閑話 想いとスープと勘違い
コトコトと煮立つスープには、搾りたての新鮮な牛乳や、キノコに鹿肉といった森の恵みと村の野菜が使われ、芳醇な香りを醸し出している。
そこへ削り入れられたチーズが、さらに濃厚さを足し合わせた。
「あら美味しいわ。少し変わった風味だけど、これはみんな喜びそうね」
「美味しいです! ラロさんはお料理も上手なんですね」
「え、えへへ……」
このスープを作ったのはラロだ。
子どもの頃から慣れ親しんでいる、薬草を使った滋養スープ。
味見をしたバルの母メエンとポラに絶賛され、嬉しそうに頬を緩めている。
「薬草は苦くて食べにくいイメージがあったけれど、これならむしろ癖になるわねえ」
「わ、我が家の特製スープなんです。食べると体が温まって、とっても元気になるんですよ」
今日は早めに訓練を切り上げたラロは、夕飯の支度を手伝っていた。
香草が香る厚切りのステーキ、今朝採れたばかりの新鮮な野菜サラダ、摘みたての果実を煮詰めたジャムに焼きたてパンなど。
訓練を終えた男達が食べる量はとてつもないため、テーブルには料理が所狭しと並べられている。
「これだけあれば、あの食いしん坊達も満足するでしょう。今日は助かったわラロちゃん、ありがとうね」
「みなさん、本当にすごい量食べますからね。最初に足りないって言われた時はびっくりしちゃいました」
「能力をたくさん使うと、どうしてもお腹が空いちゃいますから……実は私も、結構食べる方なんです……」
体を動かし、体力を作るためには仕方のないこととはいえ、年頃の女の子としてはやはり食事の量は気にしてしまう。
「気にする必要なんてないさ、ラロちゃん。不味そうに食べる細い女より、美味そうにたくさん食べる子の方が見ていて好感が持てるってもんだよ」
ひょっこり現れて、出来たての料理をつまみながらカリーが言った。
「本当にそうよねえ。体が資本だもの、特に冒険者はしっかり食べないと倒れちゃうわ。もちろん成長期の女の子もね」
「で、ですよね……」
「うっ……分かりました……」
体型を気にして密かに食事量を控えめにしていたラロとポラの二人は、痛いところを突かれて苦笑いするしかなかった。
料理は作り終え、あとは帰宅を待つばかり。
四人の女性陣は自然とお喋りに興じる。
「それでバルったら、カリーに言い負かされて泣いちゃってね」
「バル坊が意地っ張りなのがいけないんだよ。あの子は昔から頑固でねえ……」
「ば、バル君にもそんな時期があったんですね」
本人が居合わせたら止めるであろう、幼少期の恥ずかしい失敗談。
ラロとポラは興味津々《きょうみしんしん》で聞き入り、メエンとカリーは懐かしそうに語り合う。
「ところで、学園や迷宮でのあの子の様子はどうなのかしら? カリーは面倒がって話してくれないのよ。よかったら、ラロちゃんから教えてくれない?」
「も、もちろんです!」
バルとの出会いから、これまでの活気ある日常と命懸けの冒険。
失敗や成功、喜びや悲しみ、ラロはまるで憧れの英雄譚のように生き生きと語っていく。
「それでその山羊の魔物の対策を、バル君はたちまち思いついたんです! みんなで話し合って立てた作戦も大成功して──」
「ふふ。ずいぶんと楽しそうに話すのねえ……もしかしてラロちゃん、バルのことが……」
「えっ!? い、いや、これは……! 違くてっ……!」
予想だにしない指摘に、ラロは狼狽する。
にやにやと興味津々《きょうみしんしん》なメエンとポラ、我関せずとつまみ食いを続けるカリー。
みるみるうちに赤くなっていくラロは、必死に誤魔化しの言葉を探す。
「バルも隅に置けないわねえ。でもあの子、そういうのは昔から鈍感でしょう? ラロちゃんの好意には気がついているのかしら」
「あ、あの、ええと、バル君には本当にそういう気持ちは……!」
「ということはグルーお兄ちゃんですか!? あの強面を好いてくれる人がいるなんて……!」
「ええっ!? ぐ、グルー君も違います……!」
メエンとポラは二人で盛り上がり、話はどんどんと拗れていく。
「冒険者はチーム内で恋仲になることが多いって、聞いたことがあるわ。学園でもそうなのねえ……」
「レギンさんですか!? それともムンゴさん!? 誰なのか教えてくださいラロさん!」
もはや二人の中では、ラロがチームの誰かに想いを寄せていることは確定事項になっている。
頭の中で言い訳がぐるぐると回るが、名案は思いつかない。
ラロはついに隠し通すのを諦めた。
「その……ば……バル君のことが……」
「きゃあぁぁ! やっぱりそうなのね! あの子ったら、こんなに純真で可愛い子を捕まえて!」
「どこまで関係が進んでいるんですか!? もうキスはしたんですか!?」
まさかバルの母親に、自らの恋心を打ち明けることになるとは夢にも思わなかったラロの羞恥は頂点に達していた。
顔に赤くなっていない所など残っておらず、ポラの質問攻めも耳に届いていない。
「二人ともそこら辺にしておやり。ラロちゃんが可哀想だ、これ以上は倒れちまうよ」
カリーが制止の声をかけたことで、メエンとポラは我に返りラロの様子に目をやった。
ラロはまるで茹で上がったように紅潮しており、目を白黒させふらついている。
「あら……ごめんなさいね、ラロちゃん。少しはしゃぎすぎちゃったわ」
「い、いえ、大丈夫です……ちょっと横になって休んできます……」
フラフラとおぼつかない足取りで、部屋へ歩くラロ。
メエンとポラは、やりすぎたと反省しながら男達の帰りを待つのだった。
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山のように積み上げられていた料理だったが、すぐに皿の底が見えてくる。
食欲旺盛な男達の前では、これだけの量でも心もとなかったようだ。
ラロも負けじと食事を進めるが、どこか緊張した面持ちで周囲を伺っていた。
「みんな、今日の料理の味はどうかしら?」
「いつもながら最高に美味いぜ! これで明日も鍛えまくれるってもんだ!」
「訓練の後は、この濃いめの味付けの肉はたまらんな」
「俺はこのスープが気に入ったよ。美味しいし、冷えた体によく染みる」
バルがスープを気に入ったと言った瞬間、ラロの顔は喜色で満たされた。
笑みを噛み殺そうとしているが抑えきれず、口角をあげてニヤついている。
「あらそうなの。そのスープはね、ラロちゃんが作ってくれたのよ」
「ああ通りで、チーヤーさんのスープに味が似てると思った。俺この味好きなんだ、毎日でも食べたいくらいだよ」
バルが何気なくそう言うと、食卓の空気は止まった。
ラロは本日二度目となる赤面。
両親とポラは「突然なにを言ってるんだ」と言わんばかりの表情でバルを見つめ、レギンとムンゴは信じられないものを見るような目で固まっている。
何も気がつかずに食事を続けているのは、当のバル、グルーとローゾの三兄弟だけだった。
(た、ただスープを褒めてくれただけだよね……! いきなり告白なんてするはずないし……!)
無自覚のまま、限りなく告白に近い言葉を口にしたバル。
だが周囲もすぐに、深い意味がある訳ではないと察して食事を再開していく。
しかし、この状況に納得がいかない者が一人。
「なぜバルの方はすぐに誤解だと分かって許されるのだ……納得がいかぬ……!」
自身の時との違いにぶつぶつと文句を言うレギンを、バルは心底怪訝そうに見つめるのだった。




