閑話 昼下がりの一皿・1
ガーウブ村
国の端に位置する、森林に隣接した農村だ。
耳を傾けると、家畜の鳴き声や小気味よい農作業の音が聞こえてくる。
風が吹けば、深い緑の匂いが肺を満たした。
午前の過酷な訓練が終わり、現在はそれぞれ自由時間。
国都では味わえない情緒を楽しみながら、レギンは村を散策していた。
その隣にはムンゴが、数歩後ろからは執事達が従っている。
「しかし素晴らしい村だな。人々の顔に笑顔が浮かんでいる。豊かさと調和がなければ、こうはいかぬだろう」
「本当にいい村ですよね。いつか自分の店を構える時も、こんな落ち着いた村がいいなと思えますよ」
「うむ、確かに冒険者を引退した後の隠居には丁度よかろうな。……ときにカーン、この村はどこの貴族の管轄だったか?」
レギンの問いに、後ろを歩いていた老執事カーンが頭を下げて答えた。
「は。確かバエレンス侯爵と記憶しております」
聞き覚えのない名に、レギンは頭の中を探る。
「ああ、あの男か……奴はそれほど優れた領地経営の才を持っていたのか? ならば評価を改めねばならぬが」
「いえ。統治とは名ばかりで、普段は別の本領に居住しているようです。この村には最低限の派兵と税収、数年に一度の視察に来る程度だと聞き及んでおります」
ならばこの村が保っている豊かさや治安には、別の理由があるはずだ。
レギンは未来の領地経営の参考にするため、思案を巡らせる。
「防衛体制が優秀なんじゃないですかね? 辺境の一番の脅威は、やっぱり魔物ですから」
「確かに……村は一通り見回したが、壊れた建物もなければ、弔いをしている者も見当たらなかったな」
ムンゴの推測は納得できる。
どれほど肥沃な土壌で万年豊作であっても、魔物や賊に襲われてしまっては蓄えることなどできない。
しかしレギンは、新たな疑問に首を傾げる。
「だがバルの話では、近くに広大な原生林があるのだろう? 聞く限りでは、魔物が毎日のように襲来してもおかしくない環境なのだが……」
「領主様が兵をたくさん配備してくれているんですかね?」
「うーむ……よし、ならば実際に村の者に聞いてみるとしようではないか!」
レギンが名案を思いついたように声を上げ、ムンゴは内心で激しく焦った。
(こ、こういう時のレギンさんは、一度言い出したら意見を変えないぞ……! どうしたら……)
実はムンゴ、バルから「レギンが暴走しないように見ておいてくれ」と頼まれていたのだ。
このまま公爵家の嫡男であるレギンが片っ端から話しかけ回れば、村中が騒ぎになるのは目に見えている。
(レギンさんは、自分がどれだけ周囲に畏怖されているか分かっていないからなあ……)
レギンの行動そのものを止めるのは無理だと判断したムンゴは、被害を抑える方向へ舵を切る。
「そ、それなら、バルさんの友達に聞いてみるのはどうですか? 村の話だけじゃなくて、昔のバルさんがどんなだったかも教えてもらえるかもしれませんし!」
「ふむ、出迎えの時にいたあの者達か……そうだな! そうするとしよう!」
エマとアランという二人なら、もしレギンが何かやらかしても、すぐにバルへ連絡がいくだろう。
上手く軌道修正できたことに、ムンゴはほっとする。
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エマの家
エマと彼女の両親は、突然の訪問に身を縮こまらせていた。
レギンという権力者が、ぞろぞろとお供を引き連れてやってくれば誰だってそうなるだろう。
「は、はあ……村のことを聞きたいですか……私達でよろしければ、いくらでも話しますが……」
「うむ! 嘘や誇張は抜きで、ありのままを話して欲しい。まずは農産物のことなのだが──」
両親はガチガチに緊張して固まってしまっているため、主にエマが答えていく。
やはりバルを通じて面識のあった彼女を訪ねたのは正解だったと、ムンゴは安堵する。
「この村は周囲の環境の割に、魔物の被害が少ないようだが……やはり駐留している兵が優秀なのか?」
「ああいえ! それはタカトさんのおかげなんですよ!」
今度は、それまで固まっていた両親が身を乗り出して答えた。
どうやらタカトが来る前と後の変化を知っているようだ。
「子どもの頃の記憶なので少しあやふやですが……昔は毎日のように魔物が来ていたんですよ。家畜が襲われただの、誰それが怪我をしただのと、とにかく酷い有様でしたよ」
「ふむ……それが、タカト殿が村にやってきて一変したと」
「はい。私はその場にいなかったのですが、なんでもメエンさんと二人で、森の中で大怪我を負っていたとか……そのあと回復した彼はお礼にと、森の魔物を狩ってくれるようになったんです」
村に対して恩義を感じて防衛を担っている。
それはバルから聞いていた話と一致していたが、二人が大怪我を負っていたというのは初耳だった。
「さらに村の兵達を鍛え直してくれてね。今ではすっかり、魔物に怯える必要のない村になったわけです」
「なるほどなるほど。やはりそのような事情があったのだな」
個人の武力によって村の平和が保たれている。
英雄譚としては素晴らしいことだが、領地経営の参考にはならぬなとレギンが拍子抜けした時、ふわりと香ばしい匂いが漂ってきた。
訓練を終えたばかりの空腹を刺激する、たまらなく良い匂いだ。
「……つかぬことを伺うが、これは何の匂いだ? もしや、昼餉の時間を邪魔してしまっただろうか」
「あ、これはポッダーウェイルを焼いてる匂いですよ。でもうちではなく、隣の家で作っているものですね」
「ポッダーウェイル、ですか? 聞いたことない料理ですね」
隣で匂いを嗅いでいたムンゴも、魅力的な香りの正体が気になり質問する。
「都会にはないんですか? 田舎料理でお恥ずかしい……もし不快な匂いでしたらすみません」
「不快などとんでもない! むしろ実にいい香りだ。それより、その料理はどこへ行けば食べられるのだ!?」
好奇心と空腹がレギンとムンゴの頭を支配していた。
ここを逃せば、次にこの村を訪れるのは一年後になる。
未知の料理を食したいという意見は、レギンもムンゴも同じだ。
「う、うちので良かったら作りましょうか? 口に合うかどうかは分かりませんけど……」
「おお、ぜひ頼む! 謝礼ならいくらでも支払おう!」
エマの提案に、レギンは二つ返事で飛びついた。
村の防衛についての話などすっかり忘れ、全員で料理の準備に取りかかる。




