第90話 千錬積みて、底知れず
左手の黒剣を半身に構え、右手に投げナイフをそっと握り込む。
そのまま体を捻り、カウに向けて放った。
キンッ!
風を切り裂き飛来したナイフを、カウは容易に弾き飛ばした。
「まてまて、つまらない真似はよせ。その剣はお飾りじゃないんだろ? 接近戦でやり合おうぜ」
(簡単に弾いたな……あの反応速度、身体強化の能力か)
今の動きを見るに、投擲で倒すのは難しいだろう。
俺は黒剣を両手で握り直し、一気に距離を詰めた。
「お、やる気になったか! 『千錬刻技』!」
「『己力投写』!」
反動で体を痛める寸前まで威力を上げた振り下ろし。
だがカウの円盾に防がれる。
盾と剣、カウと俺の力が、ギャリギャリと音を立ててせめぎ合う。
「いい剣だな。今ので刃こぼれ一つないなんて、相当な業物だ」
「そっちこそ良い盾だよ。盾ごと叩き斬るつもりだったんだがな」
力を拮抗させながら、視線と言葉を交わす。
お互いまだ探り合いだが、全力で挑まなければ殺られる相手だと直感できる。
カウの剣が振られ、俺は後方へ大きく跳んで距離を取った。
「バル、だったよな? 俺は剣でやり合うのが好きなんだ。ここからは本気で行くが……ガッカリさせないでくれよ。『千錬刻技』!」
カウの体が、先程までとは比較にならない光を放つ。
俺は全身の神経を研ぎ澄まし、黒剣を構え直した。
十メートルは離れていたカウの姿が揺らぐ。
「らぁッ!!」
(速い──ッ!?)
気がつけば間合いを詰められ、カウの剣が瞬く。
ギャリンッ!!
反射的に間に差し込んだ黒剣が、カウの疾風の連撃を受け止めた。
剣から伝わる感触で、速さだけでなく、相応の力が乗っているのが分かる。
俺は逃げるように、再び後方へ飛び退いた。
(速さだけならレギン並みだ! 距離を取らなきゃ殺られる!)
広くはない水壁の中を縦横無尽に駆け回る。
だが間合いを取ろうとカウは瞬時に接近し、連撃を放ってくる。
紙一重で躱し、かろうじて防ぎ続けるが、徐々に追い詰められていく。
トン、と背に水壁が当たった。
「いや凄えな。初撃を防いだだけなら偶然だが、ここまで防がれたら本物だ。身体強化の相手に慣れてるんだな、仲間の誰かがそうなのか?」
(父さんとカーンさんを相手に鍛えてなきゃ、ここまで食らいつけなかったな……それにあいつの行動には違和感がある)
カウは間合いを詰める直前、必ず能力名を口にしている。
発動時に名を宣言することには意味がある。
一に、想像力の補強だ。
能力の発動と制御には、強い想像力が欠かせない。
能力名を声に出すことで、過去の全力を出せた感覚を脳に呼び覚まし、発動を円滑する。
二に、気合いを入れるため。
筋肉もそうだが、無言よりも声を張る方が力を出せる。
俺の考えでは感情も魂の力だ。
能力名を叫ぶことで感情を昂らせ、魄力の出力を引き上げる。
三に、宣言しなければ発動できない。
例えばレギンは、あの長い宣言を口にしなければ絶対に発動できないと言っていた。
理由は分からないが、世にはそうした制限のある能力も存在する。
(なら、カウはなぜいちいち宣言しているんだ? 父さんのような単純な身体強化なら、最初に宣言するだけでいい)
つまり、種のある身体強化能力だ。
今までの動きを思い返し、俺はある予測を立てる。
左手に黒剣を握り、腰からもう一本、鋼の剣を引き抜いた。
「予備じゃなかったのか。二刀流とは面白い! 『千錬刻技』!」
再びの宣言と、疾風の如き高速移動。
俺は目で追うのはやめ、右へ二本の剣を交差するように構えた。
ギャリンッ!!
カウの連撃を二本の剣で完璧に受け止める。
それは先ほどから、寸分違わぬ軌道だったからだ。
「……ようやく俺の能力の仕組みに気がついたか」
「今ので確信したよ。特定の動きを強化する能力、だろ?」
「正確には、今まで反復してきた動きほど強化されるだな」
カウが繰り返していた、高速での接近と連撃。
この一連の動作は、カウが鍛錬を重ねてきた型なのだろう。
通常の強化なら能力を使った俺と同程度、だが繰り返し鍛えた動きなら、それ以上の出力を出せるわけだ。
(速くても決まった動きなら対処はできる。他に型はあるだろうが、距離を取って防御に徹すれば、手の内を明かしていける。そうすれば勝機を──)
「お前今、決まった動きなら対応できるとか思っただろ」
考えを見透かされ、内心で小さく動揺が走る。
「今ので見極めたつもりなら……浅はかだな。興が冷めたよ、そろそろ終わらせてもらう」
カウからそれまでの笑みが消え、底冷えするような無表情へと変わった。
ハッタリをかます男には見えない、まだ何かがある。
俺は二本の剣を強く握り直した。
「『千錬刻技』!」
カウが能力を発動し、間合いを詰めてくる。
その速度は今までのような目にも留まらぬ速さではない。
振りかぶられた一撃も、十分に見切れるものだ。
それでも俺は警戒を高め、二本の剣を交差させて受け止めた。
「ぐッ──!?」
衝撃が体を奔り、腕が悲鳴を上げる。
真正面から受け止めた鋼の剣が、ミシッと嫌な音を立てて歪んだ。
(なんだこの力……!? 下手したら父さんに匹敵するぞ!)
振り下ろされ、横薙ぎに振られ、叩きつけられていく重い剣撃。
返しの剣も、カウの盾と剣に弾き飛ばされてしまう。
俺を覆っていた障壁が、受け止めた衝撃だけでピシリとひび割れていく。
「どうだ? 単純な動きほど、強化は跳ね上がるんだよ。剣を振る、ただそれだけに強化を集中すれば、これほどの威力を出せるわけだ。おとなしく降参してくれたら、お互い無駄な時間を使わずに済むんだが」
攻撃を防ぎ続けた両腕は痺れ、鋼の剣は刃こぼれしている。
だがこのまま叩きのめされる気などない、必ず突破口はあるはずだ。
俺は痺れる腕に活を入れ、剣を構え直した。




