第86話 白亜の街と積み上げた肉体
俺達は揺れる馬車の中で他愛のない雑談に興じていた。
車内からは馬車を引く六足の魔物の独特な蹄音が聞こえる。
「レギン様! バフタルが見えてきましたよ!」
御者の声に促され、窓から外を覗き込む。
丘から見下ろす先には以前と変わらない、聳え立つ防壁と白亜の街並みが広がっていた。
「おお! あれがバフタルか! 綺麗な街じゃねえか!」
「王城も凄いですね! 王様の威厳を感じますよ!」
双子都市ソブリン。
迷宮を中心に栄えたサマナと、大河を中心に交易で栄えるバフタル。
グルーとムンゴは、サマナとはまた違う景観に興奮している。
「またあの長い検問に並ばなきゃいけないのか……思い出すだけで気が滅入るな」
「お、お昼の混雑時だから、前よりも並びそうだね……」
バフタルには様々な物資が運び込まれるため、検問所には商人達が長蛇の列を作っている。
身分の確認と積まれた荷物の点検を行うため、進みは遅々《ちち》として進まない。
俺とラロがげんなりしていると、レギンが得意気な顔で口を開いた。
「それならば、懸念する必要はないぞ! 我が同行していれば貴族用の通用門を利用できるからな。簡易的な検査だけで済む、並ぶ必要などないのだよ」
「本当か! それは助かるな」
気の遠くなる待ち時間を知っている俺、カリー、ラロは胸を撫でおろした。
検問所では、公爵家嫡男であるレギンと聖獣のカリーに驚かれる一騒動もあったが、俺達はほとんど待つこともなくバフタルへ入ることができた。
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手入れの行き届いた庭からは、煙草の煙が漂ってくる。
庭の椅子に一人腰掛けて煙をくゆらせているのは、はち切れんばかりの筋肉を持った女性、チーヤーさんだ。
彼女はこちらに気がつき、灰皿に灰を落とした。
「ただいまチーヤーさん! 今回は仲間がみんな一緒なんだよ!」
「おかえりなさいお嬢様。これまたぞろぞろと、賑やかになりそうですね……」
チーヤーさんは口では文句を言っているものの、その顔には笑みが浮かんでいる。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「まだまだ病気になるような歳じゃないよ。あんたも元気そうで何よりだ、お嬢様を悲しませるんじゃないよ」
仲間達の紹介も済ませ、俺達はラロの実家へと入る。
居間は広いがさすがに全員揃うと少し手狭に感じてしまう。
「ところで、あんた達泊まる場所は確保してあるのかい? うちに全員泊まるのは無理だよ」
「来る前に宿屋の部屋を取ってあります。ここに泊まるのはラロとカリーだけですよ」
「なら安心だね。夕食は食べに来るといい、腕によりをかけて作ってやるよ」
俺とチーヤーさんが話している間、グルー、レギン、ムンゴの三人は、何やらチーヤーさんを注視していた。
「一つ伺いたいのだが、チーヤー殿は元冒険者で、しかも銀級だったとか?」
「ああそうだよ。とは言っても、なりたてで引退したからね。現役の銀級ほどの実力はないさ」
「ご謙遜を! その銀級に至ることがどれほど困難なことか。是非とも、冒険譚を聞かせてはくれないだろうか」
銀級という高位冒険者が、どれほどの修羅場をくぐり抜けてきたのか気になっていたようだ。
村でカーンさんにも聞いたことがあったが、あの人は秘密主義で話してはくれなかった。
チーヤーさんは武勇を語るのは嫌いではないようで、ニヤリと笑うと話し始めた。
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「ぐぎぎッ……!」
グルーが歯を食いしばり、顔を真っ赤にしながら力を振り絞っている。
握り込んだ相手の腕を押し倒そうとしているのだが、対するチーヤーさんは余裕の表情だ。
冒険譚を一通り聞き終えた後、力自慢のグルーがチーヤーさんに腕相撲を挑んだのだ。
一分ほど奮闘していたグルーだったがついに力尽き、腕がパタリとテーブルに倒された。
「く、くそ……女に力負けする日が来るなんて……」
「まだまだ未熟だね。あとで良い鍛錬方法を教えてやるよ」
「次は僕と一勝負お願いできますか!」
続いてムンゴが名乗りを上げ、善戦したものの負けてしまう。
互いの力を認め合った三人は、それから筋力鍛錬の話題で盛り上がり始めた。
「あの二人でも歯が立たぬとは。高位冒険者というのは鍛え抜かれているのだな……」
「いや力だけじゃないと思うよ。ただの腕相撲だけど、全身を連動させての体重移動、相手の手を引き込んで力を出させなくしたり、技術や体の使い方も段違いだよ」
最近になって分かってきたことだが、何気ない所作にもそれまで培ってきたものが現れる。
重心の位置、視線の配り方、息遣いや脱力。
父さんもカーンさんも、ただ歩くだけでも真っ直ぐ芯が通っていた、それはチーヤーさんも同じだ。
「まだまだ……我らは経験も研鑽も足りぬか。これから三つ星に進級するが、名ばかりにならぬよう益々精進せねばな」
「そうだな。もし進級も卒業も出来なかったら、格好がつかないからな」
「そこの二人! あんた達も、男なら挑戦してきな!」
結局俺とレギンも腕相撲で勝負することになり、その日は手が痛くなるほど叩きつけられるのだった。




