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4-4 卒業試験と膝枕


     × × ×     


 前世の自動車学校と同様に、魔法学校にも卒業試験がある。

 理事長を含めた全九名の先生方から出題される『卒業課題』に挑む形式だ。過半数の五問合格で卒業証書授与となる。

 全問合格なら『記念杖』がもらえるらしい。

 是非とも手に入れたいところだ。


 もっとも出題内容は難問であることが多い。

 例えば、先住民のマイケル先生は『魔法による鉄鉱石の精練』の実演を求めてきた。

 僕は前世で学んだ知恵を活かし、合格できた。高炉並みの火力を要求されたため、一時的に魔力切れを起こしたが。


 生活指導のアンハルト先生からは『未知の魔法調査』を要求された。

 母校を愛してやまない先生ならではの課題だった。


 魔法学校で教えている基礎魔法ベーシックは元々創設者である初代校長と調査隊が収集したものだ。

 初代校長は新大陸各地の魔法使いから聞き取り調査を行い、その内容を書物に収めた。

 約二十年に及ぶその道のりは苦難の連続だったと伝わる。

 未開拓の僻地には交通手段など存在しない上、必ずしも先住民の魔法使いが友好的とは限らないからだ。


「つまり同じことをやってみせろ、とアンハルト先生から言われたわけですか」

「もちろん『女性化魔法』を教えたら即合格できるけどね」

「止めたほうがよろしいかと」


 休日の宿舎。

 僕の付き人・ジーナは目を伏せる。

 彼女は学校に対する情報提供に否定的だった。

 その理由はいつもどおり経典の教えによる。


「才人こそ光を和らげ、ちり同然に生きろと言います。ジャン様のとっておきの武器として残しておきましょう」

「女の子になるのが武器になるのかな。一般的な変身魔法で代用できる気がするけど」

「あれって架空の人間にはなれないじゃないですか」

「それはそうなんだけどさ」


 ジャンの女性化版・ジョセフィーヌちゃんは存在しない人物だ。

 近頃はめっきり披露できていないが。大人になるにつれてどんどん美人に育っていく。

 そろそろ下着のサイズを測っておくべきかもしれない。


 僕は布団から立ち上がろうとしたが、ジーナに力づくで引き戻された。

 邪な意図を読まれたようだ。


「ジャン様。理事長課題の『連合王国一七六七年魔法使用規制法』の条文暗唱を覚えるのが面倒だから、耳学問させてほしいと言ったのは誰ですか」

「ジャン・ド・ファニョンです」

「だったら真面目にやること」


 久しぶりにジーナからお尻を叩かれた。

 少年の頃。院試合格に向けて古典を学び続けた日々が懐かしい。彼女に膝枕してもらうのは本当に何年ぶりだろう。

 今も傍に居てくれているが。あの頃はずっと一緒に居た。


「……ジーナ。卒業後はどうしようか」

「ジャン様の自由にされたらよろしいかと」

「そうは言うけど。僕は大人になったことが無いんだよ。一度も。社会に出たことが無い」

「仰ることがよくわからないわね」


 彼女は小馬鹿にするようにこちらのおでこに「×」マークを描いてくる。

 以前、経典の文言を復唱できなかった時によくやられたやつだ。少し悔しい。


 よくわからない、と言われたのは『社会人』という概念の話だろう。

 奥州ヨーロッパの貴族社会には子供と大人の分別こそあれど、学生=非社会人の等式は通用しない。

 宗教的な通過儀礼(元服)を済ませた時点で、学生であろうが大人として扱われる。

 この考え方は奥州人に征服された新大陸においても同様だった。

 すでに僕たちは社会の一部らしい。


「ジャン様は家出の身でしょ。家族のことなど気にせず、好きなようにされるべきですよ」

「好きなように、か」

「あたしは付き人だから、どこにでも付いていきます。ああマケルさんは隠居したいとか言ってましたけど」

「……セガン先生に会いに行きたいな」

「んなっ」


 ジーナはビックリしているが。

 先の話はともかく。あの人に会わないと卒業課題の全問合格を狙うことが出来ない。

 魔法の習得数で現状『眠り姫』に劣る以上、僕だって全問合格による『記念杖』ぐらいは手に入れておきたい。

 面倒くさがりのシルヴィアは課題を得るために戦場に赴いたりしないだろう。


 ジーナが神妙な面持ちでささやいてくる。


「ジャン様。よもやシャルロット・セガンの下で、独立派の戦働いくさばたらきをされるつもりですか」

「卒業課題を教えてもらうだけだよ」

「彼女の校籍は外されています。今の魔法学校には理事長含めて八名の教師しか居ません」

「そうなんだ。だとしても……お礼の挨拶ぐらいはしておきたいなあ」


 これまで二年半、セガン先生には同胞のよしみでお世話になり続けてきた。

 胸を張って恩師と呼べる方だ。

 突然の出奔には驚かされたが。あの人なりの信念があったのだろう。


「……シャルロット・セガンはヌーベルライム都護府の諜報員スパイですよ」

「え?」

「彼女の周辺は理事長も把握してます。愛国心の強さから自ら進んで都護府の協力者になったようです」

「スパイって。こっそり悪事を働いてたってこと?」

「学校に物理的危害を加えた形跡は無いそうです。時折卒業生の情報を流すことはあったみたいですね」

「情報提供者だったわけだ」

「ええ。少なくとも先月までは。今は都護府の指示でニューバストン独立派の支援に回っています」


 現在の新大陸東海岸はヌーベルライム植民地とニューバストン植民地に二分されている。

 このうち南東側のニューバストンで独立戦争が始まった。

 それをヌーベルライムが支援しているらしい。

 何のために?


「ジーナ。もしかしてヌーベルライムは漁夫の利を狙ってるのかな。新大陸を独り占めしようと」

「どうなんでしょうね。熱心な王党派で知られるヌーベルライム都護閣下が、何を考えていらっしゃるのやら」

「その辺りもセガン先生に訊いてみよう」

「待ちなさい」


 僕は布団から立ち上がる。すかさずジーナが手を掴もうとしてくるが、さすがに同じ手は通用しない。

 彼女の右手はくうを切る。

 咄嗟に体格を小さくしてやった。女性化魔法にはこんな使い方もあるのだ。


「ジャン様。スパイに会いに行ったらジャン様も同類だと思われますよ」

「この姿なら大丈夫だよ」

「あんたはもう! あたしは戦場に近づくなって言ってんの! 流れ弾に当たって死んだらどうすんのよ!」


 ジーナから思いきり正論をぶつけられてしまった。

 そう言われると安易に行きづらい。

 多少の銃撃なら『空気壁』などの魔法で弾き返せるつもりだが、突然の流れ弾には対応できない。

 何より付き人たちを守りきれない。


「わかった。セガン先生には独立戦争が終わってから会いに行くよ。それなら大丈夫でしょ」

「…………夏虫かちゅうはもって氷を語るべからず」


 ジーナは未だ不満そうだが、ひとまず安心してもらえたようだ。仮にも主君を世間知らずの虫呼ばわりしないでいただきたいが。


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