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英雄契約説 魔女と革命  作者: 生気ちまた
第1部・1er tour
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42/44

8-3 魔法使いの戦争


     × × ×     


 司令部を焼かれた第三十三准旅団は後方に退いていった。

 代わりに『Pr』の梯団旗を掲げた部隊が前進してくる。第九十三准旅団。報告によると指揮官はステファヌ・プルニア校尉という人物らしい。


「あたしの記憶が正しければ、ジャン様がヌーベルライムのフォート・マリーで出会った革命派の青年将校ですね」

「ジーナが言うならきっとそうなんだろうね」

「あらら。覚えていらっしゃらない? ジャン様ったらそんな脆い記憶力で院試に挑まれていたんですか?」

「うるさいなあ」


 傍らで楽しそうに笑っているジーナの手を引きつつ。

 僕たちは故郷の城館から北へ向かう。革命派の軍勢が迫っている。もうここには居られない。


 城館の周りでは王党派の将兵が荷造りを急いでいた。持ち出せるものは馬車に載せ、持ち出せないものは敵に利用されないように焼いておく。破壊された野戦砲が運河に投げ捨てられている。

 こうして身軽になった部隊から先に北へ向かう手筈となっている。全ての段取りは連合王国のスチュアート中佐が組んでくれていた。中佐自身は王国海軍の救援艦隊と連絡を取るために一足先に城館を後にしている。

 ありがたいことに、その際に強引に父親を連れて行ってくれたらしい。おかげで兄さんについた嘘が嘘ではなくなった。


「よし! ラファエル支隊も出発だ!」


 ラファエル兄さんが馬上から撤退の指示を飛ばす。

 名残惜しいのだろう。盛んに将兵を元気づけながら、時折生まれ育った城館を見つめていた。


 僕は支隊の列に加わりつつ、歩きながら大麦パンを口にする。

 雷魔法で枯渇した魔力を回復させたい。今の自分では付き人すら守れない。あと千個は食べておきたいところだ。


 北に向かう街道は味方の将兵で渋滞していた。

 上陸作戦以降、各地を転戦してきた兵士たちの顔は暗い。


「……これから俺たち、どうなるんだ」

「司令部は北海岸で王弟殿下と合流するつもりらしいが」

「転進と言い換えたところで結局逃げてるんだよな、俺ら」

「敗残兵じゃん」

「お前らキリキリ歩け! 後ろがつっかえる! オレたちは此度の上陸作戦で自称『英雄』様の尻を一発蹴飛ばしたんだ! それで十分だろう!」


 愚痴を漏らす部下たちに兄さんが檄を飛ばす。その実、まるで自分に言い聞かせるような言い方だった。

 そんな兄さんのところに城館の方向から伝令が飛んでくる。旧王国軍騎兵将校のシュエット男爵だ。兄さんとは士官学校時代の同級生にあたるらしい。粗野な口髭が目立つ。


「ラファエル。今しがた最後尾の梯団が出発した。ただ、敵方の准旅団も追撃の構えを見せている」

「今度はこちらが尻を叩かれるわけか。わかった。オレたち騎兵の出番だな」

「……プルニアとかいう敵将、じわじわと押し出してきておる。騎兵で抑えにかかったところで反撃されるかもしれん」


 シュエット男爵が後方に戻ろうとする兄さんを制する。

 気づけば、僕たちの後ろには長大な隊列が形成されていた。歩兵の二列縦隊がどこまでも続いている。

 二人の会話から察するに。プルニア校尉の第九十三准旅団はこの列の最後尾に攻撃を仕掛けてきているらしい。


 兄さんはため息をつく。


「無理に押してこないあたり戦い慣れているな。厄介な敵だ」

「ラファエル。いっそ、この先の平原で会戦に持ち込まないか。三千対二千なら勝ち目がある」

「撃ち合っているうちにマルシュル元帥の本隊に追いつかれる。とにかく今は背中を斬られながら耐えるしかないさ」

「……貴様の部隊を預けてもらえるなら、小官が殿軍《しんがり》を務めるが?」


 シュエット男爵の申し出に周囲の将兵が目を丸くした。全員手持ちのマスケットを足元に捨てようとしている。

 その反応を見た男爵は、口髭を整えながら皮肉めいた笑みを浮かべる。


「すまん。冗談だ。ラファエル支隊は先鋒として存分に働いてきた。君たちにはバストンに戻って身体を休める権利がある」

「シュエット。オレの部下たちを貶《けな》さないでくれ。こいつらはみんな勇者だ」

「そんなつもりはなかった。申し訳ない。しかし早めに手を打たなければ、尻尾を喰いちぎられるぞ」


 男爵は愛馬の腹を蹴った。前方の列にいる指揮官たちにも同じ報告をするつもりなのだろう。街道の脇を駆け抜けていく。

 一方のラファエル兄さんは馬上で苦悶の表情を浮かべている。


「兄さん?」

「……ジャン。もう一発雷を落としてもらえないか」

「ごめん。今は空も飛べない」

「他に使えそうな魔法は無いのか。このままだとシュエットの言うとおりになる。尻尾をやられたら全体が恐慌を起こすかもしれん。軍全体の崩壊は全員の死に直結する」

「……兄さん。今からパンを九百個用意できる?」

「任せてくれ」


 僕の言葉に兄さんは強く頷いた。騎兵靴で愛馬に合図を送り、前方の隊列へ駆けていく。

 傍らではジーナが歩きながら何かを言いたそうにしている。


「どうしたのジーナ」

「うーん。わざわざ大掛かりな魔法を使わなくても、もっと手軽に利用できそうな魔法がある気がするのよね……」

「例えば?」

「あれ、とか」


 彼女は小麦畑の片隅にある納屋を指差した。地元の住民が使っている農具入れだろう。

 あんなものに二千名の敵兵を抑止できるとは思えないが。

 ジーナの不敵な笑みを見ていると、どういうわけだか何か出来そうな気がしてくる。


「まずはジャン様があの納屋に隠れるでしょ。敵が近づいてきたところで『人気者』の魔法を使うでしょ。敵兵の注意を引きつけられるでしょ。そこをガッと攻めちゃえば良いのよ」

「人気者の魔法か。使ったことはあるけどパン何個分なのかわからないな」

「書庫の本には六十五個程度と記されていたわね。実際には距離で多少変わるらしいわ」

「それぐらいなら一時間もあれば食べられる……問題は敵兵に注目された僕が死ぬかもしれないってことだね」


 人気者の魔法は強制的に周囲の視線を集める魔法だ。

 前世紀の奥州戦争における一大決戦・ヘレノポリス会戦において兵士たちを混乱させ、戦局を決したと伝わる。

 使い手であった女性魔法使いが初代校長の聞き取り調査に応じたことで、現在は基礎魔法《ベーシック》の一つとなっている。

 魔法学校では授業中に人気者の魔法を使うイタズラが流行ったことがあった。そのたびに先生方から強烈な制裁を喰らっていたなあ、シルヴィアさん。


「だから納屋を使うんです。納屋に隠れながら魔法を使えば、敵兵に見つかることはありません。目立つのはボロい納屋だけよ」

「戦史に残る魔法だし、革命派の指揮官が知っていたら納屋に魔法使いが居るってバレちゃうよ」

「その前に敵を倒せば済む話じゃないの。プルニア校尉の准旅団さえ倒してしまえば、あたしたち確実に逃げられるんでしょ」

「……兄さんと相談したほうがいいかもね」


 僕はひとまず手元にあったパンを全て食べておくことにした。

 美味しい・不味いはどうでもいい。魔法使いの戦争は食べなければ始まらない。



     × × ×     



 夕方。

 北に逃げる王党派の隊列は約二キロメートルに及び、その尻尾は今にも喰いちぎられようとしていた。


「ここで食い止めるぞ!」


 ラファエル兄さんが号令をかける。

 二列縦隊の隊列が街道の左右に広がっていく。敵兵に追われ、銃弾を浴びてきた最後尾の味方兵たちがその間を駆け抜けていく。


 今、兄さんの命令に従っているのは王党派の全将兵のうち六分の一程度に過ぎない。

 隊列の前方を行く部隊は味方のために引き返すことを拒否し、後方の部隊は敵兵に撃たれるばかりで戦闘意欲を喪失していた。

 隊列の中盤を歩いていた将兵のうち、比較的士気の高い者だけが今回の迎撃作戦に加わっていた。

 彼らは兄さんの「必ず褒美を出す」という言葉を信じ、南方から迫り来る敵兵に対して戦列を組んでくれた。


 僕は納屋に潜みながら敵の様子を窺う。

 寄せ手の革命派は南に向けられた銃口の列に戸惑い、指揮官の指示を仰いでいるようだった。

 しばらくして革命派の追撃部隊も左右に展開し始めた。軍楽隊の太鼓に合わせて横隊が組まれていく。

 互いの戦列が睨み合う。


 味方はおよそ一個梯団。敵方は三個梯団。幸いにして敵の野戦砲は戦場に到着していない。

 仕掛けるなら今だ。

 僕は兄さんに手鏡の反射光で合図を出す。


「撃てぇ!」


 兄さんの号令一下、王党派の白服の銃兵たちが引き金を引いた。

 教科書通りの反転後進射撃《カウンターマーチ》。一列ずつ後ろに下がりながら交代で射撃と弾込めを繰り返す。


 対するプルニア准旅団は徐々に前進してくる。彼我の戦力差は三倍だ。距離を詰めて一気に銃剣突撃を仕掛けるつもりなのだろう。

 予想通りの展開だった。


 僕は彼らが納屋よりも前に進んだタイミングで「人気者」の魔法を使う。

 壮観だった。約二千名の戦列歩兵が一斉にこちらを振り向いてくれた。四千個の瞳に見つめられた。全ての銃口がこちらを向いていた。

 まるで犯罪者になった気分だった。


「──しまった!」


 敵指揮官の悲鳴が草原に響き渡る。

 彼らは戦列を組み直そうと試みたが、間に合わなかった。


「今だ! 総員着剣! 突撃ぃ!」

「うおおおおおおお!!」


 王党派の兵士たちはマスケットの筒先に銃剣を差し込んだ。彼らは叫び声を上げながら草原を駆け抜け、五十メートル先の革命派の脇腹に刃を突き刺していった。

 隊列を崩された革命派は大混乱に陥った。

 そこにシュエット男爵率いる約二十騎の胸甲騎兵が追い討ちをかける。草原のあちこちで人間が狩られていく。逃げ惑う革命派の青服が草原に倒れていく。


 兄さんもサーベルを抜き、総崩れになった革命派を切り刻んでいた。

 返り血が肋骨服を染める。


 やがて革命派の後退ラッパが鳴り響き、第九十三准旅団は総崩れとなったまま後退していった。


 勝った。人の死を目撃した。奇妙な高揚を感じる。勝った。味方の背中を守ることが出来た。勝った。

 僕は薄暗い納屋の中で息を吐く。

 どうにか上手くいった。突撃のタイミング次第では納屋に敵兵が雪崩れ込んでくるところだった。

 血を分けた兄弟だからこそ出来た連携といったところか。

 ともあれ助かった。早くジーナたちと合流しよう。


「──やってくれたなあ、お前さん」


 納屋の出入口に人影が見えた。

 共和国軍の軍服。右手には杖を構えている。


「人気者の魔法だろ。ヘレノポリス会戦の焼き直しにしては上出来だ。習得の難しい魔法だが、よく覚えていたもんだ。オレにはムリだわ」

「シャルル・ド・ドータン将軍……」

「ようジャン君。三週間ぶりだな。元気だったか」


 三十路の男がゆっくりと近づいてくる。足元に転がる鍬《くわ》を蹴飛ばし、土間に生えた雑草を踏みつけながら。

 その眼光は鋭かった。


 僕は杖を投げ捨てる。もう体内に魔力はほとんど残っていない。両手を上げるしかない。


「良い判断だ。今度はキックも無しだぞ?」

「その節はすみませんでした……院試には嫌な思い出があったもので」

「ああ。たしか学問で有名なファニョン伯爵家の次男坊なんだってな。ジャン君。実家に帰省できて良かったじゃないか」


 ドータン将軍は訳知り顔でこちらの事情を話してくる。

 おかしい。僕は以前、本当の身分を明かさなかったはずだ。


「どうしてそれを……」

「あれから調べさせてもらった。こっちには元魔法学校の教員が居るんでな。特徴を言えば大抵はわかるのさ」

「……セガン先生ですか」

「シャルロットとは学校の同期なんだ。もう古い付き合いになる。故郷のヌーベルライムを守りたいなら革命派に味方しろって説得したのも自分なんだぜ」


 恩師の出奔の裏話を今更ながら知ることになった。

 ますます目の前の男性に対する印象が悪くなっていく。出来ることなら足元の小石を投げつけてやりたいが。下手に歯向かえば殺されるかもしれない。相手の杖はこちらに向けられたままだ。


「お前さんもこっちに来いよ。もう王党派は終わりだ。これからは『英雄』様の天下だよ。次の王様はきっとあの方だろう」

「共和主義者が国王になるのはおかしくないですか」

「なるとも。国民の総意があれば何でも許される。下手すりゃ皇帝になるかもしれねえ。神聖大君の冠を被ることだって出来るさ。なにせ『英雄』だからな」


 将軍は胸を張った。

 彼の中では仕えるに相応しい相手なのだろう。僕にはわからない。


「僕は他にやることがあるんです」

「王党派の下働きが大事なのか? 理事長の指示なら断ったほうがいいぞ。負け戦に巻き込まれたから、お前さんはこんな目に遭ってんだ。それとも本当は……」

「世界の破滅を食い止めなくちゃいけないんです」

「……破滅だと?」


 ドータン将軍の声色が変わる。

 理由は不明だが。僕は虎の尾を踏んでしまったのかもしれない。相手から軽薄な雰囲気が失せてしまった。

 将軍はこちらに一歩近づいてくる。体格の良い男はそれだけで威圧感がある。


「元帥閣下の側近が同じことを言っていた。全世界を滅ぼせる禁忌の魔法を探しているらしい。まさか理事長も同じ魔法を探しているのか?」

「その側近って『仮面』を付けた人ですか」

「ああ。コゼットって女だ。魔法学校の卒業生ではないらしい。いわゆる野良魔法使いだな」

「その人を止めたいんです」

「あの女はその禁忌の力で『英雄』の戦争を手助けしたいそうだ。こちらとしては妨害するつもりにはなれん。大いなる力をもって天下を平定できるなら、これ以上人間を殺さずに済む」


 彼の視線が納屋の外に向かう。

 両軍の将兵の死体が倒れたままになっていた。

 王党派は早急に逃げなければならず、革命派は総崩れとなった。互いに死者を弔う余裕など無かった。


 そういえば。あれから兄さんたちはどうしたんだろう。そのまま北に逃げたのだろうか。


「──ジャン! なんだそいつは!」

「死ね」


 声が聞こえるなり、ドータン将軍は杖を振るった。

 納屋の入口に立っていたラファエル兄さんはその場に倒れた。受け身を取ったようには見えなかった。

 僕は将軍に訊ねる。


「し、失神魔法ですよね」

「殺したが?」

「僕の兄さんです」

「そうだったのか。となると、お前さんが味方になる可能性は無さそうだな……理事長には悪いが。始末しておくか」


 魔法使いが魔法を使うためには一定の想像を行う必要がある。

 即応的に使える魔法は少ない。今の魔法にしても将軍が杖を向けてから兄さんが倒れるまでに多少の時間差があった。

 僕は将軍に体当たりをかます。相手が怯んだところで足元の杖を拾い上げ、相手のこめかみに向ける。

 後は適当に脅しをかけてやれば──銃声。


「ジャン君。こっちは軍人だぞ。拳銃ぐらい持ってる」


 ああ。右脚が焼けるように痛い。

 ドータン将軍は撃ったばかりの火打石式の拳銃を見せつけてくる。痛い。本当に痛い。耐えがたい。


「楽にしてやろう」


 将軍の杖がこちらに向けられる。許可証だらけの使い古された杖。彼の非凡な才能を示す道具。

 刹那、意識が飛んだ。


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