8-2 落雷
× × ×
運河沿いの歩道を歩いていく。銃声は南から聞こえてきている。
数分も経たないうちに、味方である王党派の陣地が見えてきた。ラファエル支隊の梯団旗が横風に棚引いている。
僕はラファエル兄さんを探す。居ない。代わりに鉛を溶かして弾丸を作るマケル老人の姿を見つけた。
「マケルさん。ラファエル兄さんは?」
「先ほど騎兵を率いて偵察に出向かれました。おお。これはジャン坊ちゃま。中央から戻られましたか」
「逃げる準備をした方が良いと思うよ」
「まあ、ぼちぼち潮時でしょうな」
マケル老人は冷やした鉛玉を早合の木筒に詰めていく。
早合とは火薬と弾を一つにまとめたものだ。僕たちがイメージする金属製の薬莢の祖先にあたる。
単純な火打石式のマスケットが使われる異世界では装填速度は個人の技量に依存する。早合を使えば、弾込めの段取りを減らすことが出来る。
マケル老人は作成した早合を他の王党派兵士に配りつつ、自らの胴乱にも三つほど入れていた。
そして自身の背丈よりも長い小銃に弾を込め、南から迫り来る敵兵に筒先を向ける。
射撃。笑顔。流石は元王家の鷹匠を務めたほどの猟師だ。
「ジャン。ようやく戻ったか。中央はどうなった?」
ラファエル兄さんが愛馬の手綱を引きながら陣地に戻ってきた。騎兵用の肋骨服に返り血が残っている。
頬の傷痕といい、僕の家族がくぐり抜けてきた修羅場を感じさせる。
僕は兄の問いに答える。
「マルシュル元帥が完勝したよ。もうライム国内に反乱分子は僕たちしか居ない。一旦、バストンに戻ろう」
「バカ言うな。反乱分子はあいつら革命派だ。オレたち王党派がおめおめと引き下がれるものか」
「二百年前に天才と称えられた『疑り深いミシェル』の言葉にも、一歩後退したほうが高く飛べるって……」
「ジャン。オレは元々この土地が大嫌いだった」
ラファエル兄さんがこちらの両肩を掴んでくる。
土埃と血の匂いがする。目の前には少年の頃と変わらない顔がある。
「学歴しか頭に無い父親。民の苦しい生活を尻目に贅沢を辞められない母親。みんな嫌いだった」
「兄さん」
「住民の奴らにしても。元々低地の執政官から奪い取った土地だから言葉が通じない奴が多い。性格も悪い。延々と麦畑が続くだけのつまんない土地に、オレは縛られるつもりなんか無かった。全部弟のお前に任せて、遊び人になるつもりだった」
「だったら、なおさら逃げようよ」
「士官学校に合格した時、初めて父さんから褒めてもらえたんだ。よくやった、ってな。オレはオレのやり方で認められた。この土地の男になれた。ファニョン家の男になった。だから逃げられない」
兄さんは少し目を伏せた。息を吐いている。
僕は在りし日の兄の様子を思い浮かべる。兄さんはよく水面に釣り針を垂らしていた。
あの頃と同じように今日も運河の水は静かに流れている。
「僕たちまだ二十代なんだよ。再起の時はきっと来るよ」
「わかってる。今回の作戦は領地の奪還が目的じゃない。結局は陽動だ。革命派の目を引きつけるだけの作戦だ。それでもオレたちは所領に戻ってきた。一所懸命。やるしかないんだよ」
「生き残ってラファエルの名を上げたいんじゃなかったの?」
「ここで逃げたらラファエルの名が廃るって言ってんだ」
「…………」
僕は兄さんを説得できる言葉を持たなかった。
六年前、一族郎党を率いて戦場に向かう父と兄を見送った時と同じだ。僕は彼らの生き様を否定できない。
覚悟を決めた人間に、逃げるほうが正しいと言いきれない。
だからといって今回は家族を見殺しにするつもりはなかった。
僕は兄さんに嘘をつく。
「父上はバストンに連れて帰るよ」
「おいおい。あの堅物男がお前の言うことを聞くもんか。伯爵家を継ぐ身なら、冗談は程々にしておいたほうがいいぞ。君子に戯言無しと言ってだな」
「スチュアート中佐に頼んであるから。強制的に連れて行ってもらう。兄さんはどうするの? 独りぼっちで死ぬつもり?」
「……逃げるにしても殿軍は必要だぞ」
ラファエル兄さんがポケットから地図帳を出してくる。
地図には寄せ手である革命派・第三十三准旅団の配置が事細かに記されていた。三個梯団の戦列歩兵と野戦砲からなる部隊だ。総勢二千名程度。
王党派のブランシュ守備隊が三千名ほどだから、数の上ではこちらが有利となるはずだ。
ただし革命派は近隣に別の准旅団を待機させていると見られる。そうなると兵力差は逆転する。
「さっき偵察してきたが、准旅団長のナゼール・プレーヌ校尉はやる気まんまんだった。下士官の尻を叩いて、力づくで陣地突破を命じていたな」
「ナゼール? どこかで聞いたような名前だね」
「ウチの家に来てた徴税業者のおっさんだろ。相変わらず熊みたいな男だったぞ」
「……僕のおっぱいを触った奴だ」
「は?」
兄さんは首を傾げているが。僕の記憶には焼きついている。
女性化魔法で低地商人の令嬢に化けていた僕を捕えて、成長途上の乳房を下品な手つきで辱めてきた野郎だ。
正確にはジーナの手引きでそうなった形なのだが。
僕は屈辱を忘れていない。
俄然、やる気が出てきた。
僕は袖口からお気に入りの杖を取り出す。以前、革命派の魔法使いにも褒めてもらった逸品である。
「兄さんは兵をまとめて城館のほうに向かって。僕はナゼール校尉に雷を落とすから」
「雷魔法か。敵司令部を一網打尽に出来るなら、ここの手勢で一気に攻勢をかけてもいいんだがな」
「どうせ別の准旅団が迫ってくるし、そのうちマルシュル元帥の本隊も来ちゃうよ」
「……わかった。ジャン、上手くやってくれ」
ラファエル兄さんが撤退に応じてくれた。
ありがたいことだ。兄さんの背中を守るためにも全力で雷を落とさなければ。僕は外套の懐から手帳を取り出す。
──やや小便が出そうな頃合いで、突風に吹かれて身体が前に倒れかかり、慌てて左足を前に出そうとしたら勢いで少し漏れてしまった。その小便の温かみが、強い風により冷たく感じられる夕方。その空の景色を思い浮かべ、口笛を数秒吹く。すると雷が落ちる。
僕は苦笑する。いかにも発見時の様子が思い浮かぶ魔法だ。新大陸の先住民が長年伝承してきた魔法だという。前世紀に繰り広げられた奥州の戦争でも使用された記憶が残る。
当時の魔法使いは現在のような学校の卒業生ばかりではなく、新大陸の部族から拉致されてきた一種の奴隷だったそうだが。
僕は望遠鏡で敵陣の様子を眺める。毛深い大男が盛んに指示を飛ばしていた。あれを狙うとなれば、もう少し近づいたほうが良さそうだ。
雷魔法は自分の視界の中にある一番高いものに当たる。口笛の長さで微調整は出来るのだが。下手をするとその辺の樹木に当たりかねない。
僕は注意深く敵陣に近づいていく。敵兵に見つかりそうな時は虚像魔法で身を隠す。魔法学校で学んだ技能が役に立っている。よし。ここなら敵陣しか見えない。
ナゼール校尉は負傷した将兵に檄を飛ばしていた。
「勝手知ったる我らの土地だぞ! 野郎ども、痛い痛いと叫んでる場合かあ! 土地にしがみつくクソったれファニョン家の阿呆どもをぶちのめしてやりたくねえのかあ!」
「……くらえ!」
脳内で先ほどの情景を想像し、敵陣に雷を落とす。
残念ながらナゼール校尉ではなく傍らのテントに当たってしまったが、校尉を含めて敵准旅団の司令部を焼くことが出来た。
あれではしばらく命令など出せまい。
呆気に取られる革命派の兵士たちを眺めつつ。僕は静かにその場を離れた。空を飛ぼうとしたが、身体は一ミリも浮かなかった。




