第9話 失敗の先に残るもの
湿った土を駆ける音、鋭く空気を裂く音が森に響いた。
「そっちに行ったぞ! バル!」
グルーの叫びに応じ、俺は手の中の石に能力を込める。
腕を振り石を放った。
乾いた破裂音が遅れて鳴る。
石がゴブリンの頭部を粉砕していた。
「相変わらずの威力だな。絶対仲間に当てるなよ」
「的当ての訓練は欠かしてないから安心してよ」
「ふ、二人とも凄いね......」
俺が指示を出し、グルーが前に出て、ラロが支援する。
初めての連携は思ったよりスムーズだった。
「ラロ。また剣を綺麗にしてくれ」
グルーが血と脂で汚れた大剣を前に出す。
「は、はい。是正宣光……」
ラロが杖を握ると淡い光が大剣を包み込み、付着した魔物の血や脂を消し去っていく。
この浄化のおかげで剣は切れ味を保っていた。
「しかし何度見ても物騒な杖だなあ。杖っていうか武器だろそれ」
「そ、そんな事はないですよ?」
ラロの杖は槍と鎌をつけたような、物々しい形状だ。
「ほ、豊穣の鎌と、邪を払う槍、導きの杖なんです……」
形状の理由を聞いても見た目は物騒だ。
演習のノルマである五体の討伐はとうに終えている。
「もうとっくに授業目標は達成したし、森を出る?」
「出ても待つだけだろ? つまんねぇよ。体力あるなら続けようぜ」
「わ、私はまだ大丈夫です」
能力は使うたびに体力を削る。
低級しか出ないとはいえ、帰りにも魔物に出会うかもしれない。
消耗は厳禁だった。
喋りながら森を歩く俺達の耳に、枝を踏みしめるミキミキとした音が聞こえてきた。
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俺達は木の影に隠れている。
茂みをかき分け、姿を現したのはウンガリーベアだった。
三メートルを超える巨体は、獲物を求めているのか森を彷徨っている。
低級魔物しかいないはずの演習地になぜ中級の捕食者がいるんだ。
「う、ウンガリーベアだ……私達じゃ倒せないよ」
「歩いてる方向も違うし、帰って先生に報告しようぜ」
「いや……ここで倒す」
「はあ? 本気で言ってんのか?」
「誰かが襲われてからじゃ遅いんだ。ここで見逃してもし他のチームが遭遇したら? 」
俺の頭には、あの日の光景が焼き付いていた。
村が蹂躙され多くの命が失われた。
守れなかった後悔が俺の思考を鈍らせる。
「森の奥へ歩いていってるじゃねえか。他の連中だって馬鹿じゃねえ。気づいて逃げるって!」
「......二人は先に帰ってくれ。俺が倒すよ」
「ば、バル君危ないよ!」
二人の制止を振り切り俺は走り出す。
後ろからはグルーとラロの声が聞こえたが止まれなかった。
手ごろな石を拾い上げ、能力を込める。
ウンガリーベアの背後から石を放とうとした時、隣に影が並んだ。
「......帰らなかったのか」
「馬鹿な真似してるダチを見捨てて逃げれるかよ。帰らねぇなら俺もやるぜ」
「ち、チームですから......!」
「……危なくなったら逃げてくれよ?」
武器を構える二人に即席の作戦を伝える。
立てた作戦のために二人が位置につく。
震える手を抑え込み、手の中の礫に力を練り上げる。
狙うはウンガリーベアの右目。
「己力投写!」
放たれた石は音を置き去りにして走り、ベアの眼球を穿った。
「ッッグォオン!!」
片目を潰された絶叫が森を震わせる。
だが怯んだのは一瞬だった。
巨体で障害物をなぎ倒しながらこちらへ突進してくる。
追撃の投擲を放つが、能力で強化した投石ですら分厚い毛皮と脂肪を前に弾かれた。
早すぎる。
追いつかれ逃げ場を失った俺に、巨大な爪が振り下ろされようとした時。
「うぉぉおお!!」
横から割り込んできたのはグルーだ。
大剣が打ち下ろされ、ベアの後ろ足に深く食い込む。
ベアは痛みに声を荒らげる。
爪の標的をグルーに変えた瞬間、ラロの震える声が木霊した。
「──是正宣光!」
ラロが杖を掲げると、ベアの体が光に包まれる。
不浄を焼く光を嫌がりベアは地面をのたうち回る。
その隙に俺とグルーは距離を取り、荒い呼吸を整えた。
俺が注意を引き、グルーが削り、ラロが動きを止める。
このまま削っていけば勝てる。
完璧な連携に見えた。
だが中級魔物の力は俺達の想定を遥かに超えていた。
先に体力が削られたのはこちらの方だった。
「グァァッ!!」
ウンガリーベアの咆哮。
「......ぁ、あ......っ」
三度目の光を維持していたラロは体力が限界に達して意識を手放した。
「グガァァ!!」
獣は見逃さない。
獲物の中で最も脆いラロに向けて走り、爪が振り抜かれる。
「クソがぁっ!!」
グルーが間に強引に割り込んだ。
大剣を盾にして爪を受け止めるが、衝撃でグルーの足は崩れる。
俺は全力で疾走する。
(間に合わない……っ!)
爪がもう一度振るわれる瞬間。
グルーの拳が一瞬だけ光を放った。
どこからともなく飛来した一本のナイフが、ベアの残った左目へ吸い込まれるように刺さった。
「グォォォオ!!」
両目を失い、ベアの体が大きく仰け反る。
その刹那、俺の頭に浮かんだのは守れなかった村の景色だった。
足に爆発的な能力を込めて跳躍。
獣の背に乗り後頭部に剣を突き立てる。
「──おぉぉッ!」
剣を介して俺の持てる全ての力を一点に叩き込む。
「......おわりだッ!!」
鈍い音と共に切っ先が脳髄まで達した。
山のようだった巨体が地面に崩れ落ちた。
体の震えが止まらない。
返り血を全身に浴びながらも、突き立てた剣を離せなかった。
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意識のないラロを背負い、返り血で染まった俺達は命からがら森を脱出した。
待っていたのは先生の怒号だった。
その日の夜。
寮の自室は静まり返っていた。
「......おいバル」
グルーの声に振り返った瞬間。
──ガッ!
俺は床に叩きつけられた。
頬に走る熱い痛み。
俺はグルーに殴られた。
「お前のわがままで仲間も俺も死にかけたんだぞ」
「……ごめん」
「俺はな孤児で妹がいる。 俺は妹にいい生活をさせるために、冒険者として成功するために学園に来た」
俺は黙って話を聞く。
「俺が死んだらな妹は一人になっちまう! 孤児院を出たガキがまともな職に付けないの知らねえのか!?」
「………」
「今殴ったので今回はチャラにしてやる。次はダチ辞めるぜ」
独断で危険に晒したのに。
こんな俺とまだ友達で居てくれるらしい。
「ごめん……もう独断で危険に晒すようなことはしないよ」
「なら許すぜ。殴って悪かったな……こんなやり方しか知らねえんだ」
俺は不要な戦いで、仲間を危険に晒してしまった。
ウンガリーベアは放っておいてもよかった。
先生に報告すれば、冒険者か兵がすぐに討伐しただろう。
俺は自分自身のトラウマと英雄願望で戦いを挑んだだけ。
俺はまだ父さんほど強くないのに。
力は守るために使うと誓ったのに。
俺はまだ全然強くなれてなかった。
ラロは大丈夫だろうか......
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女子寮の静かな部屋。
二段ベッドの下段で、彼女は口角を緩めていた。
いつもなら一日の終わりに思い出すのは自身の失敗ばかりだ。
上手く喋れず冷たくされたこと、中途半端な能力だと陰口を叩かれたこと。
けれど今夜は違っていた。
『良かったら俺たちとチームにならないか?』
差し伸べられた手。
自分を「必要だ」と言って連れ出してくれたあの瞬間の感覚が何度も、何度も頭の中で繰り返される。
(バル君とグルー君......またチームを組めるかなぁ)
戦いは怖かった。
ウンガリーベアの咆哮も、迫ってくる巨大な爪も、死を予感するほど恐ろしかった。
けれど、それ以上に胸に刻まれているのは、バルの信頼に満ちた言葉だ。
『ベアを倒すこの作戦はラロが要だ』
誰にも必要とされず、ただ頭数を合わせるためだけに存在していた自分。
初めて誰かの必要になれた。
(でも......私がもっと長く能力を維持できていたら......)
戦いの中で意識を失ってしまった情けなさが心をチクリと刺す。
自分が倒れたせいで二人は危ない目に遭ったはずだ。
これまでは嫌いで避けていた戦闘訓練。
「......明日からはもっと真剣にやらなきゃ」
小さいが固い決意。
彼女は自分の中に芽生えた勇気を抱きしめるようにして、幸せな微睡みに落ちていく。




