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英雄契約説 魔女と革命  作者: 生気ちまた
第1部・1er tour
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36/44

7-2 告白


     × × ×     


 戦場において。

 魔法使いに期待される仕事は多岐に渡る。

 空中偵察・伝令(飛行魔法)。障害物の排除(爆破系魔法)。砲兵の支援(風魔法)。

 そして、ここぞというタイミングでの切り札(雷魔法など)。


 しかしながら決して多忙というわけではない。

 魔法学校に居た時がそうであったように、兵営生活の大部分は食事に充てられる。

 いくら有能な魔法使いであれ、飛行中に魔力切れを起こしたら元も子もないからだ。

 一応、非常時用のパラシュートは用意されているらしいが。戦場で目立つような行為は避けるべきだろう。

 地上に降りたところを敵に狙われ、最悪殺されかねない。


 出撃前夜。

 海沿いの駐屯地《キャンプ》では酒宴が催された。


 意気軒昂《いきけんこう》なファニョン伯は領地の再建を語り、王弟であるトッキ公は王都での即位式の席次に悩んでいた。総じて王党派の方々は楽観的に見えた。

 対して酒宴の主催者《ホスト》側であるバストン連合王国の紳士たちは冷静だった。

 マングスター伯爵家の当主クレメントと嫡男ルイスのみ、しきりにライム人たちの席に乱入し、場を盛り上げていたが。

 今回の作戦に対する見解・認識の違いは明らかだった。


 そんな寒暖差のある酒宴が「お開き」になった後のこと。

 僕は食堂の片隅で残り物の消化に精を出していた。


 明日にも空中偵察を命じられるかもしれない。今のうちに食事を胃袋に流し込み、魔力に変換しておかなければ。

 父兄その他の方々はすでに寝室に消えており、夜の食堂には給仕役のジーナが残るのみ。

 彼女の手であちこちのテーブルから食べ残された料理が運ばれてくる。さすがに歯型の付いたものは避けてもらった。


「うげえ。ジャン様、いつもながらよくそれだけ食べられますね」

「戦場で死にたくないから」

「まさしく『生きるために食べよ』ですか。あたしなんて近頃油断したらお腹に肉がついちゃって」

「まあ太らないのは魔法使いの特権だね。余剰分が魔力になるし」

「あの方も細いですものね」


 ジーナが手のひらを向けた先には、クレア・マングスターが立っていた。

 たしかに彼女は華奢だった。

 羊毛のガウンを着込んでいても線が細く見える。


 廊下からこちらを見つめる双眸に生気が無く、ひょっとすると「必要最低限」の食事すら取っていない可能性がある。ダイエットのために。

 僕は彼女を食堂に誘う。


「クレア。一緒にどうかな?」

「はい」


 彼女は対面の席に座ってくれた。

 考えてみれば。魔法学校で別れを告げられた時以来の逢瀬かもしれない。


 すでに婚約まで決められたというのに。

 今までまともに対話できる機会を設けられなかった。


「どうぞ」


 ジーナが彼女のために、別のテーブルから果物の盛り合わせを持ってきてくれる。冬場では滅多に味わえない代物だ。

 特にリンゴなどはクレアの兄にあたるルイス卿が温室から持ち込んでくださったらしい。

 柑橘系は地中海からの輸入品だという。

 こういうデザートにもバストン連合王国の経済力を感じる。


「ありがとうございます」


 クレアは小さく会釈しながらも、皿には手を付けようとしない。

 夜中にお腹が空いたわけではないらしい。


「どうしたのクレア」

「ジャンさんは、わたしのことをどう思われていますか」


 単刀直入な問いかけだった。

 僕は反応に困ってしまう。


 たしかに魔法学校に居た頃、少し気になる女の子ではあった。しかし好きだったかと言われると違う気もする。僕は彼女のことをあまり詳しく知らない。

 それに。今はジーナとの件がある。あれだって自分の中では何も片付いていない。

 新大陸でやり残してきた仕事もある。

 加えて、明日には戦争に駆り出されるわけであって。


 正直。今はクレアのことを深く考えられる状況にない。

 僕の預かり知らぬ所で勝手に婚約が決められた以上、今回の上陸作戦が終わった後には勝手に解消させてもらうのも一つの選択肢だと思っている。


 学生時代より少し大人になり、上品な佇まいの中に華《はな》となる部分を感じられる可愛らしい女性ではあるものの。

 つぶらな瞳も小さな唇も。おそらく僕の好みだとは思うのだが。

 今は違う。


「わたしがどうして父を殺さなかったのか、気になりませんか」

「それは気になる」「気になってたわ」

「うっ」


 自分《ジャン》とジーナが同時に反応したせいか、クレアはやや気圧されたように身体を震わせた。

 その件については以前から訊きたかった。

 決意を固めていた様子だったのに。彼女も魔法使いなら殺害の手段などいくらでもあっただろうに。

 なぜクレア・マングスターは養父クレメンス伯を殺さなかったのか。


「……説き伏せられたのです」

「説き伏せられた?」

「淡々と。父は淡々と言い含めてきました」


 曰《いわ》く。

 お前の命を助けてやったのに。恨まれる筋合いがない。

 今の環境に馴染めないことは理解するが。ワシを亡き者にしたところで何も変わらぬ。

 それにワシを殺したとして。

 お前には孤独に生きていく術があるのか。

 お前は殺人犯の汚名を被ったまま。路地裏に息を潜めて生きていけるのか。

 仮に証拠の残らない完全犯罪を成し遂げたとしても。真っ先に疑われるのは珍妙な手品師もとい魔法使いのお前なのだぞ。

 何より。

 本気で殺すつもりならば。

 なぜワシの寝込みを襲わなかった?


「……あの時。わたしが固めていた決意は、父の一喝で砕かれるほど脆いものでした」


 クレアは目を伏せた。

 僕とジーナは顔を見合わせる。

 経緯《いきさつ》は理解できたが。彼女の話には核心がすっぽり抜け落ちている気がした。

 要するに動機にまつわる部分だ。

 訊いてみるか。


「そもそもなんだけどさ。君を拾ってくれた養父に、どんな恨みがあったの?」

「……仇討ちですよ」

「仇討ち?」

「ジャンさんは自由魔法協会をご存じですか」


 自由魔法協会。

 魔法学校の奨学金返済を拒む卒業生たちが結成した、一種の互助組合だ。

 まともな魔法使いなら請け負わない闇の仕事を斡旋《あっせん》する「ブローカー」としての一面を持ち合わせる。

 生活指導のアンハルト先生が「入るのは自由だが、入ったら我々の敵だぞ」と言っていた。

 僕なら絶対に入らない。先生方と戦う=死を意味する。


「直接は知らないな。名前ぐらいは知ってるよ」

「わたしたちの住むブリスレン市には支部があるそうです。連合王国の貴族相手の商売で稼いでいます」

「理事長に教えたら飛んできそうだ」

「わたしの父クレメントも自由協会の顧客でした。心臓の病で死の床に居た子供を生かそうと多額の献金を行いました」


 彼女は席から立ち上がる。着込んでいたガウンを脱ぎ捨てると、流行中の綿生地で作られた薄手のドレスが露わになった。

 肌着《シュミーズ》に似ていてボディラインが出やすい。

 大人の女性らしいメリハリのある体つき。腰回りなどコルセット無しでも相当に細い。

 僕は思わず目を奪われてしまう。


 クレアは自身の胸元《デコルテ》を小さく叩く。


「……わたしの父は、近くの借家に住んでいた夫婦から女の子を引き取りました。たった二年分の家賃と引き換えに」

「それが今の君ってこと?」

「そしてその子を事実上殺しました」


 彼女は再び心臓の辺りを叩いた。

 右手が強く握られている。


「わたしの父は。死の淵に居た息子クレイグの魂をその子の中に入れてしまったのです。自由魔法協会の魔法使いに命じて。あの男は!」

「………………」

「その結果、弾き出された彼女の魂は病身に宿り、半日もしないうちに病死しました」

「………………」

「わたしは。ボクはクレイグ・マングスターです。名門伯爵家の嫡男として生まれ、病気で跡継ぎの座を失い、他人から奪った身体で情けなく生かされております。仇討ちを果たせず。ただ無為に生きております」


 暖炉の薪が断続的に爆ぜる。

 海風がガラス窓を叩いている。

 クシュン。小さなクシャミが食堂に響いた。

 心優しい僕の付き人が、床に落ちていた羊毛のガウンをクレアの肩にかけてやる。

 こんな冬場に肌着同然のままでは風邪をひいてしまう。


 ジーナがこちらに目を向ける。


「ジャン様。あたしが知るかぎり、入れ替わりの魔法など魔法学校の書庫には在りませんでした」

「僕も聞いたことがない。禁書棚かな」

「未報告の民間魔法かもしれません。ジャン様の女性化魔法のように偶然発見された技術なのかも」

「それなら学校の書庫には無いね。ひょっとして自由魔法協会でも独自に魔法を収集していたり?」

「例の『破滅』の調査対象が増えちゃったじゃないですか。もう」

「僕に怒られてもなあ」

「……そんなわけでクレア嬢の御主張は十分にありえる話です。ジャン様。慰めて差し上げてください」


 急に役割《ボール》を委ねられてしまった。

 慰めろと言われても困る。何を言えばいいのやら。


 僕は複数の案を捻り出す。

 ご愁傷様です──しっくりこない。

 代わりに仇討ちしてあげるよ──したくない。

 何も言わずに抱きしめる。彼女には通用するまい。

 大変だったね──これだ。


 僕は食卓を離れ、彼女らの傍に立つ。


「大変だったね」

「ジャンさんのお家ほどではありません」


 それはそのとおりだった。

 かなり別のベクトルの話になってしまうが。


 クレアはこちらに頭を下げてくる。丁寧な作法が映える。貴族の振る舞いだ。


「お騒がせ致しました。今の話は何卒内密にお願いします」

「わかった」

「話したところで誰も信じないとは思いますけど」

「今後も人前ではクレアと呼ばせてもらうね。クレイグさん」

「常にクレアで結構です。ジャンさんも婚約相手を男の名前で呼びたくないでしょう」

「まあ、それはそうか」


 僕はそう答えてから、妙な気分になる。

 今、彼女が自身の正体を明かしたのは婚約解消のためでは無かったのか。

 彼女としては(精神的には)男同士で婚姻など結びたくないだろう。

 僕だって女の子に変身する時はあるが、他の男性と一緒になりたいとは微塵も思わない。


 そもそも彼女は何故ジャン・ド・ファニョンとの婚約に応じたのか。

 元々同性愛者だった?

 あるいは。


「えっ。もしかしてクレアって僕のことが好きなの?」

「そんなはずないでしょう。わたしは男ですよ」

「ごめんなさい」

「……すぐ傍に美貌の付き人を侍らせるあなたであれば、わたしから関係を拒まれても別段困らないかと思いまして。婚約を続けるのは、それだけです」

「関係を拒む?」

「好きではありませんけど。元から嫌いでは無いですから」


 彼女は背後のジーナに会釈しつつ。

 こちらの胸板に正面から身を寄せてきた。

 そして、やや背伸びをしながら。頬に口づけをしてくださった。柔らかかった。


「ジャンさん。武運長久を。わたしの弟ルイスと共に必ず生きてお戻りください」

「あ、ありがとう」

「わたしはその間に父とのわだかまりにケリをつけておきます。その後は、一緒に式を挙げましょうね」


 彼女は控えめにはにかんでから、やや恥ずかしそうに距離を取ってきた。


 僕は相手の思惑を察する。

 この人はおそらく。今も自分がジャンから好意を向けられていると信じている。その上で。

 ファニョン伯爵家に嫁入りすることで「仇討ち後の衣食住の保証」を手に入れながら。

 自分の正体を明かしつつ従者との関係を認めることで「夫との性交渉の拒絶」を勝ち取ろうとしている。

 今の頬キスは相手を思い通りに操るためのエサだ。


 驚いた。相当に事情があるとはいえ。こんなに面白い人だったのか。

 人柄とは得てして胸襟を開かなければわからないものらしい。


「……他人の身体で結婚式挙げる気分ってどんなもんなのかしら」

「最悪でしょうね!」


 ジーナの軽口に、クレアが軽い肩パンチで応える。威力は低い。

 クレアとしても本心から婚約したいわけではない。ただ父親に身体を奪われた女の子の仇討ちという目的のため。

 ひいては今の自分を許すためにやらざるを得ないのだろう。


 僕はそれらを飲み込んだ上で。

 彼女との婚約についてはもう少し考えたいと思った。


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