4-2 自立
× × ×
三年生になっても魔法学校での日常生活は変わらない。
午前中の座学と午後の魔法学。そして一日三回の強制的な食事だ。これを繰り返す日々。
誕生会の翌週の早朝。
校内の食堂でフライドポテトを食べていると、見知った顔が声をかけてきた。
「うえ〜い」
白髪の眠り姫。
今日は寝間着の上から遊牧民風のジャケットに袖を通している。およそ未婚の女性が人前に出る格好ではないが、朝のうちは他人の服にケチをつけないことが校内では一つの不文律となっている。
食後の仮眠時間に身だしなみを整える都合上、早朝のうちは男女問わず寝間着の応用で済ませることが多いのだ。
かく言う僕自身も似たような格好だった。
「おはようシルヴィアさん」
「んっ」
ハイタッチを求められた。
僕はハンカチで手を拭いてから応じる。なるほど。喉仏は学校指定のスカーフで隠せても、手指の硬さでわかってしまう。
「弟さんだよね」
「ごめいさ~つ。午前中の授業があるから、今はシルヴィアってことでよろしく〜」
弟さんは笑顔を振りまきながら、食堂の提供口に向かう。
本物の彼女は今も布団の中というわけか。カミンスキ家の双子の役割分担は今朝も完璧だった。
「ファニョン伯。同席させてもらうぞ」
視界の端にシャツの袖口が映る。銀細工のブレスレットが輝く。
伝統的なブランケットを纏った三十路の男性の名前はテヨニハカ氏。東にある山を守る部族の次期族長だ。
僕の同級生であり、旅行の際に何度も宿を貸してもらってきた恩人でもある。
「おはようございます。族長」
「今朝も芋料理しか無かったぞ。食堂の仕入れはどうなっとるんだ。我が村からトウモロコシを持ってきてやろうか」
「あの村のコーンスープがあれば、みんな喜ぶでしょうね」
「手配しよう。輸送費は伯爵家に請求する」
次期族長は冗談めかした笑みを浮かべる。冗談で無ければ、後でジーナに怒られてしまう。冗談であってほしい。
やがて一枚のポテトケーキを携えて白髪の眠り姫(偽者)が戻ってきた。男三人。愉快な朝食の始まりである。
「あれ~。そういえば、伯爵お付きのジーナさんは? お寝坊しちゃった?」
「まさか。夜明け前に理事長に呼ばれたみたいだよ」
「理事長殿が? もしや彼女をヘッドハンティングするつもりか?」
僕の返答に次期族長が怪訝な顔をする。
考えてみれば。トップからの呼び出しといえば大抵は人事関連と相場が決まっている。
在校生ではないジーナは当然賞罰の対象外だ。
僕は困ってしまう。引き抜きの可能性が無いとは言いきれない。
「どうしよう。今の僕には学校側の提示額を上回る給金なんて出せないよ。実家から持ち出した金銭だって底を尽きそうなのに」
「伯爵ぅ。そういう時は実家にお手紙を出すのだよ~。僕に残された時間はあとわずかしかありませんって」
「今も実家が残っていれば良いんだけどね」
「あっ」
眠り姫(偽者)は失言を誤魔化すようにポテトケーキを口に含む。
言わずもがな。二年前にファニョン伯爵家の城館を出てから、実家の動向は全くわからない。
かの『王殺し』コンスタンの処刑後も、革命政府と王党派反乱軍・諸外国による泥沼の戦争は続いているらしい。
ライム本国では今も銃弾が飛び交う。
もしかしたら家族全員、革命派に殺された可能性すらある。
こちらの事情を察したのだろう。弟さんは手を合わせてくれた。
「ごめん伯爵。気持ちはわかるよ。ウチらの実家も今は新大陸で商売やってるけど、パパとママは祖国と故郷を失ったから」
「我が部族も辺境の村を連合王国に焼かれた。だからこそ。強くなるためにここに来たのだ」
同級生たちに慰められた。
正直に言えば。今の僕自身は間違いなくファニョン家の息子なのだが、根っこの部分ではなりきれていない気がする。
日本人だから。安藤三郎だから。
自分の人生がどんな方向に流転しようが、心のどこかで『他人事』として一線を引いている。
故にジャンの家族が死んでいても、寂寥の念こそあれど。
本心から涙することは無い気がしていた。
僕は同級生に顔を向ける。
「気にしないで。僕の父親は四書五経を極めた才人だから。どこかの国で宮仕えしてると思う」
「うん。きっときっと間違いなく! 絶対そうだよ~!」
テーブルの近くを先生たちが通りがかったせいか、瞬間的に弟さんの眠り姫の演技に磨きがかかる。
ぶっちゃけ。本人よりわざとらしい。
先生方の列の中には先住民の中年女性・すなわち理事長の姿も見えた。傍らではジーナが欠伸をしている。
何があったんだ。
彼らは居並ぶ生徒たちの前に立ち、力強く足を鳴らした。
「生徒諸君。ただ今から理事長先生より重大なる通達がある。心して聞くように!」
副教頭の男性・アンハルト先生が声を張り上げる。相変わらずもう一人の副教頭の姿は見えない。
紹介を受けた理事長は、衆目環視の中──『立像魔法』で生徒たちの頭上にホログラムを生成した。
それは新大陸の地図だった。
「お前たち。地理の授業は済ませたか。新入生はまだ受けていないよな。よし。北側の青い部分がヌーベルライム。南側の赤い部分がニューバストンだ。間にある白点が我が校の校舎だな」
理事長は端的な物言いで話を進めていく。
教育言語の同盟語を苦手としながら、彼女が史上最年少で理事長就任を果たした理由がよくわかる。
通常『立像魔法』単体で空中に地図など描けない。複数の魔法を同時並行で使用している。
常人には真似できない想像力だ。体内に脳が二つあるとしか思えない。
「これは『立像魔法』を重ねがけしているのか。信じがたい力量だ」
「別の魔法を合わせてるんじゃないの? 『光魔法』で特定の粒子を照らすとか。ウチには理屈がわかんないけど」
次期族長と眠り姫(偽者)も同様の予想をしていた。
そんな僕たちの机にホログラムの欠片が落ちてくる。破片には「黙れ」と書かれていた。申し訳ございません。
「三年生もよく聞け。我々魔法学校は長年にわたり植民地間の戦争を抑止してきた。ヌーベルライム・ニューバストン双方からの援軍依頼を断り、一方的に彼らの争いを停止させてきた」
ホログラムがアニメーションに変わる。
影絵の戦列歩兵が互いに撃ち合うが、最後の突撃前に空から降りてきた魔法使いに吹き飛ばされていた。
そしてヌーベルライム植民地の都護らしき人物と、ニューバストン植民地の勅任総督が悔しそうに握手を交わす。
時折先生方が動員される『理事長命令』には、こうした平和構築のための実力行使も含まれていたのだろう。
僕は理事長の演説の意図に気づいた。
「我々は部族間の対立解消にも努めてきた。移住者と先住民の報復の連鎖を止めようとしてきた。全ては初代校長が作った学校を守るためだ。しかし今年、状況は決定的に変わった!」
理事長は新大陸の赤い部分を指差す。
東海岸のニューバストン植民地が炎に包まれていく。影絵の人々が銃火器を掲げ、立ち上がる。
反乱を示す画面演出が、これでもかと盛られていく。
さながら、まだ発明されていないはずの映画のように。
「そこのお前。奥州の伯爵家出身だったな。校内新聞は読んでいるか!」
いきなり理事長から指名された。
僕は反射的に立ち上がる。
「はい、愛読させていただいております」
「あれは私が主筆なのだ。紙面では『新大陸各地で暴動が起きている』と書かせてきた。しかし。各所の情報から判断するに。今、南では独立戦争が起きている。市民が新たな国家を作ろうとしている!」
理事長の発言に生徒たちが騒然となる。
新大陸独立戦争。前世の世界史ではもう少し早かったはずだが。あちらでも東海岸の独立戦争は発生した。
そして両陣営と先住民の犠牲の上に、未来の超大国が築かれていった。
当然ながら。異世界の住民は比較対象に出来る別世界の歴史など知りようがない。
彼らにとっては全て初めての出来事なのだ。
「静まれ!」
理事長が幾度となく踵を鳴らした。
お望み通りに食堂が静まり返る。調理場の方々が器を洗う音だけが聞こえてくる。
「いいか。全部。お前たちには関係の無い話だ。我が校の生徒であるかぎり。お前たちが戦争に関わることは許さん」
彼女は拳を握り、声を荒げる。
「お前たちが生まれた土地の政府、両親、部族の長が何を言おうと。お前たちは学校で学ぶのだ。ニューバストンの独立派にも。独立を認めない連合王国にも。漁夫の利を狙いかねないヌーベルライムの奴らにも。与することは許さん。断じて許さんぞ!」
理事長の危機感が伝わってくる。
魔法学校は土地柄、新大陸生まれの人間が多い。
先住民・ライム系・バストン系・オエステ系その他の差異はあれど。彼らが自身のアイデンティティの一部を新大陸の大地に委ねているのは、余所者ながら理解できる。
それゆえに。
奥州の大国同士の身勝手な戦争に巻き込まれずに済むなら。いっそ独立を目指すべきではないか──生徒の中から、そう考えて独立派に加勢する者が現れる可能性は、僕にも容易に想像できた。
僕たち魔法使いは兵営の戦力になる。
武器を持たずとも、ただ空を飛ぶだけで戦局を左右できる。
魔法使いの空中偵察は戦場の霧を払拭する。
そうした仕事のやり方も学校では教わっている。
「お前たちが、もしも無断で学校を出ていこうものなら。魔法学校五代目理事長たる我が手で、世にも恐ろしい禁忌の魔法を見せてくれようぞ!」
理事長は散々に脅しをかけた後、先生方を引き連れて校舎の方に戻っていった。ジーナもそれに従う。
僕は思わず彼女に声をかけた。
「ジーナ。まさか理事長にヘッドハンティングされたわけじゃないよね!?」
「いきなり笑わせないでください。もう。おバカさん」
「おバカさんって」
「今朝、部屋を出る時に言ったでしょ。先生方からライム語の代筆を頼まれただけです。出奔したセガン先生の代役ですよ」
そういうことだったのか。
僕は自分の勘違いを恥じる。なるほど。学校から消えた先生の代わりに。たしかに他の先生方はライム語の話者ではない。ジーナなら適任だろう。
「えっ」
知らないうちに恩師が学校を飛び出していた。




