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7-1 祖父も父も


     × × ×     


 世界情勢の話をしよう。

 自分が母校の地下にある禁書棚に連れ込まれていた頃。すなわち一七九五年・夏のある日。

 ライム革命政府の国民公会では、とある人物の逮捕に向けた手続きが進められていた。

 罪状は国家反逆罪。最高刑は死刑である。


「諸君。マルシュル・オードヴィー元帥を排除しなければならない。我々の安全のために」


 陰謀家は公安委員会の面々を自宅に招き、自ら酒を注いで回った。

 陰謀の首謀者、アラン・ド・テモワン男爵は悪名高い人物だった。かつて派遣議員として各地の民衆から革命税を徴収しながら国庫に収めず、密かに私腹を肥やしていた。

 結果、王殺しのコンスタン氏から召還命令を受けていたのだが、直後にコンスタン氏が処刑されたことで難を逃れた。

 その後は私財を政治家たちに撒き散らし、新たに国民公会の主導権を握った。


 ライム国内で発生した地方の大反乱に対しては強硬策を取った。しかし革命軍が敗退を繰り返すと現実逃避で酒場に入り浸るようになり、一時期は死亡説が流れたほどだった。

 マルシュルが東部戦線で台頭すると、若輩の彼を元帥に登用して国内の再統一・外敵の排除を図るようになった。

 一時期のテモワン男爵は『英雄』の良き友を称していた。

 しかし市民から絶大な支持を受けるようになった元帥を次第に白眼視するようになる。

 彼曰く。


「あの男を生かしたままでは夜も眠れない。主人より偉い犬が居てたまるものか。あの男に万が一にも桂冠を被らせてはならない。あれが独裁官を気取る前に、我々は勇気あるブリュトゥスとなるべきだ」


 テモワン男爵は自らを古代帝国の烈士になぞらえた。

 彼の言動に老齢の公安委員長が異論を呈する。


「しかしテモワン殿。崩壊寸前の革命政府を助けてくださった元帥を殺すなど、後世の歴史家から『礼儀知らず』と断罪されませんかね」

「稀代の名将であるマルシュル元帥が、三流政治家に転じる前に殺してやるのだ。むしろ元帥の名声を保つことに繋がろう」

「歴史は勝者が作るもの。英雄は死んだほうが扱いやすい、と」

「如何にも」


 両者はワイングラスを交わす。

 周りの公安委員会の政治家たちはテモワンが招いた遊女軍団の手で骨抜きにされていた。

 酒池肉林の夜に陰謀の花が咲く。


 彼らの企みはすぐに明るみになった。

 国民公会の若手政治家には『英雄』の信奉者が少なくなかったらしい。

 そこに「金に汚いテモワン派を失脚させたい」という政治的動機が加わった時、有志の行動は早かった。


 とある筋から急報を受けたマルシュル元帥は決断を迫られた。

 当時の元帥は東部国境地帯の守りについていた。歴史的な係争地の帰属先を巡り、隣国である神聖大君同盟しんせいたいくんどうめいから宣戦布告を受けたばかりだった。

 大君同盟の指導者ヒンターラント大公レオポルトは、亡きライム王妃の父親である。彼はまだ娘の仇討ちを諦めていなかったらしい。今回は同胞である同盟諸侯の軍勢を引き連れ、約八万人の兵力をもって今にもライム国内へ攻めかからんとしていた。


 マルシュル元帥の立場は厳しい。

 目前に敵の大軍が迫る中、背後から小刀を突き立てられようとしている。


「テモワン叩くべし! あの恩知らずめ!」


 元帥の本営ではギョーム・カディオ将軍が現政権の打倒を唱えた。

 血気盛んな彼は『鯨狩り』の異名で知られる。実際、革命前は漁師だったらしい。

 兵卒の頃から数多の戦場で戦功を重ね、弱冠二七歳で師団将軍に取り立てられた金髪の男。元帥に対する忠誠心は他国でも有名だった。


「いかんぞ。カディオ。大君同盟との決戦が迫っている。敵に背を向けてどうする」


 一方、ヤニク・ダルデンヌ将軍は目の前の現実を見据えていた。

 彼はマルシュル元帥の参謀長である。同時に義理の弟でもあり、本営の中では副将扱いだった。

 元帥に対して直言できる唯一の人物だとされる。


義兄上あにうえ。ここは大君同盟を叩くことでテモワン閣下に忠誠心を示しましょう。さすれば反逆罪の疑いも晴れるかと」

「それでは何の解決にもならん」

「二兎を追う者は一兎も得られませんぞ」

「全部手に入れてこそ『英雄』だろう。参謀長。伝令を用意しろ。南の部隊に当地を任せる。俺たちは王都に向かうぞ」


 マルシュル元帥の陣営には多才な将帥が数多く居た。

 彼は『生涯負け知らず』を称する坊主頭の部下に神聖大君同盟との戦いを任せ、手勢と共に西の王都へ向かった。


 一七九五年。八月下旬。

 マルシュル率いる革命軍はイル=ド=トリスケル市の市民から歓呼の声で迎えられた。

 すでに首謀者のテモワン男爵は姿を消しており、革命政府首脳部・国民公会の制圧は極めて円滑に進められた。

 一発の銃弾も放たれることなく。

 革命史上三度目のクーデターは成し遂げられたという。


 九月三日。

 マルシュル元帥は再び東部戦線に戻り、ヒンターラント大公の大君同盟軍を相手に完勝を収めた。

 あまりの死体の多さからライン川が赤色に染まったらしい。


 九月十五日。

 マルシュル元帥は新たに発足した共和国政府および元老院から首都節度使しゅとせつどしの称号を与えられた。

 この日以降、ライム共和国の軍権は元帥により完全に掌握された。



     × × ×     



 翌年の二月。雪が積もる頃。

 自分ジャン白袖海峡しろそでかいきょうを訪れていた。荒れた海に石灰岩の岸壁がそびえ立つことで知られる場所だ。

 海峡の向こうには故郷であるライム本土が見える。

 父・ファニョン伯とラファエル兄さんは、明日にも荒波に挑むつもりだという。


 ずっと奥州ヨーロッパに居たジーナから、ライム本国の情勢を聞いたかぎり。

 今のライム共和国は以前より手強い相手になっている。

 今さら攻め込んだところで旧ライム王党派に勝ち目があるとは思えない。連合王国バストンの援助があったとしても。戦況は厳しいはずだ。


「チャンスがあそこにある。目に見えている」


 初老の男性が断崖絶壁の岬に立ち、わずかに見える対岸を指差している。

 彼の名はマングスター伯クレメント。

 連合王国の大物政治家にして、自分ぼくにとって義理の父となる予定の人物だ。


 彼の傍らには養女のクレア・マングスターが付き添っている。

 四年半ぶりに顔を合わせた彼女は、少しだけ大人びた顔をするようになっていた。

 足腰の悪い養父クレメントの足取りを支え、時折口元を緩ませている。まるで本物の娘のように。


『いつか父を殺すつもりなんです。そのために魔法を学びに来ました』


 あの時、あの言葉に偽りは無かったように思えた。

 あれから一体何があったのだろう。

 僕はまだ彼女と二人きりになれていない。


「恐れながらマングスター伯爵閣下。ワシの視力では対岸の浜辺どころか、勝ち目すらさっぱり捉えられませんな」


 我が家の付き人であるマケル老人がクレメント伯に話しかける。

 どうやらジーナから質問するように依頼されたようだ。若い女性より老人のほうが話を聞いてもらいやすいとの判断だろう。


 クレメント伯は険しい顔を見せる。何故か僕のほうに。


「ジャン君。質問があるなら自分で言いなさい」

「すみません」

我輩わがはいは勝ち目の無い戦争に家族を巻き込んだりせんわ。もちろん君を含めてな」

「であれば。どのように『英雄』を倒すおつもりで?」

「マルシュルとは絶対に戦わん」

「えっ」「えっ」


 クレメント伯の発言に、僕とジーナは思わず目を見合わせる。

 どういうことなんだ。


「クレア。お前の婚約相手に説明してやれ」

「……わかりました」


 養父から地図帳を受け取ったクレアが、こちらに中身を見せてくれた。

 ライム共和国の地形図全体に、赤鉛筆で時計回りの矢印が描かれていた。端にはマルシュルの進路予想図という文字が見える。


 彼女は小さな声で語り始める。


「……相手方は分裂した国内の再統一を目指しています。今のライム共和国政府は中央の首都近辺しか抑えておりません」

「この地図の通りなら『英雄』は東西南北の反乱分子を時計回りに制圧していくつもりなのか」

「はい。現状のマルシュル軍は予測通りに東部の山間から南海岸に向かっています。ですから。今のうちに北海岸を抑えてしまおうと……わたしの父は考えております」

「『英雄』が戻ってきたら?」

「……みんなで逃げるそうです」


 要するに今回の上陸作戦は本気の国土奪還作戦ではなく、敵の脇腹を突くための一時的な攻勢に過ぎないようだ。

 ライム共和国の再統一を挫くための妨害工作といったところか。

 クレメント伯たち連合王国としても、仮想敵国にはバラバラのままで居てくれたほうが好都合なのだろう。


 そのための手駒として父兄たちは戦地に送られる。

 どうせ亡命先の連合王国に居たところでうるさいばかりの人たちだ。仮に死んでも形の良い口減らしになる。


 辛いなあ。

 ほんの十年前までブランシュ州の刺史ししだった名家が。

 他国から使い捨ての道具にされつつある。


「……ジャンさん。このあたりがあなたのふるさとですか」


 クレアの指先が地図上のファニョン城館に当たっていた。

 使い捨ての伯爵家に嫁ぐことになった彼女の立場を思うと、余計に胸が痛くなる。


「うん。僕はその城館で育った。綺麗な所だよ」

「もしかしたら今回の作戦で里帰りできるかもしれませんね。北海岸の近くですし」

「その時はクレアを案内させてもらうね」

「……わたしは戦場には行けません」


 彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。

 改めて「勝ち目が無い」と念押しされた形になる。ここで状況をひっくり返せるほどの強運が味方にあれば良いのだが。どうだろう。


次回8/13公開予定です。

第1部もいよいよクライマックスが近づいております。

本作のタグを改めて見ていただけますと、何となく起こりうることの予想がつくかもしれません。


私事ですが祖父が亡くなり、このところバタバタしておりました。

戦前に生まれ、海軍乙種予科練に合格するも昭和20年9月に大村に向かう前に終戦を迎え、以降工場経営者として「戦後」を生きてらっしゃった方です。大往生でした。

私の周りにあった先の大戦との接点が消え失せたことで、色々と思いが巡る夏になりそうです。

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