第98話 全霊一路、常のまま
「あーあ、女の子があんな汗だくになっちゃってさぁ……」
アザの視線の先では、服を乱し額に汗を浮かべながら戦う二人の少女の姿があった。
命がかかっているなら、例えばこれがなにかの試験なら、アザだって同じように必死で戦うだろう。
だがこれは成り行きによる決闘、自分には理解できないと、彼は冷ややかな目を向けていた。
「洞同体『鉄・木』!」
ムンゴのメイスが、アザの障壁に衝突し亀裂を走らせる。
想定外の奇襲にアザは驚き、咄嗟に飛び退いて距離をとった。
アザがムンゴを気にも留めていなかったのは、もはや脱出不可能だと高を括っていたからだ。
『百質変象』で摩擦を奪った地面は、力だけでは立ち上がることすらできない。
手段を探るアザの目に、ムンゴの足元の地面が鋼のように変色しているのが映る。
「へえ、なるほどね。君も他の物に能力を伝播できるんだ? で、俺の『百質変象』を上書きしたってワケか」
『洞同体』と『百質変象』、どちらも物体の性質を操る能力。
ぶつかり合えば、より洗練され、より強い『魄力』が込められた方が打ち勝つ。
よそ見をし、集中していなかったアザでは、ムンゴの伝播を抑え込むことができなかった。
(速さを優先したせいで攻撃が軽かった……! 今のは千載一遇の好機だったのに……!)
ムンゴの障壁はあと一発で壊れる。
アザの障壁は大きな一撃か、軽い攻撃なら三発は必要だろう。
近距離攻撃しか持たない自分が、どうやって距離を詰めるかムンゴは考えを巡らせる。
「ま、一発入れられて良かったじゃん? 俺が無傷のままだと格好つかないしね」
実力と相性の差から自身の優位を確信しているアザは、どこまでも余裕の態度だ。
「俺だって暇じゃないし、そろそろ終わりにしよっか。【屋柱の暢剣】『百質変象』!」
再びアザの両手剣が猛威を振るう。
雷鳴のごとき破裂音が轟き、反射する銀光が残像を残す。
ムンゴは盾を構え、剣の嵐を必死に防いでいく。
(癖はなんとか読めてきた! それに鞭の攻撃なら、相手の手元を見ればいい!)
アザが腕を左から右に振り抜き、ムンゴは素早く左に盾を構えた。
一瞬遅れて、ガギンッと両手剣が盾に衝突する。
鞭のようにしなるアザの剣が、手と同時に動くことはない。
しなりが音を超える速度と破壊力を生む反面、そのしなりのおかげでムンゴは紙一重で防ぎ切ることができていた。
(クソッ……なんで仕留められない? めんどくさいな……!)
切り札である魔道武具と能力の組み合わせ。
とっくに勝利を収めているはずだったが、ムンゴの障壁は未だに砕けていない。
それどころか、徐々にこちらの動きについてこられている感覚をアザは覚えていた。
「さっさと……諦めてくれないかなぁッ!」
苛立ちから、アザは両手剣を大振りに振り抜く。
それはムンゴが待ち望んでいた攻撃だった。
「洞同体『軽木・鉄』!」
通常の木材より更に軽量な木の軽さ、強度不足を鉄の硬度を足して補う。
ムンゴは自身の体重を五分の一以下にし、思い切り跳躍した。
アザの横薙ぎは空を切る。
上空五メートル、見上げるアザとムンゴの視線がぶつかった。
「洞同体『鉄・鉄』ッ!!」
軽量から一転、ムンゴの体重は一トンを超える超重量へと変貌し、降下を始める。
ドガアァンッ!!
地面が揺れ、轟音とともに土砂が飛び散る。
アザの障壁に細かな石がビシビシと衝突し、周囲には濃密な土煙が舞い上がった。
(まずい、これじゃどこから来るか分からない! 移動しないと距離を詰められる!)
土煙の中、アザは接近戦を嫌って移動しようとする。
そこへ風切り音が飛来した。
アザの足に、両端に石が括り付けられた革紐、ボーラが巻き付く。
足を取られ、ドサリと転倒してしまう。
(なんだ!? 紐!? あいつが投げたのか!?)
即座に剣で切断し自由を取り戻すが、土煙の奥からドスドスと音が聞こえてきた。
焦りと恐れから、アザは両手剣を振り抜く。
「【屋柱の暢剣】『百質変象』!!」
土煙の向こう、音のした方向に渾身の一撃を振り抜くが、手応えがない。
そして逆の方向から、足音はやってきた。
ムンゴだ、その手には盾もメイスもない。
「洞同体『熱核・鉄』!」
口に含んだジャランスライムの核から熱を、鉄から耐熱性をムンゴは自身に付与する。
そして手を伸ばし、パシリとアザの鎧に触れた。
ただ触れるだけ、何ら痛痒の与えない行為に障壁は反応しない。
だが変化は一瞬──
「あ、あぁッ──!?」
ムンゴの能力が伝播し、アザの鎧が灼熱の拘束具と化す。
アザの頭は激痛と混乱で真っ白になり、大きく隙を晒す。
「おぉぉッ!! 洞同体『鉄・鉄』ッ!」
バリンッ!
衝突の瞬間に超重力と化したムンゴの拳。
アザの障壁が耐え切れるはずもなく、あっさりと砕け散った。
「はぁ、はぁ……か、勝った……!」
相手を観察し、策を練り、勝利する、ムンゴが憧れていた仲間達の戦い方。
成長の実感と掴み取った勝利に、ムンゴは打ち震えた。
「ふ、ふざけんなよ……なんで俺が負けんだよ!?」
だが大金星にアザは異を唱えた。
目を見開き、ムンゴに向かって声を荒らげる。
「どうやって音と別の方向からきたんだよ!? お前、インチキな魔道武具でも使ったんじゃないだろうな!?」
自分も魔道武具を使っているのに、言いがかりをつけるアザ。
ムンゴは返答することなく、ある場所へ歩いた。
「あなたが聞いた音は、僕の足音じゃなくてこれですよ」
ムンゴが指し示したのは、地面に転がっているメイスと盾。
「僕は『軽木』で武器を軽くして、放り投げたんです。僕から離れて重さが元に戻り、地面に落ちて大きな音を立てる。直前まで僕の足音が聞こえなかったのも、『軽木』で体重を減らして足音を少なくしていたからです」
土を丁寧に払い、メイスを腰に収めるムンゴ。
不正など一つもない、策による敗北、アザはそれ以上、言いがかりをつけることができなかった。
「お、俺の方が強いはずなのに……なんで、なんで負けたんだよ……」
格下だと見下していたムンゴに敗れ、アザは打ちひしがれる。
「ええ、あなたの方が強かったですよ。でもあなたは、戦い方ををころころ変えすぎたんです」
「なんだって……?」
自分が勝てた理由、アザが敗れた理由、ムンゴは自分の考えを述べた。
「最初からあなたが本気なら、僕は対応できずあっさり負けていましたよ。あなたが最初は手加減していたから、癖を読む時間が生まれたんです」
アザが気楽に戦っていた序盤から、ムンゴは本気だった。
勝つため、必死に相手の動きを観察し続けていたのだ。
「そして、もし最後までのらりくらりと戦われていたら……それも僕には勝てませんでした」
もしアザが最後まで飄々と戦っていたら、ムンゴも掴みどころのない相手に翻弄されていただろう。
「気分でコロコロ変えたから負けたってワケ……? 冗談にもならないなぁ……ダサすぎて泣けてくるわ……」
「対戦ありがとうございました。また機会があれば、一戦よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をすると、ムンゴはその場を後にした。
目指すのは水壁の外、仲間の援護だ。




