3-4 クーデター
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八月。
僕は夏休みを利用して近隣の街を巡っていた。
付き人たちからは傷心旅行だと揶揄われたが、実際そのとおりだった。気分転換が必要な時期だったのだ。
魔法学校の周辺には名所が多い。
西には新大陸の水瓶である六大湖が広がる。湖同士に高低差があるため、壮大な帯状の滝を見物することができた。
北にはヴィル=ド=ジョワの街がある。僕が新大陸に来た時は下船せずに通り過ぎた港町だ。
魔法学校の生徒は大抵この街に遊びに行くらしい。
奥州的な石造りの街並みが懐かしかった。さすがはヌーベルライム植民地の東西の大動脈・サンローラン川の要衝だけある。
街の中心部には星型要塞が存在し、司令部に王党派の旗が掲げられていた。
東と南には連合王国の植民地が広がる。
魔法学校の生徒はライム・バストン両国の植民地政府から旅行者扱いされる。ライム人の自分が立ち入っても捕まることはまず無い。
とはいえ。バストン語を話せないマケル老人が逮捕されると困るため、僕たちは同級生の先住民の村に泊めてもらった。
見慣れた丸太小屋ではなかったが、木造の大型住宅が建ち並ぶ村の様子には魔法学校と通じる雰囲気があった。
九月初旬。
学校に戻ってきた僕たちは、衝撃的なニュースを耳にする。
玄関口の校内新聞に生徒たちが群がっていた。
彼らが発する感想を解析していくと、どうやらライム共和国の過激派政権が倒れたらしい。
僕は掲示板に駆け寄った。
周りの生徒たちが快く新聞の前を空けてくれた。ライム人なら地元の話を知りたいはずだ、と。
学友の思いやりに自然と笑みがこぼれる。
彼らを待たせるわけにはいかない。僕は紙面に目を通す。
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時を遡ること三ヶ月前。
奇しくもクレア・マングスターが退学届を出した日付と同じ、六月二十一日のことだった。
当時のライム共和国は追い詰められていた。
周辺諸国の猛攻撃に太刀打ちできず、苦肉の策で徴兵令を施行した結果、地方農民の反乱が相次いだ。
革命軍の主力部隊を率いた元貴族の将軍が王党派に寝返るというスキャンダルも明らかになった。
市場の投機対象と化した革命政府の代用通貨は信用を損ない続け、それに伴う物価の上昇が社会不安を深刻化させた。
過激化した革命政府は官製の恐怖により社会の引き締めを行った。祖国および革命の裏切り者と見なされた者は容赦なく処刑された。地方でも。王都でも。おびただしい血が流れた。
総じて。何も良い話が無かった。
「どうしたらいいんだ……」
共和国の革命政府を率いる過激派の領袖、すなわち『王殺し』コンスタン・コーム・ジュゼット・ダンジューは共和国の前途に頭を悩ませていたようだ。
彼は恐怖以外の旗印を求めていた。
政治的恐怖とは共同体を一つにまとめる手段に過ぎない。だが、反革命勢力を誅することは他ならぬ市民の要望であった。多くの市民は旧時代的体制が墓地から蘇ることを恐れていた。
市民は王妃の処刑に喝采を上げ、逃亡した国王の死に乾杯を交わし、守旧派貴族の縁者を追討し、謀反人をギロチンに掛けるように政府に迫った。
被告人の頭数が足りなくなれば、罪無き者が犠牲となった。教会の司祭、占い師、金持ち、教師、娼婦、穏健派の政治家、空き巣の子供、奇人、科学者、革命に同意しない者が「裏切り者」として次々と処刑台に運ばれた。
市民はその場しのぎの安心を得るために同胞の血を欲した。革命裁判所の手続きは簡略化され、密告が死刑に直結した。
コンスタン氏は愛すべき市民の要望に応えてきた。しかしながら。あまりに多くの人間を殺しすぎたことは、彼の平常心を蝕んでいた。
根本的な社会不安を取り除かないかぎり、今後も血は流れ続ける。では、どうすればいいのか。
彼は新たな国民統合の象徴を模索した。
理性的な彼の頭脳は一つの答えを弾き出した。
六月二日。
コンスタン氏は自ら『預言者の弟』『神王』であると宣言し、当然のように市民の猛批判を浴びた。
子飼いの部下であるブランシャール派の政治家たちも、手のひらを返すように批判側に回った。
桂冠を被ったコンスタン氏は大いに当惑していたという。
そして六月二十一日。
ジュベール=コレットのクーデターが発生した。
ブランシャール派の政治家二名が、国民公会において「恐怖政治の元凶」コンスタン氏の処刑を求めたのである。
処刑案は本人不在のまま賛成多数で可決された。
コンスタン氏は即日捕縛され、問答無用で火あぶりの刑に処された。最期の言葉は「せめて兄のように磔刑にしてくれ!」だったという。
死後、遺灰は石灰川に散布された。
彼の部屋から押収された遺品のうち、手紙・日記などは国民公会で回し読みされたらしい。
そのうちの一部は一般公開され、大半は「見るべきものは無い」として元部下たちに処分された。
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秋学期の初日。魔法学の実習中。
僕の恩師であるシャルロット・セガン先生は、研究室の机で終始浮かない顔をしていた。
それこそ、お得意の『氷魔法』が上手くいかず、仕方なく熱々の煎茶を我慢して飲んでいたほどだ。
「先生、どうされました?」
「祖国が心配なのよ」
セガン先生も校内新聞の記事を読んでいた。
彼女自身は王党派を称している。亡命貴族の自分によくしてくれているのも、彼女が旧王室と貴族に同情的だからだ。
ヌーベルライム植民地の住民には前世紀の王・アンリ五世の斡旋で大西洋を渡った『花嫁候補生』の子孫が多い。彼女らは王家より下賜された花嫁道具を受け継ぎ、大切にしている。
セガン先生も未婚ながら研究室の片隅に家宝の花瓶を飾っていた。王家の朱龍紋が輝く逸品だ。
そんな彼女が『王殺し』コンスタン氏の処刑を歓迎していなかった。
ジーナが疑問を呈する。
「革命が終われば、王家の方々が玉座に戻られるのでは?」
「そう簡単に話が進むかしら。悪鬼コンスタン・ダンジューを取り除いたところで祖国の苦境は変わらないでしょう」
「勢いづいた王党派が革命派を倒すかもしれませんよ。先生のお望みどおりに」
「今の王党派は連合王国とヒンターラント大公の走狗に過ぎないわ。情けないけど。王政復古のためなら辺境のヌーベルライムなんて外国に売り払いかねないと思うの」
セガン先生は故郷の行く末を案じていた。
ジーナが気まずそうに煎茶をすする。どうやら否定できる材料が思い浮かばないらしい。
大西洋の向こうで歴史が動いている。
新大陸も他人事ではいられない。
滔々たる者、天下皆これなり。
経典に登場する隠者は「個人が歴史全体の流れを変えることはできない」と論じた。
対する賢者は「変えられる」と言い返し、隠者を蹴り飛ばした。
今の僕には何ができるのだろうか。
そもそも。
僕は何がしたいのだろう?




