4-6 独り立ち
× × ×
二日後の朝。
僕たちは船便で魔法学校に戻ってきた。
桟橋で出迎えてくれた従者たちに、僕は北極熊の尻毛を見せつける。
元狩人のマケル老人は未知なる獲物に目を輝かせた。
一方、ジーナの反応は芳しくない。獣の匂いが気になるようだ。人差し指と親指で鼻を摘まんでいる。
「ジャン様。理事長がお呼びですよ」
「尻毛が見たいのかな」
「革命軍の元帥と会った感想を聞きたいそうです」
「さすがにお見通しだったか」
独立戦争の勃発以降、理事長は外出許可を与えた生徒たちに監視を付けている。
僕は旅の仲間に一旦別れを告げ、従者たちと学校の南側にある教師陣の居住区へ向かう。
卒業間近の身だが、理事長の家に呼び出されるのは二度目だ。
一度目は体育祭のパン食い競走で優勝した時だった。ご褒美としてお手製の菓子パンをいただいた。
今回は事情聴取となる。
僕は扉の前で衣服を整える。従者たちが親指を立ててくれた。よし。扉を叩こう。
「失礼します。本日は如何なる御用でしょうか」
「前置きは良い。一昨日、お前はライム革命軍のマルシュル・オードヴィー元帥に会ったようだな。マルドゥンから聞いているぞ」
「僕たちの監視はマルドゥン先生だったのですね」
「あの阿呆が今の時期に北極圏に行くような課題を出すから悪い。尻を拭かせた」
理事長はマルドゥン先生を阿呆と吐き捨てる。
僕たち生徒にとっては天然気味で親しみやすい先生なのだが。
僕は理事長の執務室に足を踏み入れる。
内部には新大陸各地で収集された素朴な美術品が飾られていた。初代校長と歴代理事長の肖像画も壁に掛かっている。
余談だが。初代校長の死後、師匠と同じ称号の使用を憚った一番弟子が「理事長」を名乗り始めたらしい。
現在の魔法学校には校長という役職は存在しない。
今、僕の目の前にいる先住民の中年女性の双肩に、魔法学校の舵取りの全てがかかっている。
そんな彼女から報告を求められている。
「ジャン・ド・ファニョン。率直に訊く。マルシュル・オードヴィー元帥は魔法学校を攻撃するつもりだと思うか?」
彼女の懸念がその一点にあることは自分も察していた。
魔法学校は教育機関でありながら、数十名以上の魔法使いを擁し、第三勢力として新大陸のパワーバランスを一定に保つという「政治」を行ってきた。
加えて初代校長以来の遺産である数千冊の魔法書庫を門外不出とし、魔法教育の機会を事実上独占している。
植民地政府に属さず、周辺に対して武力行使を厭わない独立勢力(宝箱付き)。
他勢力から攻撃されない理由がない。
「元帥の話では少数の将兵で来たようです。部下の将校に『貴様の准旅団には山ほど仕事がある』と話していました」
「ヌーベルライム植民地の将兵が、元帥の指揮下に入る可能性は?」
「わかりませんが、昨日の酒場には本国から来た革命政府の将兵しか見かけませんでした」
「元帥はどういう人物だった」
「極めて容貌の整った色男です」
僕は一昨日見聞きした事実だけをお伝えする。
今後の予想については当事者である理事長と、傍らで頷いている才女に考えてもらいたい。
パチン。
ジーナは小さく指を鳴らした。感情豊かな双眸が確かな自信を湛えている。
「あたしがマルシュルなら、二匹の兎は追いません。本命だけを狙います」
彼女の見立ては次のとおりだ。
第一に。現状のライム革命政府が捻出できる海外遠征軍の人数は限られている。大西洋を越える手段が中立国経由の密航以外に存在せず、兵員もお金も革命政府には余裕がない。
第二に。現状の革命政府には盟友であるニューバストン独立派の救援要請以外に遠征の理由がない。
第三に。マルシュルは秋頃の校内新聞に記載されていた『東部戦線で攻勢に転じた将軍』と同一人物だと推察される。窮地の戦線を立て直した手腕が認められて元帥となったのだろう。
第四に。革命政府はマルシュル元帥の活躍により戦況に若干の余裕が生じたとみられる。その上で元帥を新大陸に送りつけてきたのは、政治的な理由以外に説明がつかない。鳥を殺すと弓は用済みになるという経典の成句が頭に浮かぶ。現段階では愚かである。
第五に。用済み扱いされた元帥が革命政府の方針に不信感を抱いている可能性は高い。元帥不在のうちに再び革命軍が劣勢に転じるかもしれない。彼はニューバストンの独立革命を達成し、一刻も早く奥州の戦線に戻ろうとするだろう。
補足。フォート=マリーの無血占領はヌーベルライム植民地の変節を雄弁に語る。今の都護が王党派から革命派に転向したとみるべき。革命軍を新大陸に運んだ船もヌーベルライム側の手配かもしれないが、これは憶測である。
「以上の理由から、あたしはマルシュルの遠征軍があえて『蜂の巣』を突くようなマネは避けると考えます」
「我が校は新大陸の『蜂の巣』だったか」
「お気に召しませんでしたか」
「言い得て妙だ。気に入ったぞ。ジーナ」
理事長はジーナの見立てに納得したようだ。
僕自身も曖昧で読みづらかった新大陸の勢力図が明確になった感がある。
一つだけ気になる部分もあるが。
「ジーナ。ヌーベルライム植民地を抑えた元帥が、革命政府に愛想を尽かして、新大陸の王になろうとする可能性は無いの?」
「人口十万人以下の寒冷な田舎を抑えても王にはなれません。半世紀後には気候が良くて人口が多いニューバストンの圧力に屈する未来が見えます。あたしならそんな土地は選ばないわね」
彼女の意見は合理的だった。
実際、魔法学校の調理場はニューバストン産の農産物に頼りきりで、北のヌーベルライムからは魚介類と酒程度しか仕入れていないと聞く。
耕作に向かない土地を抑えても旨味は少ない、か。
「もちろん辺境で力を蓄え、天下を狙う例はあります。中世のアロール公アンリ、シナブム小王シャルルが好例です。マルシュルが新大陸で足踏みしている間に奥州本土の革命政府が滅んでしまえば、彼の考えも変わるかもしれません」
「要するに革命軍の行軍を妨害せず、主目的を達成させ、とっとと出て行ってもらうべきだと言いたいのだな」
「仰るとおりです。理事長」
「図に乗るなよ小娘」
口ではそう言いながらも理事長は献策を受け容れたようだ。珍しく頬に皺を寄せている。
小娘のほうは明らかに反応に困っていた。
年長者から増長を咎められたことが、思いのほか彼女の胸に刺さったのかもしれない。
僕はあえて慰めの言葉をかけない。
忠言耳に逆らう。他ならぬ彼女からよく言われる言葉だ。
× × ×
三月初旬の校庭。
澄み渡る青空の下、魔法学校の卒業式は厳かに行われた。
僕たち卒業生は理事長から名前を読み上げられ、一名ずつ在学中の功績を称えられる。
「ジャン・ド・ファニョン」
「はい」
「お前は世相の荒波に揉まれ、先達を頼ることなく我が校に自力で辿りついた。貴種に生まれながら貪欲に学び続け、一度たりとも遅刻欠席を犯さず、次席卒業を勝ち取った。その姿勢は全生徒の模範である。見事であった」
「ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げる。
最後に卒業記念の短剣を受け取り、僕たちの学生生活は終わりを迎えた。
式典の後には祝宴が用意されていた。
食堂の調理人たちが腕によりをかけた大皿料理が卓上に並ぶ。
卒業生は舌鼓を打ちながら三年間の思い出を語り合い、各々の未来に想いを馳せる。
ある者は風使いの仕事で当面の糊口を凌ぐという。
ある者は双子の弟と会社を立ち上げるという。
ある者は部族を守るために生きるという。
ある者は奥州某国の宮廷魔法使いになるという。
ある者は学校職員になるという。
彼らには共通して多額の奨学金がのしかかっていた。
言うまでもなく。全ての学校には運営資金が不可欠だ。
特に魔法学校は全生徒に莫大な量の食事を提供している。年間の食材費だけで小国の税収を超えるとも言われるほどだ。
そこで初代校長は学費の後払い制度を設定した。
全生徒に奨学金を貸し出す形で学費の徴収を猶予し、卒業後に徴収するという仕組みである。
返済期限は特に決まっていない。
定期的に担当教員が卒業生の元に出向き、金品の徴収を行う。
卒業生の中には支払いを拒む者も居るらしい。
一部の未納者は『自由魔法協会』なる互助団体を組んで教員の来訪に備えているとの話をアンハルト先生から教えてもらった。
魔法使いは実力主義の社会だけに大変そうだ。
「自由魔法協会に入るのは自由だが! 入れば我々教員の敵だからな! 理事長の拷問は恐ろしいぞ!」
生活指導担当のアンハルト先生が、最後の訓示を卒業生に行う。
凄腕揃いの先生方と杖を向けあうぐらいなら真面目に学費を払ったほうが良さそうだ。同級生には長生きしてほしい。
もっとも。僕の学費は実家から持ち出した財産で支払い済みなのだが。
× × ×
卒業記念パーティーは夜まで続いた。
魔法使いの食欲は衰えない。祝宴用の豪華料理が消え失せ、卓上にありあわせのマッシュポテトが出てくる。
頃合いだろう。
僕と従者たちは密かに食堂を出た。向かう先は校舎棟のエントランスだ。最新の校内新聞を拝読させていただく。
新大陸独立戦争の戦況は刻一刻と変化を見せる。
魔法学校の情報網がもたらす情報は非常に貴重なものだ。理事長直属の編集部は速報記事の掲載を惜しまない。
マルシュル・オードヴィー元帥率いる遠征軍と独立派は、ニューバストン総督府を陥落させていた。
彼らの部隊は落としたばかりの要塞の塔に革命政府の四色旗を立てた。
その様子に地元の市民たちが「あの旗を見ろ!」と叫び、詩人は独立を讃える詩を書いたという。
ニューバストン総督アンジー王女は、燃え上がる総督府で自ら命を絶った。辞世の句は伝わっていない。
彼女の遺体は元帥の指示で丁重に葬られたそうだ。
「やっほ~。伯爵ぅ」
「そして愉快な仲間たち~。卒業おめ~」
校舎の玄関からカミンスキ家の双子が近づいてくる。今日は二人とも性別相応の格好をしている。
先生方は最後まで彼女らの役割分担に気づかなかった。僕は魔法学校のセキュリティに若干の不安を覚える。
エントランスの吹き抜けに涼しい夜風が吹き込む。
双子の銀色の髪が、等しく乱れる。
彼らとの思い出話は夜通しでも語り尽くせそうにない。
僕は校内新聞に背を向ける。
「卒業おめでとうって。今日だけで何度目だよ」
「ぎゃはは。本当にそうだね~」
姉のシルヴィアは笑顔で答えつつ、弟のオスカルに何かしらの目配せを行う。
彼らはどういうわけか少しずつこちらに歩み寄ってきた。ジリジリと前進してくる。
僕は掲示板の傍に追い詰められる。
何なんだ。
双子の端正な顔が目の前に来る。
キスしたいなら姉のほうだけでお願いしたいが。もはや避けようがない。
「ねえ伯爵」「卒業後はどうすんの?」
「特に決めてないが!」
「だったら~」「ウチらと起業しない?」
双子はそれぞれ手製の名刺を見せてくる。
彼らの目的は告白ではなく。魔法使いのリクルートだった。




