第89話 石落ちて、壁は隔つ
乾いた風が吹き抜けると、草の擦れ合う音だけが聞こえる。
見渡す限りの草原、ここなら思い切り戦っても誰かを巻き込む心配はない。
目の前には、武装した六人組が立っている。
「逃げずに来たのね。それとも、頭でも下げに来たのかしら?」
「バフタルでは武器を持ち鎧を着て謝るものなのか? ずいぶん奇妙な風習があるんだな」
俺の軽口に、ナディは敵意のこもった目で睨みつけてくる。
指定通りに武装して来たものの、本当にこのまま決闘をする気なのだろうか。
「一つ聞きたいんだが、武器は木製の物に変えないか? 本身の武器じゃ、これは殺し合いになる。寸止めのつもりでも万が一があるだろ」
「あら、そんなことに怯えるなんて……サマナはずいぶんと小心者の集まりなのね」
煽り合いくらいならいくらでも付き合うが、取り返しのつかない事故が起きてからでは遅い。
馬鹿にされても構わないと割り切り、木剣への変更を提案しようとした。
「安心しなさい。こんなことで死ぬなんて馬鹿らしいもの、ちゃんと対策はしてあるわよ。ベリアル、説明してあげて」
「ナディ……君はどうしてそう偉そうなんだ。すみませんね、色々と」
前に出てきたのは、短く刈り込んだ黒髪に長い杖を携えた軽装の男だ。
体つきや身のこなしからして前衛ではないだろう、この男がなんなのか。
「言葉で説明するより見てもらった方が早いでしょう『九死天壁』……カウ、頼みます」
ベリアルと呼ばれた男が呟くと、本人の体が光に包まれた。
そして仲間に合図を送ると。
ガンッ!
カウがベリアルの顔を思い切り殴りつけた。
「な、何を……!?」
「ご心配なく。ほら、無傷でしょう?」
言われて確認すると、全力で殴られたはずの顔には傷どころか赤みすらない。
「私の能力『九死天壁』は、攻撃を無力化する障壁を張ることができるんです。これを皆さまに付与しておけば、事故なんて起きませんよ」
「なるほど……どれくらいの攻撃に耐えられるんだ? 持続時間も教えてほしい」
俺の問いにベリアルは隠すことなく答えてくれ、決闘のルールが決まった。
強力な障壁を張ることも可能だが、それでは戦いが長引くため、男性が全力で五度殴れば砕ける程度の強度に設定された。
障壁が砕けた者から脱落となり、最終的にどちらかが全滅するか、障壁の持続時間が切れた時点で人数が多い方の勝利となる。
「よし。戦う前に少しだけ話し合う時間をくれ」
「いいわよ。どうせ無駄だけど、せいぜい足掻くことね」
ナディは含みのある言い方で承諾し、笑みを浮かべた。
俺達は距離を取り話し合う。
「手加減なしで攻撃できるのはやりやすいが、問題は障壁の強度があまり高くないとこだな」
「五回殴って壊れる程度じゃ、能力なら一、二発で砕けちまうぞ。あいつらが余裕ぶっこいてるってことはよ、避けようのない攻撃手段があるのかもしれねえな」
「相手の一人は支援役と判明した。残り五人全員が前衛とは考えにくい……あと一人か二人は、後方支援や遠距離攻撃の能力と見るべきであろうな」
話し合うが推測の域は出ず、結局は事前の大雑把な作戦通りに動くことになった。
「準備はいいかしら? あんた達の自信がただの自惚れだってこと、教えてあげるわ」
「そういう台詞は、勝ってからにした方がいいぞ。あとで恥をかかずに済むからな」
互いの圧力がぶつかり合い、空気が重く張り詰めていく。
俺とナディは同時に、小石を高く宙へ放り投げた。
二つの石が地面に落ちた瞬間が開戦の合図。
俺達は重心を落とし、武器を握りしめる。
────トス
石が落ち、俺とレギンは先制の投擲を行おうと構える。
「『流転万水・槍』!」
ナディの宣言と同時に、彼女の頭上に数十本もの透明な槍が現れた。
穂先はもちろん俺達に向いている。
「レギン! 標的を槍に変更だ! できるだけ撃ち落とすぞ!」
投擲でいくつか破壊するが、焼け石に水だった。
数え切れない矛が降り注いでくる。
(数は多いが、速度は大したことないな。それに威力もお粗末だ)
槍はラロでも問題なく回避できる速度しかなく、地面に当たるとバシャリと弾けた。
地面に水溜まりを作るだけで、土は抉れてすらいない。
(水を放つ能力なのか? こんな烏合の攻撃で倒せると思われてたなら心外だが)
陽動を疑い他の者に注意を向けるが、誰一人として動こうとしていない。
そして顔に焦りも浮かんでいなかった。
「全員、固まるぞ! 陣形二だ!」
この程度で終わるはずがない。
水槍が収まり、俺が指示を飛ばすが──
「『流転万水・円蓋』!」
再びナディの宣言。
先ほどの攻撃で広がった水溜まりが動き始めた。
水槍を避けるため散らばった俺達の間に水の壁が立ち、たちまち空まで水で覆われていく。
「『己力投写』ッ!」
閉じ込められる前に水壁を破ろうと、俺は全力で黒剣を振り下ろした。
「『九死天壁』!」
ガギンッ!
振り下ろした黒剣は弾かれる。
障壁の能力を、ベリアルは水壁に付与したのだ。
背後から面白がるような口笛が聞こえてきた。
「やるなあ。今の振り下ろし、相当な威力だ。お前増幅系か?」
振り返ると、ツンと立った金髪の男が立っている。
急所を金属で覆った革鎧を纏い、左手に円盾、右手には長めの片手剣。
武具屋で挨拶を交わした男、カウだ。
「乱戦になるとあんた達の方に分がありそうだからな。俺達が慣れてる、一対一の状況を作らせてもらったぜ」
「やられたよ……最初から分断するのが目的だったのか」
どうせ無駄、そう言ったのはこういう事だったのか。
透明な水壁の向こうには、同じように閉じ込められた仲間達の姿が見える。
だが壁の破壊に集中できるほど、この男は弱くないはずだ。
立ち姿に隙がない。
「さっさと倒して、仲間と合流させてもらう」
「そういう台詞は、勝ってからの方がいいんじゃなかったか?」
俺は黒剣を握り直し、意識を研ぎ澄ませた。
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ラロは混乱に陥っていた。
目の前で仲間達が次々と水の円蓋に閉じ込められてしまったからだ。
そして、なぜ自分だけが閉じ込められず残されているのかが分からない。
「あはは! 呆気なく捉えられたわね。他の作戦も考えてたのに、無駄になっちゃったわ」
ラロが声のした方向へ視線を向けると、そこには勝ち誇った笑みを浮かべるナディと、障壁を展開したベリアルが立っていた。
「動かないでよラロ。円蓋を維持しながらでも、攻撃する余裕はあるんだから。あんたの障壁を砕くなんて、いつでもできるんだからね」
ならなぜ今すぐそうしないのか。
ラロの浮かんだ疑問に、答えはすぐに返ってきた。
「あんたはそこで、仲間が敗北するのを見てなさい。そして最後に、あんたを守れなかった無能な仲間達の前で、とどめを刺してあげるわ」
仲間の弱さを証明し、心をへし折るための策。
ラロは強く杖を握りしめ、水壁の中にいる仲間を信じて前を見据えた。




