第95話 心奮いて、底知れず
「おいおい……何やってんだか、ナディのやつ」
カウの視線の先、水壁の外では二人の少女が未熟ながらも戦っている。
一見優位にナディが攻めているが、カウから見たらいつ逆転されてもおかしくない接戦だ。
「たく、さっさと援護に行くか」
「ハハハ!」
さっさと倒してナディの加勢に行く、そう考えたカウの耳に笑い声が届く。
水壁の中、声の主は一人しかいない。
同じくナディとラロの一騎打ちを見たバルだ。
笑う理由が分からず、カウは困惑しながら問いかける。
「……なに笑ってるんだ? 確かに拙いが、必死に戦ってるじゃねえか」
「ああ悪い、そういうことで笑ったんじゃないんだ。ただ……自分の情けなさに笑えてきてな」
バルは自嘲気味に笑うと立ち上がり、両手の剣を構える。
その顔からは、水壁に閉じ込められた時からあった焦躁が消えていた。
(俺はまだ信じきれていなかった……俺が勝たなきゃ負けるなんて、傲慢にも程がある。それにラロを見習って、鍛えてきた自分を信じる!)
確実に勝利を収め、仲間の援護に行く。
そう思いバルは万全を期して、悪く言えば及び腰で戦っていた。
二本の剣を持ってはいても、鋼の剣は防御にしか使わず、振るうのは黒剣のみ。
(二刀流はまだ未熟だとか失敗するだとかは考えない。積み上げた全てを、俺の発想を出し切る!)
自分と仲間を信じ、負けの恐れを捨てて立ち向かうラロの姿が、バルを奮い立たせる。
表情、構え、発せられる圧。
全てが一変し、その佇まいにカウは警戒よりも胸が高鳴った。
「その気迫! こんなもんじゃないと思ってたが、ようやく本気を出してくれるか!」
「俺は本気だったよ。ただ、今からは信じて戦う」
ここからが本番だ、とカウは感じていた。
追い詰められ、覚悟を決めた相手と戦ってこそ、戦士の真価が問われる。
「ガッカリさせないでくれよ、バル! 『千錬刻技』!」
「『己力投写』ッ!」
二人が駆けたのは同時。
カウは地を踏みしめ、バルは空を疾走した。
「な!?」
ギャリンッ!
バルの奇襲を盾で防いだカウ。
だがそれで収まることはなく攻撃は続く、四方八方の全てがバルの足場だ。
上空から、あるいは水平に、果ては逆さまに、縦横無尽に相手を襲う二本の剣。
未知の剣技にカウは防戦一方となる。
(なんだこの動き!? こいつ、身体強化じゃなかったのか! まずい……見極めたつもりで、能力を見誤った! どうにかこの状況を脱しねえと!)
(攻めに出て分かった。カウの能力は、防御に向いていない! 剣を振るうのと違って、受けは相手に合わせなきゃいけない。だから反復動作が使えず、身体強化が甘いんだ!)
バルの囚われず捉えきれない動きに押され、ついにはカウの障壁に剣が届く。
ピシリと入った亀裂を見て、カウは温存をやめた。
「『千錬刻技』ッ!!」
カウの剣が全方位を襲う。
剣は残像で周囲を埋めつくし、風圧が砂塵を巻き上げる。
バルは間一髪、後方に飛び退いた。
カウの奥の手といえる型。
ここまで使っていなかったのは、当然欠点があるからだ。
カウは痛みに顔を歪ませる。
(ッ……! やっぱり関節と筋肉がついていけてねえ。まだまだ改善《改善》の余地がありまくるな……だが)
人体の可動域を限界まで使い切り、電光の如く振り回す。
それは強化してなお体が耐えきれない、まだ未完成の諸刃の技だった。
しかしカウはニヤリと口角を上げる。
「勝敗を左右したのは武器の差だな。二本とも、その黒い剣並の業物なら俺は負けてたよ」
「…………」
パラパラと、鋼の破片が地面に落ちる。
カウの猛攻を防ぎ続けたこと、そして先ほどの一撃をもろに食らったことで、バルの鋼の剣は限界を迎えて大きな亀裂が出来ていた。
次に振るい、何かに衝突した瞬間に折れ砕けるだろう。
「さっきの軽業、一本相手なら防ぎきって反撃できる。楽しかったよ、次は見合った剣でやろうぜ」
「……たしかに、この剣は量産品の安物だよ」
勝負を決めるべく踏み込んだカウだったが、バルの言葉に動きを止める。
「でもな、安物には安物のいい点があるんだよ」
「へえ……あとで聞いてやるよ!」
「たとえば、使い捨てでも懐が痛まないとかな! 『己力投写』!」
何かをされる前にとカウは踏み出し、バルは鋼の剣を投げつけた。
(投擲? これが妙手のつもりなら失笑だな)
投擲など容易に防げるし躱せる。
空気を切り裂き向かってくる鋼の剣を見切り、走りながら躱すカウ。
だがバルは笑みを浮かべ、カウは悪寒を覚えた。
バリィィンッ!!
カウの背後で何かが弾け飛び、周囲に炸裂する。
障壁に無数の亀裂ができた。
振り返り見えたのは、空中で砕けた剣。
予期せぬ攻撃に動揺したカウに、バルが一気に詰め寄る。
「『己力投写』!!」
「ッ! 『千錬刻技』!」
剣と剣、力と力がしのぎを削り、ギャリギャリと火花を散らす。
バルは鋼の剣を捨てて空いた右手を、カウへ突き出した。
ガンッとカウの盾に防がれるが、バルは腕を引かず、逆に盾へ押し付ける。
「障壁の説明を聞いた時から考えてたんだ、関節や絞め技はどうなんだろうって。『己力投写』!」
「カッ……!?」
カウは思わず武器を落とし、自身の首に手をやる。
首が熱く、息苦しく、視界が暗く、音が遠のく。
まるで首を絞め上げられている感覚。
(空中移動、剣を破裂させる、絞め技……こ、こいつの能力、底が知れな……)
パリンッ!
意識が落ちる前に、黒剣が障壁を砕いた。
ドサッと膝から崩れ落ち、カウは激しく喘ぐ。
カウ対バルは、接戦の末にバルの勝利で幕を閉じた。
仲間の加勢に行くため、バルは水壁の破壊に向かう。




