余裕ないんだよ?」
罵詈雑言、憐れみ、建前、想像していた返答と違い、ナディは思わず顔を上げる。
ラロは苦笑いを浮かべていた。
「訓練は辛いし、魔物は怖いし、痛いのだって大嫌い……失敗するたびに、あぁやっぱり辞めておけばよかったかな、なんて思ってるの……」
自分の手を見つめ、引きつった笑みを浮かべるラロ。
苦い経験を思い出しているのだと、ナディはすぐに察した。
「でも……それでも続けているのは、仲間と分かち合う喜びを知っちゃったから。きっと私はもう、夢を忘れられないんだと思う」
夢、その言葉がナディの胸に突き刺さった。
各地で人々を助けるために奔走する聖騎士。
幼い頃に憧れた、現実を知らずに描いた夢。
「ラロ……もし……もしもギルドに、冒険者になれないって言われたらどうするの? それでも諦めないの? それでも忘れようとしないの?」
藁にもすがる思いでナディは問いかけた。
少し悩む素振りを見せ、ラロは答える。
「う、うーん……それでも続けると思う。許可されなくたって同じことをするかなぁ。旅をして、魔物を討伐して……冒険者って、誰かに認めてもらうものじゃないと思うから」
ラロの言葉に、ナディは胸の靄が晴れていく思いだった。
知らず知らずのうちに、目から涙がこぼれ落ちる。
「な、ナディちゃんどうしたの!? 私、なにか変なことでも……!」
突然泣き出したナディに狼狽えるラロ。
そんな親友の慌てぶりに、ナディは思わずクスリと笑ってしまった。
「なんでもないわよ。それよりお腹空いたわね、あっちの席に移りましょ」
晴れやかな表情を取り戻し、記憶通りの姿に戻った親友にラロは心底安堵する。
だが一つだけ懸念もあった。
「あ、あのねナディちゃん。バフタルで何かあったなら、私協力するよ!」
「……もういいのよ、それは。今度会った時に、笑い話として聞かせてあげる」
ナディはそう言い残すと、バル達の賑わう席へと歩き出す。
その背中を見送りながら、ラロは尊敬の眼差しを向けた。
(やっぱりナディちゃんは凄いなぁ……堂々としていて、夢を貫いて……私もそうなりたくて、真似したんだっけ……)
隠し事ばかりだった自分と違うナディに、ラロはずっと羨望していた。
隠さずに夢を両親やチーヤーへ打ち明けられたのも、隣で堂々と夢を語る親友に憧れていたからだ。
今の自分があるのは、あのときナディが友達になってくれたから。
「ちょっとカウ。剣なんか広げてないで、席を空けなさいよ」
「なんかはないだろ! お前にはこの美しさが分からないのか?」
背中を追いかけた親友の、今度は隣へ。
ラロも喧騒の中へ向かうのだった。




