第93話 百質変じ、常のまま
水壁の中は、金属同士がぶつかり合う轟音で満たされていた。
ムンゴ、そして対するはアザ・ディ・バーハという男。
その装備は重厚なプレートアーマーに分厚い両手剣。
兜は身につけておらず、緩くうねる橙色の髪、緑色の三白眼に口角を上げた薄い唇を晒している。
「ふぅ、ふぅ……洞同体『鉄・鉄』!」
ムンゴはメイスを振るい、相手へ衝突する瞬間に超重量へと変化させる。
直撃すれば鎧の上からでも衝撃を響かせる一撃だが、アザはそれを両手剣で軽々と受け流す。
体勢が崩れたところに両手剣が振り下ろされるが、それをムンゴは盾を構えて防ぐ。
「ふーん、思ったよりやるじゃん。とくに防御はなかなかのものだしさ」
傍から見れば互角の攻防が続いていく。
だがあくまで傍から見ればだ、当事者の心中は違っていた。
アザは体力を温存し、余裕を持って戦っているが、ムンゴは全力を振り絞っている。
これでは互角とは言えない。
(この人の板金鎧、かなり重いはずなのに動きが鈍っていない……!)
アザの纏う鎧は分厚く、軽く見積もっても三、四十キロはある物。
両手剣も八、九キロは下らないだろう。
にもかかわらず、その身のこなしは軽やかそのもの。
ムンゴの攻撃を軽々《かるがる》と躱し、振るう両手剣の速さはまるで軽量な細剣のよう。
(足跡が深くない……それに感じる力は人間を超えてないから、身体強化じゃない。装備を軽くしているんだ! この人、僕と戦い方が似ている……!)
ガチンッ!
両手剣と盾がぶつかり合い、ムンゴの腕に痺れるような衝撃が奔った。
衝突する瞬間だけ両手剣の重量を戻し、威力を跳ね上げている。
図らずも、二人の戦い方は似通っていた。
(決め手がない……どうにか『鉄・鉄』の攻撃を当てたいけど、機敏なこの人にどうやって当てれば……!)
いかに相手を追い詰め、いかに攻撃を防ぐか、必死に策を練るムンゴ。
真剣そのものなムンゴに対して、アザは飄々《ひょうひょう》としていた。
互いに距離を取り、息を整える間が生まれた時、アザは気怠そうに声をかけた。
「なあ、もうやめない?」
「……え?」
アザは両手剣を地面に突き立てると、肩をすくめ声を落とした。
「ナディは君達にムカついてるみたいだけど、俺はどうでもいいんだよね。カウみたいに戦うのが好きなわけじゃないし、チャルみたいに真面目でもないしさ」
「そ、それがどうしたって言うんですか……?」
動揺を誘う作戦かと警戒し、ムンゴは盾を構えたまま姿勢を崩さない。
アザはそれを見て、鼻を鳴らした。
「ぶっちゃけ俺達には関係ないじゃん? 疲れるだけだしさ、適当にやろうよ」
ムンゴは言葉を失った。
あまりに自分とかけ離れた思考に混乱し、思わず構えが緩んでしまう。
「あ、そっか。わかってるって、君の見せ場だってちゃんと作るから! 一応は戦うフリしないとナディに怒られちゃうしな、いい感じに攻撃当て合ってさ、相打ちに──」
ムンゴの絶句をどう解釈したのか、アザは八百長の話を進めていく。
「って感じでどう? 他の奴らには内緒ね、あいつらマジで怒るからさぁ」
「お断りします」
「……なに? ごめん、もっかい頼むわ」
アザは聞き間違いかと耳を疑い、ムンゴに聞き返す。
「お断りします、と言ったんです。そんな話には加担できません。内密にはしておきます、その話は終わりにしてください」
戦いを再開するため、ムンゴは再びメイスと盾を構え直した。
アザは煩わしそうに頭を掻き、ため息を吐き出す。
「あのさ……これ、俺なりの優しさなんだけど。もしかして手加減されてるの気がついてなかった? まだ全然本気出してないよ?」
「実力差は重々承知しています。それでも、お断りさせていただきます」
アザはますます理解不能だといった様子で、片眉を上げてムンゴを軽く睨みつける。
「理由、聞いていい? 君、好戦的に見えないんだけど、何か賭けでもしてんの?」
「逆に伺いたいです。奮闘している仲間達を放っておいて、どうして自分だけ八百長なんてできるんですか」
「……あっそ、合わないね。かと言って俺から降参するのもダサいし、じゃあやるしかないか」
アザは億劫そうに地面から両手剣を引き抜くと、深いため息とともに構えをとった。
だがその顔からはへらへらとした表情は消え去り、細められた眼光がムンゴを射抜く。
圧が膨れ上がり、ムンゴは兜の中で冷や汗をかいた。
「言っとくけど、後悔しても遅いからね。『百質変象』【屋柱の暢剣】ッ!」
アザの宣言とともに両手剣が振り下ろされ、ムンゴの視界に銀線が疾った。
次の瞬間に空気がうねりを上げ、ムンゴの構えた盾へ衝撃が炸裂する。
(なんだ……!? 距離を取っているのに攻撃が届いた!?)
ムンゴとアザの間合いは、三メートルほど離れている。
にもかかわらずアザの攻撃は届き、そして止むことがない。
「ほらほらどうした! 防ぎきれてないよ!」
アザが腕を振るうたび、空気が破裂する音とともに銀線が疾る。
間一髪で盾を構えて防ぎ続けるムンゴだったが、漏れた攻撃が障壁に亀裂を作っていく。
(これは鞭!? でも武器は持ち替えていなかった、一体どういう仕掛けなんだ!?)
【屋柱の暢剣】
とある鍛冶師と錬金術師が合作して生み出した魔道武具。
その機能は、剣身を自在に伸縮させるというもの。
しかし剣身を伸ばせば強度は著しく低下し、取り回しも悪くなる。
武器としては失敗作であり、長いこと武具屋の片隅に置かれていた両手剣だ。
それをアザが見つけ、魔道武具としては安価で買い取った。
(俺の『百質変象』で強度を上げ、さらに鞭のように柔軟に変質させる。そうすれば長距離、高速の鞭剣の完成、君程度に見切れるわけねえんだよ!)
アザの能力『百質変象』は、触れた物体の性質を変化させるという、ムンゴによく似たものだ。
アザはその能力で、【屋柱の暢剣】の欠陥を打ち消していた。
しなる鞭剣の先端速度は音を超え、衝撃波と銀線が空間を満たす。
鞭の柔軟さと速度、そして両手剣の重量と斬れ味。
防ぎ続けるムンゴの盾には、無数の切断面が刻まれていく。
(仕組みを考える暇はない、鞭のような攻撃だと理解すれば十分だ! 『鉄・鉄』なら防げるだろうけど、障壁が砕かれたら意味がない。今は距離を詰める!)
鞭は間合いを詰めれば無力化できる、その判断は正しい。
しかしムンゴは思い違いをしている、アザの本気は鞭剣だけではない。
「『百質変象』!」
一直線に距離を詰めるムンゴに対し、アザは慌てずに地面へ手をつく。
変質は一瞬だった。
「──くっ!?」
走るムンゴの足が滑り、転倒してしまう。
地面はまるで氷のように摩擦を失い、ムンゴは立ち上がることすらできない。
「ダサいなあ……説教かましといてそれじゃ、目も当てられないよ?」
ニヤつき見下してくるアザに、ムンゴは言い返すことができなかった。
実力差を理解してない、無茶無謀、そう言われても仕方がないと自覚している
(だけど……もう諦めないって誓ったんだ! 勝つ気でぶつからなきゃ、勝てるわけがない!)
足掻くムンゴと、勝ちを確信するアザ。
勝負はまだ終わっていない。




