第94話 一人抗いて、二人争う
「ふふ。何よ拍子抜けね、みんな勝てそうじゃない」
ナディが眺める水壁の中では、味方達が優位に戦いを進めている。
一時押された時は焦ったものの、なんてことはない、全員それを跳ね除けた。
もうすぐ誰かが勝つだろう、そうなれば二対一の状況を作り出せて勝利は揺るがない。
隣で障壁を維持しているベリアルも、同じ意見のようだった、顔には余裕がある。
(これでラロも、誰も守ってくれないって思い知るでしょ。そうすればバフタルに戻ってくれるはず……約束を破ったことだって、許してあげるんだから)
勝ちを確信したナディは、未来を夢想する。
そして気にも留めていなかった、諦めていない少女の存在に。
「──やぁぁッ!」
「な!?」
ナディを守る障壁に穂先が突き立てられ、小さく亀裂が走る。
隙だらけのナディへ、ラロが三聖杖を振るったのだ。
ラロは緊張と高揚から息を荒らげながら、自身の三聖杖を握りしめていた。
豊穣の鎌と邪を払う槍が結合された導きの杖、三聖杖の穂先は真っ直ぐにナディに向けられている。
「な、何してるのよ! 危ないじゃない!」
「何言ってるのナディちゃん。今は敵同士なんだから、私が攻撃するのは当たり前でしょ」
「危ないのは私じゃなくて、あんたよ! 言ったでしょ、水壁を維持しながらでもまだ余力があるって! あんたが戦ったところで──」
「それは誰が決めたの? 私達、一度も戦ったことなんてないでしょ」
勝てるわけがない。
そう言おうとしたナディだったが、ラロの眼光に射抜かれて言葉に詰まった。
「戦えないなんて決めつけないでよ。私、サマナでいっぱい訓練したんだから。それに……仲間が戦ってるのに、私だけ眺めているなんて嫌なの!」
ラロの表情も言葉も真剣そのもの。
それが虚栄や強がりではないと、幼馴染であるナディには理解できた。
(なによ仲間仲間って……! そんなにサマナが楽しかったわけ!? 私がどれだけ苦労してきたと思ってるのよッ!)
怒り、妬み、恨み、劣等感、自己憐憫。
ナディの中で濁った感情が渦を巻き、膨れ上がっていく。
「……ちょっと訓練したくらいで、調子に乗らないことね。いいわ、順番が変わるだけよ、あんたから先に退場させてあげる!」
心中を隠すように余裕を装い、ナディは手の長杖を構えた。
ラロはそれを待っていたかのように笑みを浮かべ、それがナディをさらに刺激する。
二人が動き出したのは同時。
「『流転万水・槍──」
「『是正宣光』!」
ナディが無形の水で武器を生成しようとしたが、水はバシャリと弾けた。
村で考案し、訓練を経て形になった『是正宣光』の能力妨害。
万全の状態ならいざ知らず、水壁を維持しながらの小規模な能力使用なら、今のラロは無力化できるようになっていた。
発動した能力を打ち消されるという未経験の状況、ナディは混乱し固まってしまう。
ラロはその隙を見逃さず、距離を詰めた。
「はぁッ!」
三聖杖を槍のように構え、真っ直ぐナディへ突き出す。
本職の前衛から見れば、あまりに拙い攻撃。
だが隙をさらした後衛相手には十分だった、ナディは回避しきれず、障壁に亀裂が増える。
「ちょ、ちょっとベリアル! あんたも手伝いなさいよ!」
「無茶言わないでください! こっちは水壁と全員の障壁を維持するだけで手一杯なんですよ!」
ベリアルの加勢は望めない、他の仲間も水壁の中で戦っている。
かといって水壁を解除すれば乱戦となり、閉じ込めた意味がない。
敵を分断したこと、見せつけるためにラロを残したこと、自分の選択によってナディは一対一を強いられることになった。
「私だって! 近接戦闘の訓練くらいしてるのよッ!」
ナディが長杖を振るい、ラロの三聖杖を跳ね除ける。
近接訓練を積んできたのはラロだけじゃない、後衛だからと怠らず、ナディも杖術の鍛錬をしている。
しかし近接戦の経験が浅い二人、戦いは泥沼化していく──かに思われた。
「『流転万水・槍』!」
「あぅッ!?」
杖と杖がぶつかり合う最中、ナディが能力を発動させた。
生み出した水槍はたった一本、威力も速度もお粗末な代物だが、不意打ちに対応できなかったラロの障壁に亀裂ができる。
(あんたの『是正宣光』、動いていると使えないって知ってるんだから! どれだけ努力しても、あんたは回復役にしかなれないのよ!)
ナディの手数が増えたことで、ラロは押され始めた。
徐々《じょじょ》に障壁の亀裂が広がり、ナディに余裕が戻ってくる。
「どうしたのラロ、戦えるんじゃなかったの? ふふ……昔から頑固なところは変わらないわね」
二人は間合いを取り、肩で息をしながら言葉を交わす。
「あんたがどれだけ頑張ったところで、勝敗は変わらないわ! いい加減、無駄な抵抗はやめてちょうだい」
「たとえ負けたって、無駄なんかじゃないよナディちゃん! 自分で決めたことを──」
「無駄なのよッ!!」
ナディの絶叫と眼光に、今度はラロが言葉に詰まる。
ナディの目は憤りと恨み、後悔で澱んでいた。
ラロを見つめていても、その目はどこか遠くを捉えている。
「地位も才能も、生まれた時に道なんて決まってるのよ! 努力すればマシにはなるかもしれない……だけど、道そのものを変えることなんてできやしない! 何をやったって無駄なの……!」
「だ、誰のことを言ってるの、ナディちゃん……」
ナディは答えなかった。
話し合いはここまでと言うように、長杖を構える。
(いばらの道でも、あんたと一緒なら進めると思ってた……どうして一人で先に行っちゃうのよ、ラロッ……!)
(ナディちゃん……バフタル学園で何かあったんだね……きっと、今は何を言っても聞いてくれない。なら私は、信じて戦うだけ……! 勝って、それから話をする!)
二人の思いは交わらず、闘争心だけが交差する。
少女達の足掻きは、果たして無駄なのか。
答えを示すように、戦いは佳境に向かう。




