7-5 上位互換
× × ×
二月二十五日。正午。
ライム共和国の中央平原には多数の軍旗が翻っていた。
草原を突き進む大軍勢。
彼らがラファエル兄さんの報告にあった『反英雄連合軍』の主力であることは明らかだった。
僕は南側の丘の上から各陣営の様子を窺う。
観察には望遠鏡と聴音魔法を利用した。
以下は詳細な報告となる。
南西地方の低湿地帯からやってきた百姓一揆勢は『慈悲救済軍』を名乗っていた。彼らが掲げる長剣の旗は、戦場における慈悲の意味合いを持っていた。つまるところ「お前らを介錯してやる!」という脅迫である。
彼らの大半はまともな武器を持っていなかった。元々革命政府の派遣議員の横暴に抵抗してきた貧民の集まりでしかなく、僕が見たかぎりでは戦場に立たせるべき人々ではなかった。
救済軍の指導層は旧教会の司祭が担っていた。彼らは「逃亡者は悪魔の餌食になる」と説法することで、一揆勢の士気を維持していた。
西海岸から遥々《はるばる》やってきた輩どもは塩賊集団だった。
塩賊とは塩の密売業者を指す。旧王国時代から時折官憲に銃口を向けてきた連中だけに、構成員には荒くれ者が多い印象を受けた。
彼らは塩の結晶をモチーフにした軍旗を掲げていた。
頭目であるブノワ・シセイ氏はリヴィエール州の太守を自称した。彼は子分たちと独立国家の樹立を目論んでいた。酒癖の悪そうな男だった。
北海岸のノール州からは旧ブランシャード派の残党が参加していた。
彼らは元々「王殺し」コンスタン・ダンジューの派閥に属した派遣議員だった。領袖の処刑後に革命政府とは微妙な関係になったとされる。
去年、革命政府が共和国に衣替えした際に、国民公会の議席を失った彼らは『Ra』の反旗を翻した。これは(当然だが)ラジウムの元素記号ではない。リーダーであるランジュ氏のイニシャルを元にした意匠だという(ライム文化圏には指揮官のイニシャル旗を掲げる伝統がある)。
彼らはノール州に駐留していた国民衛兵の一部を抱え込んでおり、将兵の質は正規軍に引けを取らなかった。
これら三つの派閥を中核とした『反英雄連合軍』には統一された指揮系統が存在しなかった。
何なら中央政府を倒した後の政権構想すら用意していない節がある。
傍目には無計画に見えてしまうのだが。それゆえに参画の障害が低いというメリットがあったようだ。
彼らは進軍の途上で王党派の残党・中央政治に不満を持つ地方の名士などを隊列に加えていた。
中央平原に至った時点で、その兵力は少なくとも約五万五千名を数えていた。
僕には人数計測の経験が無く概算にはなってしまうが。明らかに甲子園球場の収容人数より多かった。
ともあれ『反英雄連合軍』はライム共和国政府の喉元にナイフを突きつけた形となる。
中央平原から王都まで歩いて三日もかからない。ライム市民革命は過去最大の危機を迎えた。
「留守役である我々の手で! 何としても叛徒どもから首都を守るのだ!」
対する共和国軍は一個軍団(一万二千名)のみを王都防衛に残していた。他の軍団は南北の反乱対応に追われていた。
英雄の義弟ダルデンヌ将軍は自ら将兵に檄を飛ばして回ったという。
「歴史あるイル=ド=トリスケルの街に敵を近づけるな! あの方が戻ってきてくださるまで時間を稼ぐ!」
ダルデンヌ将軍には籠城するという選択肢もあったはずだが。彼の軍団は平原に打って出た。
共和国軍の青服が、雪解けを果たしたばかりの草原で泥まみれになった。
複数の梯団が戦列を組み、猟兵が前衛の草むらに伏せる。野戦砲が砲口を上げ、騎兵隊は突撃の指示を待つ。
三月初日。
両軍の先鋒がぶつかり合った。
僕は戦列歩兵同士の戦いを初めて目撃した。
悲惨極まりない光景だった。
まともに当たらない銃を有効活用するために兵士を横に並べている。一斉に「面」で放つことで鉛玉の命中率を上げている。なるべく近づいてから撃つように心掛けている。
一斉射の後には後列の銃兵が前に出る。
他の兵士たちは交代中に弾込めを行う。火打石式の先込銃だからマシンガンのように連射できない。一発ずつ火薬と弾丸を筒の中に仕込んでいく。号令が繰り返される。
共和国軍の戦列歩兵は交代で後ろに下がりながら射撃を繰り返していた。いわゆる反転後進射撃だ。
そんな彼らの頭上に砲弾が落ちてくる。
反英雄連合軍の砲兵が放った鉄球が、銃兵の列をなぎ倒した。人間が潰されていく。
あまりの惨状に恐れをなした青服の銃兵が逃走を図ったが、禿頭の将校に押し返されていた。
下士官たちは平然とサーベルをちらつかせていた。逃亡者を許さず、戦列を維持するつもりだ。
各々がそれぞれの役割を果たし続けられなくなった時、戦場の勝敗は決するのだろう。
僕は見ていられなくなった。
家族のために中央の戦況をいち早くお知らせするつもりだったが。これ以上見ていたら夜中にうなされそうだ。
手持ちの望遠鏡を懐に戻しつつ。僕は小高い丘の木の上から降りることにする。
ここ数日。僕は飛行を控えていた。
戦場では常に両陣営の魔法使いが大空を飛び交っている。彼らの空中戦に巻き込まれたくない。
今ここで「雷魔法」をぶちかませば、どちらかの魔法使いを始末できるはずだが──そんなことしたら燃料不足で帰りの飛行が覚束なくなる。
そもそも。両陣営共に僕自身の味方ではなく仇敵でもない。
僕は一時的に家族の手伝いをしているが、立ち位置はあくまで政治的中立のつもりだ。
だから、目の前で発生している死の連鎖は、突き詰めれば自分自身とは無関係の営みである。
第三者の自分がむやみに掻き回す必要など無い。
そう考えないと心穏やかでいられなかった。
「…………」
逆説的に魔法使いの重要性を再認識する。
通常の兵士の数百倍以上の食糧を消費してしまうかわりに、通常の兵士には出来ないことが出来てしまう。
上手く使えば戦況をひっくり返すことも可能だろう。
前世の戦史には存在しなかった要素だ。
「ずっと木の上に居たよなあ?」
刹那、背後から人間の声が聞こえてきた。
僕は咄嗟に身を隠そうとしたが、袖口から出した杖を手刀で叩き落とされてしまった。
拾い上げようにも杖先を向けられてしまえば、もうお手上げだ。
「おほっ。マホガニー材の良い杖じゃねえか。もらってもいいか?」
「願わくばお返しいただければ、助かります」
「所属を言え」
相手の男は革命派の軍服姿だった。
豪華な肩飾りを付けている。胸元には金色の鏡を模した刺繍。将官級だ。階級に比して年齢は若く見える。
おそらく特技(魔法)を活かす形でマルシュル元帥に仕え、戦功を挙げてきた人物だろう。
僕は姿勢を正す。嘘を話す時は堂々としたほうがいい。
「カミンスキ姉弟社の従業員のジャンと申します。新大陸で高速郵便を承っております」
「仕事をサボって戦場見学だあ? 羨ましい御身分だぜ。手紙はどこに持っていくんだ」
「社長の特命でストルチェク地方のご実家に」
「わかった。その件はその辺の郵便業者に委託しろ。そんでだな。お前さんは今日からオレの部下だ」
三十路の男に肩を叩かれた。
僕は頭の中で逃げ出す方法を探し回る。別に王党派の思想に殉じるつもりは無いのだが。少なくとも革命派の手先になって父と兄さんに杖を向けたくない。ジーナとも会えなくなってしまう。
しかしながら。目の前の魔法将校がとてつもない強者なのは明らかだった。
手持ちの杖に貼られた『許可証』の数々が、彼の魔法使いとしての手数の多さを示している。
こちらの目線に気づいたのか、彼は腰帯の携行筒から予備の杖を出してきた。
魔法学校の卒業試験を全問合格しないと手に入らない『記念杖』がそこにはあった。
カミンスキ家のシルヴィアと同じく。この人は才能を認められた化け物だ。
そんな男に抗う方法などあるわけが──思いついた。
「わかるよな。お前さんみたいなヒヨっ子が勝てる相手じゃねえぞ。このシャルル・ド・ドータン将軍は」
「……わかりませんよ」
「言うねえ。別にこちらとしちゃ、連合王国の海軍徴兵係みたく紳士的にお誘い申し上げても良いんだぜ。無理やり、強引に、羽交い絞めにして連行する。気絶魔法って手段もある」
「僕は理事長の指揮下にいます」
「それは……ちょっと勝てねえな……」
名前を出すだけで相手が気圧された。さすがは理事長だ。
僕としては虎の威を借りる狐になった気分だが。相手が魔法学校の卒業生だと判明したからには利用できるものは使わせてもらった。
それにまんざら嘘というわけでもない。あの方とは『破滅』対策で一応協力関係にある。
ドータン将軍と名乗る男は、こちらに足元の杖を返してくれる。
「なんだよ。学校絡みなら最初から言えよ。手ぇ出したりしねえのに。何やらされてるわけ?」
「理事長の密命で魔法学校の新設に向けた市場調査を行っております」
「ええっ。分校でも作んの? ライムに作る?」
「新大陸の東海岸です」
「ライムにも作るようにお前さんから言ってくれよお。魔法使い不足で将軍のオレまで偵察に駆り出されてんだぜ。まあオレがシフト組んでんだけどさあ。院試合格の頭脳を買われて『英雄』様から魔法旅団長を任されちまって」
「えっ」
僕は自分の耳を疑った。
院試とは高等法院採用試験を指す。
「あなたが……院試の合格者……?」
「おう。十五年前の殿試で榜眼。全体二位。あれで進士になった後で魔法の才能に目覚めたクチでなあ。多分お前さんより遅咲きだと、グエッ」
僕は思わず相手を蹴飛ばしてしまった。
許せなかった。自分の上位互換が存在していることを。本能が認知を拒否してしまった。
反撃される前にその場を離れる。
全力で山野を走っていたら、目の前に共和国軍の歩兵隊が現れた。どういうわけか一様に疲労困憊の様子だった。逃亡兵だろうか。
僕は空間投影魔法でやり過ごし、森の中に身を隠す。
歩兵隊の前に乗馬した指揮官が現れた。
「……諸君、突撃縦隊! 一気に敵の脇腹を突き破るぞ!」
「うおおおお!」
どこかで耳にしたことがある、色気にあふれた男の甘い声。
地鳴りの如き歓声で呼応する兵士たち。
「進め! 勝利とは足で稼ぐものだ!」
「うおおおおおお!!」
「進め! 今、それ以外の指示は無い! 征けぇ! 進めぇ! 諸君がダルデンヌ将軍を助けるのだぁ!」
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
人馬が走り出す音。鬨の声。馬の嘶き。
平原の南にある森に潜んでいた共和国軍。魔法将校の存在。僕は瞬時に理解した。
彼らは──『英雄』マルシュル・オードヴィーは南の戦場から戻ってきたのだ。
遥か遠方で反乱分子と戦っていたはずの男たちが。ほんの数日で。南部の山地を突き抜けてきた。
見れば、兵士たちが進んできた道は元から道だったわけではなかった。森の木々が不自然に左右に薙ぎ倒されている。
こんなことはブルドーザーでも無ければ成しえない。
マルシュル元帥は魔法使いを上手く使ったのだ。
「……反乱分子を一網打尽に出来そうね、我が主」
「ああ。君の尽力に感謝する。ありがとうコゼット」
元帥が傍らの女性にウインクする。
女性のほうは羽虫を追い払うような仕草を見せる。
彼女は乳白色の仮面を被っていた。
三月一日。昼過ぎ。
中央平原に展開していた反英雄連合軍は、突如現れた共和国軍の英雄直属軍に急襲され──木端微塵に吹き飛ばされた。




