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6-1 アンダースタンド


     × × ×     


 一七九五年・七月上旬。

 一年ぶりに戻ってきた新大陸は随分と様変わりしていた。


 ニューブルームホルフ市では市街地の大改造が進められていた。

 植民地時代の城壁が破壊され、余った石材は港湾部の築堤に転用された。空いた土地は市街を南北に繋げる大通りに作り変えられた。ウォール・ストリートと呼ぶらしい。どこかで聞いた名前だ。


 旧総督府の要塞も半ば解体中だった。

 おそらく「王女殺し」の歴史もまた解体されていくのだろう。

 異世界では王族に手をかけることは忌避される。かのコンスタン・ダンジューも処刑されるまで「王殺し」「弑逆者」の悪名を背負っていた。そして今ではその名前自体が大罪人の代名詞となっている。


 ニューバストン新政府の大統領はそうした悪名とは無縁である。

 独立直後の総選挙で大統領に指名されたトム・チャールソン氏は全くの文民だった。

 独立派の軍隊を指揮することなく、もっぱら独立評議会の書記官として職務を全うした人物だ。

 清廉潔白。返り血を浴びずに済んだ初老の男性の細い顔は、早くも新政府の金貨に浮彫されていた。


 新大陸に戻ってから数日後。

 そんなチャールソン氏からお茶会にお招きいただくことになった。一介の新米魔法使いに過ぎない僕が、である。

 個人的には一刻も早く連合王国に戻りたかったのだが。さすがに大統領の誘いをお断りできない。


 旧総督府本庁舎を転用した大統領公邸にはサイモン・ホワイトマン大使の姿もあった。キス魔の中年男性だ。

 数日ぶりの再会で祝いの接吻キスを喰らう謂れは無い。僕は咄嗟に連れてきていたカミンスキ家の弟を身代わりにした。


「うぎゃっ」


 甲高い断末魔が聞こえる。

 もしかしたら双子の姉のほうを身代わりに使ったかもしれない。正直どちらも女性の格好だと見分けがつかない。

 ここにジーナが居たら「未婚の女性になんてことをするんですか」と苦言を呈されただろうか。


「ちょっと伯爵ぅ。ウチのオスカルが可哀想じゃん」

「良かった弟のほうだった」

「何が良かったのさ~。というか。本当にウチらがここに来て良かったの?」

「君たちだから来てもらったんだよ」


 シルヴィアさんとオスカルの双子にはある目的のために同行をお願いした。

 彼女たちにとっても悪い話ではないはずだ。新政府とのコネクションが形成できればカミンスキ商会の未来は明るい。

 もっとも。今回の茶会で大統領の機嫌を損ねずに済めば、の話だが。


 ホワイトマン氏の案内で僕たちは大統領専用の茶室に入る。

 連合王国仕込みの豪華絢爛な遊びの空間に、貧相な身体つきの男性が立っていた。


「お初にお目にかかる。ジャン・ド・ファニョン殿。私はトム・チャールソン。大統領だ」

「ファニョン伯爵家の次男ジャンと申します。お会いできて光栄です」

「単刀直入に言わせてくれ。新政府に仕える気はないか」


 チャールソン大統領は精一杯の笑顔を見せてくれる。笑い慣れていない人の笑い方だ。

 予想通りの展開に僕は気まずい気持ちになる。

 公務員自体は悪い話ではないが。いかんせん自分には荷が重すぎる。


 傍らから大統領に握手を求める手が伸びた。シルヴィアさんだ。


「お初にお目にかかります。大統領閣下。ウチはシルヴィア・カミンスカです」

「おお。これはこれは。豪商カミンスキ家の子女か。ストルチェク人は男女で姓の末尾が変わるとは本当なのだな」

「伯爵はウチの共同経営者なんです。手放すつもりはありませんから!」


 いつの間にかビジネスパートナーから共同経営者に出世していた。

 シルヴィアさんとオスカルの双子は僕の両手を力強く掴んでくる。

 期待通りの展開に安心する。彼女たちには引き抜きを阻止してもらいたかったのだ。


「それが何か問題かね?」


 大統領は首をすくめた。

 もしや強権的な手段に出るつもりなのか。思わず身構えてしまうが、彼の指先は壁に飾られた絵画に向けられた。

 絵画には田舎の収穫祭の様子が描かれていた。


「この私とて地元では農場経営者だ。ホワイトマン君は砂糖工場の経営者。兼業でよろしいではないか」

「たしかにそれなら良いかも……」


 シルヴィアさんがあっさり言いくるめられた。

 チョロすぎる。弟のオスカルもうなづいている。

 彼らとしてはジャンを手元に囲い込みつつ、同時に新政府とのコネクションを担わせたいのだろうが、期待には応えがたい。


 ニューバストン新政府と魔法学校の関係はいずれ剣呑なものとなる。

 新政府側の魔法使いとなれば、いずれ理事長・先生方と対峙することになりかねない。

 僕は早死するつもりはない。

 まだ顔を見ていないが。子供も出来たのだ。


 チャールソン氏はこちらの肩を叩いてくる。


「ジャン殿。どうだろう。新政府で働いてもらえないか」

「であれば条件があります」

「何なりと言ってくれ。給金、屋敷、ハウスメイド、奴隷。大統領の名において出来るかぎり用意させてもらおう」


 さらりと奴隷という言葉が出てきたあたりに農場経営者の気風を感じた。

 新大陸南部の農場では南方大陸から連れてきた奴隷が酷使されているらしい。人権を無視した扱いは『新政府人権布告』と折り合いが付かず、いずれ政争の火種となるはずだ。

 それはさておき。


「僕は魔法学校の卒業生です。理事長その他の方々とは今後も仲良くやっていきたいと考えています」

「つまり新政府は魔法学校に手を出すなと。わかった。私が大統領であるかぎりは約束を守ろう」

「次の大統領は我が意を汲んでくださらない、と」

「わからん。我が国は友邦ライム共和国と同じく民主主義の国家だ。次期大統領の政策は民意が決める」

「民意ですか」


 現代的な民主主義の時代に生きた身としては、懐かしい響きだった。

 僕は返す言葉を持たない。


「安心したまえ。我々としてはジャン殿を矢面に立たせるつもりはない。君には特命を任せたい」

「特命とはいったい」

「我々の魔法学校を作るのだ。聞くところによれば、ジャン殿の家来は魔法学校の全書物を暗記しているそうではないか」


 大統領とホワイトマン氏は互いにウインクする。

 やがて公邸の使用人たちが白磁の茶器を運んできた。金属製の湯沸かし器も持ち込まれる。

 茶会が始まる。


「ジャン殿。もしも君がうなづいてくれるのなら。この公邸を与えよう。新しい魔法学校にはピッタリだろう。もちろん茶器も付ける。好きに使うといい」


 大統領の言葉は茶菓子より甘い。

 僕は付き人の助言が欲しくなった。同時にいつまでもあの子に委ねたままでは健全な関係を築けない気もしていた。

 はたしてどうするべきか。

 今夜は長くなりそうだ。


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