第99話 雨槍射す、雲ぞ裂け
泥が跳ね、汗を散らし、杖を握る手が痛くなろうと、二人の少女は戦い続けていた。
水の槍が射出されるが、ラロは間一髪のところで躱す。
お返しとばかりに突き出された穂先を、ナディはかろうじて長杖で逸らした。
二人を突き動かすのは友情か遺恨か、荒い息を吐き出しながら戦いは続く。
「『流転万水・槍』!」
何度目か分からない水槍が形成され、標的を狙いすます。
しかしラロはそれを見切り、身を翻して躱した。
バシャッと泥が跳ね、二人はさらに汚れていく。
(なんで当たらないの! なんでまだ諦めないの! なんでそんなに生き生きしてるのよ!)
なんで、で埋め尽くされていくナディの頭。
息も絶え絶えだというのに、立ち向かってくるラロ。
泥だらけでも表情は明るく、動きは力に満ち溢れていて、それがナディには眩しく見えてしまう。
(あなたは私が居なくても楽しかったの!? 私が選んだ道は間違いだったっていうの!?)
戦いの最中、悲観的な考えを巡らせるナディは隙を晒してしまう。
それを見逃すラロではなかった。
「『是正宣光』ッ!」
杖が高く掲げられ、辺りを白く染め上げる。
強烈な光にナディは目を覆うが、視界には白い残像が残り、ラロを捉えられなくなってしまう。
(大丈夫、障壁はあと一、二発は耐えられる。障壁に穂先が当たった瞬間、掴んでラロに飛びかかれば──)
そうして馬乗りになり障壁を砕けば自分の勝ちだ。
そう考えたナディだったが、ラロの狙いは障壁を砕くことではなかった。
「やぁッ!」
カラン、と地面に長杖が転がる。
ラロは障壁を砕くのではなく、三聖杖の鎌の部分を長杖に引っ掛け、ナディの手からもぎ取ったのだ。
『流転万水』のような超常系、『是正宣光』のような祝福系には、杖のような媒介が必要だ。
使用できないわけではないが発動は遅くなり、細かな制御も効かなくなる。
杖術も使えなくなり、もはやナディには打つ手がなくなってしまった。
「ま、まだよ……まだ私は……!」
それでも戦う意思を見せるナディだったが、そこに声がかけられる。
「ナディ、もういいだろ。そろそろ終わりにしとけ」
バルに敗れたカウだ。
ナディが驚き目を向けると、すでに全員の戦いは終わっており、いつの間にか観戦していた。
さらにバル達の障壁は三人残っているのに対して、こちらは全員の障壁が砕けている。
「ナディちゃん……この人達、言っていたような悪人じゃないと思うよ……」
「教師が言っているような蛮族ではないな。少なくともこの者達は、な」
「無理やり戦わされてるとかならさ、こんな必死にならないんじゃねぇの?」
チャルもクルもアザも、戦いを通して感じた印象をナディに伝える。
「な、何よあんた達! そいつらに懐柔されたの!?」
ナディは裏切り者を見るような、痛切な視線を仲間達に向けた。
ふらふらと後ずさりし、その瞳は影に覆われていく。
「な、ナディちゃん。私の仲間は乱暴者なんかじゃないよ。私も無理をしているわけじゃ──」
ラロも加わり誤解を解こうとするが、今のナディには届かなかった。
頭を振り、髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
「もういい……もういいわ。一人でもいい……私だけでも、やってやるんだからッ!! 『流転万水・槍』!!」
杖の代わりに手を天に掲げるナディ。
一人でも戦おうと、無理に能力を発動する。
ナディの体が眩い光を放ち、今起こりうる最悪の事態が発生する。
激しい感情によりナディの『魄力』が殻を破り、今までにない力を発揮する。
水壁はすでに破れており、能力の全てが形成される槍へと集約された。
杖を失ったことで制御が効かなく、ナディの手を離れて際限なく『魄力』が注がれ、能力は膨れ上がっていく。
「な、なによこれ……!?」
三つの不測の事態が重なり、結果として作られたのは巨大な影を落とす大水槍。
そしてその穂先は、最も強い感情が向けられていたラロを狙い澄ましていた。
「と、止まって! 止まって、止まってッ!」
ナディは必死に手綱を引こうとするが、もはや彼女の手には負えなかった。
人一人など簡単に飲み込み、強大な本流で命を奪うであろう大水槍が放たれる。
そして、すでに動き始めていた男が一人──
(あの大きさ、それに水だ。ただ先を切っただけじゃ、流れに飲み込まれてしまう。衝撃は障壁で防げても、この質量相手じゃ関節が無事で済まない……)
バルは天の大水槍に向かっていた。
放たれた大水槍に勢いが乗る前に対処するつもりだ。
黒剣を握りしめ、空を駆けながら打開策を組み立てる。
(切るんじゃない、吹き飛ばす! 少なくともラロの盾になれ!)
バルの体が淡く光る。
だがその光からは想像もできないほどの『魄力』が生み出されていた。
バルの頭をよぎるのは、切った対象から熱を奪う、カーンの技だ。
「『己力投写』ッ!!」
ヒュッ、と澄んだ風切り音が鳴り、大水槍の先端が断ち切られる。
だがそれで止まるわけがない、他の者も防ごうと動くが──
ドパァンッ!!
家ほどもある水槍は破裂し、雨を降らせた。
ザア、と降り注ぐ水に濡れながら、ナディはへたりこみながら信じられないものを見る目でバルを見やる。
「う、嘘でしょ……」
意図的にではないとはいえ、自身が放った最大の槍。
制御すらできなかった強大な攻撃を消し去ったバルは、ドチャッと泥だらけの地面に着地した。
「これで決闘は終わりにして、話し合いをしないか?」
黒剣を鞘に収めたバル。
体力を失い、冷静さを取り戻したナディは頷くしかなかった。




