4-5 邂逅
× × ×
翌年の一月。
冬休み中にマルドゥン先生の卒業課題『北極熊の尻毛を引き抜いてくる』を死に物狂いで達成した僕たちは、意気揚々と帰路についていた。
ハドソン湾から魔法学校まで空を飛び続けることは難しい。飛行魔法には莫大な栄養価が必要となる。
だから行き来には地元の馬車と船便を併用させてもらった。お金はかかったが、同級生と割り勘であれば決して払えない金額ではなかった。
「うむ。これで我々全員が卒業資格を得たわけだな」
「やったね~」
小型船の客室。
山を守る部族の次期族長・テヨニハカ氏と『眠り姫』シルヴィアさんがハイタッチを交わす。
彼らの後ろの席では他の同級生たちが安酒で乾杯していた。
今回の旅にシルヴィアさんの弟は同行していない。空を飛べないためだ。ジーナとマケルも同じく学校に居残っている。
同級生の魔法使い六名だけの愉快な旅路。
時期的に卒業旅行のようで楽しかった。あと二ヶ月で卒業式なのだ。
河辺の民家を眺めながら思い出に浸っていると、対面に座る次期族長が軽く足を小突いてきた。
「ファニョン伯はあと二問で全問合格だったな。やはり『記念杖』を目指すつもりか?」
「やっぱ伯爵も欲しいっしょ?」
一足先に『記念杖』を手に入れたシルヴィアさんが、ドヤ顔で実物を見せつけてくる。
腹立たしいことに。
僕は学校生活の最後の最後まで彼女に敵わなかった。
まともに授業も受けられない『眠り姫』に敗北を喫するなど、屈辱以外の何物でもないが。
おそらく彼女には天賦の才があるのだろう。前世の進学校でも同じだった。天才には勝てない。
「僕はもうギブアップかな。残るのは難問ばかりだし」
「ええ~。ウチと伯爵でお揃いにしようよ~。ウチ以外で全問合格狙えそうなの、伯爵だけじゃ~ん!」
シルヴィアさんは嬉しいことを言ってくれる。
彼女自身には自覚など全く無いだろうが、学年首席から対等な存在だと認めてもらっているようで素直にありがたい。
その言葉だけで『記念杖』よりも自信になる気がした。
× × ×
僕たちを乗せた船が港町フォート=マリーに到着する。
魔法学校の初代校長が街の設立に携わり、自ら名付けたという街は三本の川の合流地点だった。
つまりサン=ローラン水系の物流を束ねる街である。
僕たちはここで別の船に乗り換える予定だ。魔法学校に向かう連絡船は市街地の南側に停泊している。
「皆の衆。どうせ船が出るのは明日だ。今夜はマリー市内で楽しまないか」
「いいねえ」「族長もたまには良いこと言うわ」「さんせ~い!」
次期族長の一声で、改めて祝杯を上げることになった。
ご機嫌なシルヴィアさんに手を引かれ、僕たちが向かった先は行きつけの居酒屋。
魔法学校に近いこともあり、マリー市内には学生御用達の飲み屋がいくつか存在している。
ここはそのうちの一つだ。
飲み屋と宿屋を兼ねており、酒席で酔いつぶれても問題ない。僕たち魔法使いは容易には泥酔しないが。
「何の用かね?」
石造りの店内には軍人が大勢詰めていた。
二角帽に円形章を付けている。地元の植民地軍ではない。全員ライム革命政府の将兵だ。
何故、新大陸に彼らが?
僕たちは何も言わずに店を後にする。
関わるべきではない。彼らに魔法学校の生徒だとバレたら確実に徴用される。身を隠したほうがいい。
「君たち。待ちたまえ」
門番役の士官が追ってきた。
シルヴィアが杖を出そうとしたので、僕は咄嗟に彼女の右手を抑える。戦ってどうする。
その間に、年長である次期族長が前に出てくれた。
「どうかされましたか」
「すまない。地元の人だろう。今日は店を貸し切らせてもらった。これはお詫びの品だ」
士官がみんなに油条を配って回る。
僕は受け取らずに相手の出方を窺う。いかにも気の良さそうな若者だった。王都育ちの雰囲気がする。
「君は要らないのかい?」
「いただきます。ところでお兄さんは本国の方ですか?」
「ああ。私はステファヌ・プルニア。イル=ド=トリスケル出身だ。そういう君は?」
「地元の商家の者です」
僕の返答に同級生たちが失笑している。仕方ないだろ。革命軍相手に貴族だと明かしたら殺されかねない。
僕は油条を口にする。熱々で美味しい。程良い油気と甘味がたまらない。
こちらの反応に士官は笑みを浮かべていた。
「美味しいよな。君たちの行きつけの店は良い料理を出してくれるよ。新大陸に来るまで船の中でロクなものを食べられなかったから──」
「プルニア校尉」
店の方向から随分と良い声がした。
声の主は側近たちを従え、耳心地の良いテンポで歩を進めてくる。
両手を背中に回し、軍服の胸を張り、顎を少し上げながら。
堂々としなやかに華やかに。
その男は僕たちの前に姿を現した。
「作戦会議中だ。お喋りが過ぎるぞ」
とんでもないイケメンだった。
年齢は三十路を過ぎたぐらいだろうか。背が高い。男性の魅力がこれでもかと詰め込まれた顔立ちに、僕は腰を抜かしそうになった。
やや色黒で一見すると軽薄そうにも見えるのだが、腹に響くような低音の声が否応なく存在感を示してくる。
「ひ、ひょええ~」
シルヴィアさんが目を丸くしている。
他の女子生徒はわかりやすく頬を赤らめたり、逆に顔を隠したりしていた。
イケメン上司のお迎えに、士官は最敬礼で応える。
「も、申し訳ございません! オードヴィー元帥閣下!」
「すぐに戻ってこい。今回の遠征は兵が少ない。貴様の准旅団には山ほど仕事がある」
「ははあっ」
「まあ、地元の民に優しくするのは正しいが」
「ふええ」
元帥と呼ばれた容姿の良い男性から褒められた(?)士官は、恋する乙女のように足元から崩れ落ちてしまった。
そんな彼の身体を別の士官が担ぎ上げる。こちらは粗暴そうな長身の男だった。虎柄の布を腰に巻き付けている。革命軍特有のお洒落なのだろうか。
「行くぞ」
イケメン元帥と部下たちがぞろぞろと店の方に去っていく。
その人影の中に奇妙な仮面をつけた女性の姿が見えた気がしたが、瞬きの間に消えてしまった。
元帥。遠征。准旅団。
きな臭い言葉の連続に頭が痛くなる。おそらく新大陸の歴史を変えるような出来事が、現在進行形で起きている。
革命軍の矛先は「どこ」に向かうのか。
僕は無性に学校の壁新聞が読みたくなった。




