3-3 ジャンとクレア
× × ×
魔法学校では原則的に魔法の使用が禁止されている。
先生の許可無く魔法を使えば、停学処分となる。理由は危ないから。
この校則は厳密に適用される。
たとえ入学前に『飛行魔法』を覚えていても生徒の飛行は許されない。図書室の文献でやり方を覚えても勝手に試したら問答無用で処分される。
だから僕が女の子に変身することは完全に校則違反だ。
自分の部屋で密かに姿を変える分には露見しないとは思うが。
もし仮に魔力の使用を検知するような仕組みが学内に存在するなら危ない。今夜の僕の企てが全て水の泡となる。
「ご安心ください。ジャン様。そんなものは多分ありません」
「どうしてそう言いきれるの?」
「そんなものがあれば、校則を守らせたい学校側が宣伝に用いるはずです」
「なるほど。ありがとうジーナ……ぐえっ」
ジーナにフリル付きのコルセットを締めてもらう。
あとは亜麻の窮屈な上着を羽織れば、僕の変装が完成する。
部屋の姿見にはライム王国では一般的な従者スタイルの少女が映っていた。化粧は控えめだが、持ち前の可憐さをむしろ引き立てている。可愛い。
僕はその場でターンを行う。ジーナから借りたスカートが翻える。セミロングの栗毛が跳ね、アーモンドに似た形の両目がそれを追う。
どの角度でも画になる。本当に可愛い。
「ねえジーナ。こっちの自分も良い感じに育ってきたと思わない?」
「一応確認しておきますけど、今からクレア嬢の部屋に行くんですよね? 実は女のふりして、その辺の男を引っ掛けるつもりなんじゃ」
「するわけないだろ!」
付き人の勘違いを訂正しつつ。
僕は目立たないように静かに部屋を出る。
夜の学生寮地区は食堂での夕食会の名残なのか、大通りのあちこちで歓談する声が響いていた。
僕は人目につかないように二階の通路を使う。
学生用の丸太小屋が建ち並ぶ地区内では二階のベランダ部分が渡り廊下で接続されている。
前世のアパートのように外廊下として利用できる。
クレア・マングスターの宿舎は大通り東側・北から三番目の丸太小屋の二階だった。
僕は部屋の扉の前に立ち、計略の段取りを再確認する。
別に悪事を働くわけでは無い。単純に彼女の本心を知りたいだけだ。
そのためにファニョン家の架空の従者になりすました。仮名は今回もジョセフィーヌとする。
ジーナの後輩で生真面目な女の子という設定だ。主君ジャンの命令でクレアにお詫びの品を持ってきた。よし。全力でなりきるぞ。
「……何か御用でしょうか」
こちらが扉を叩く前にクレアが出てきてしまった。
足音でバレたらしい。
僕は慌てて頭を下げる。
「あっ。わっ。ファニョン伯爵家よりお届け物を持ってまいりました」
「結構です。お引き取りください」
「お詫びの品でございます。何卒。お受け取りいただけませんと、私が怒られてしまいます」
「お詫びされるような覚えがありません」
「お願いします! すごく美味しいシードルなのです!」
シードルとはリンゴ酒のことだ。
それもゴルフ州の名産品となれば、相手がどんな人物であれ手に取らざるを得ないだろう。
マケル老人が酒盛りをしていた時に僕も味見させてもらったが(元々父親の秘蔵品だから家に返してもらったとも言える)、すっきり甘くて飲みやすかった。
「……わかりました。お上がりください」
「ありがとうございます!」
僕は満面の笑顔で彼女の部屋に入らせてもらう。
一人用の室内には机とベッドとトランクがあった。窓の向こうには夜の川が見える。他に語るべきところは見当たらない。
入校したばかりとはいえ生活感が無さすぎる。殺風景な安普請で風通しが良いのは僕の部屋も同じだが。ここは完全に寝るための空間だった。
僕は持参した酒瓶を机に置く。ワイングラスも持ち込めば良かったかな。さすがにコップぐらいはありそうだが。
「ジーナさんでは無いのですね」
クレアが杖を振るい、点火魔法でロウソクに火を灯した。
校則違反には当たらない。彼女は先日の授業でアンハルト先生から許可を受けている。
彼女の杖に貼られた『魔法使用許可証』ラベルがその証だ。
技能不足で不許可に終わった自分としては羨望の的である。アンハルト先生の話だとクレアは筋が良いらしい。
そんな彼女が「学校にいる資格が無い」と言っていた。
「ジョセフィーヌと申します。ジーナの使い走りでございます。以後ご贔屓に」
僕は目を伏せながらスカートの裾を小さく広げる。
クレアの反応は判然としない。言葉が返ってこない。ベッドの端に腰を据え、沈黙を保っている。
用が済んだら出ていけというサインかもしれない。
僕は勝負をかける。
「あのっ。私はよくわからないのですが。主のジャン様よりお詫びの言葉を預かっております」
「ですから、ファニョン家の方からお詫びされるような覚えがありません」
「本日は大変失礼いたしました……と。もしかすると何か気分を害されたのではありませんか? わたしからジャン様に伝えます!」
「……言葉遣い、所作、立ち振る舞い」
礼儀作法を全否定された。
僕は首を傾げる。これでも自分は貴族の子弟向けの訓練を受けている。ライム王国と連合王国では上流階級の礼儀作法が異なるのだろうか。
今度勉強しておこう。
僕は胸元に手を当てる。
「わかりました。ジャン様に強く言い含めておきます」
「挨拶。扉の開け方。足の運び方。貢ぎ物の置き方。どう考えても名門貴族の使用人には見えません。従者としての心遣いが足りない」
「え?」
「変身魔法ですよね。ジャンさん」
クレアの目つきが鋭くなる。
見抜かれたわけではない。疑いをかけられた。
変身魔法。自分の姿を自在に変えられる高難度魔法だ。使える人はほとんどいない。
僕の女性化魔法とは種類が異なる。
だからバレたわけじゃない。僕は平静を装う。
「ご、ご冗談を。私の主にそのような高等技術はありません」
「今からジャンさんとお会いすることは可能ですか?」
「すぐに呼んで参ります!」
「いえ。貴族の方に御足労いただくのは申し訳ありません。わたしが出向きましょう」
クレアがベッドから立ち上がる。
詰んだ。
ジャン・ド・ファニョンは二人も居ない。
他人のふりをするつもりなら、中世の王侯のように自身の影武者を用意しておくべきだった。
「……魔法の不許可使用は停学処分ですよ」
クレアに咎められる。
華奢な手のひらをこちらの左肩に乗せてくる。
彼我の距離が近い。
「停学になれば食堂にも出入り禁止になります。その間、どのように生活なさるおつもりですか」
「どうしてもクレアの話が聞きたくて」
「わたしの話を? 何のために?」
本気で理解できないとばかりに彼女は怪訝な表情を浮かべる。
僕が答えに詰まると、彼女は小さくため息をついた。
「ジャンさん。わたしに利用価値などありません。どうせすぐに学校を出る身の上です。人脈作りなら他をお当たりください」
「魔法学校を辞めるつもりなの? 魔法使いなのに勿体ない」
「養父の任期があと二ヶ月ですから。わたしも一緒に帰国します」
クレアの養父はマングスター伯爵家の当主にあたる。新大陸東部に広がるニューバストン植民地の勅任総督を務める大物政治家だという。
彼女はそんな養父に付き従う形で大西洋を渡ってきたようだ。そして帰る時も同じだと。
「クレアはおやじさんが好きなんだね」
「恨んでいます」
「ああ、そうなんだ。ごめん」
「いつか父を殺すつもりなんです。そのために魔法を学びに来ました」
彼女の亜麻色の髪が風に揺れる。こちらの左肩に置かれた手が、俄かに存在感を放つ。
彼女は冗談を言っていない。
つぶらな瞳の中に、ただならぬ決意が潜んでいた。
「だからジャンさんはわたしに近づかないほうがよろしいかと存じます。共犯を疑われたらお家に傷が付きますよ?」
「たとえそうだとしても。友達にならない理由にはならないよ」
「では、わたしが誼を交わしたくないと言ったら? こんなふうに」
彼女が左肩を突き放してくる。
そう言われると困る。僕自身も人間の好き嫌いはあるほうだ。自分が彼女にとって好ましからざる人物ならば、安易に近づくべきではないと思う。ストーカーにはなりたくない。
僕はあえて従者らしく頭を下げる。一線を引く。
「……わかりました。ジャン様にはそうお伝えしておきます」
「そうしてください。ジョセフィーヌさん。付け加えておきますと、あの方の人格を否定するつもりはありません。全部わたし自身と我が家の問題です」
「ジャン様がお嫌いというわけではない、と?」
「ええ。来世ならお友達になれるかもしれませんね」
彼女は柔和な笑みを浮かべる。
僕は口惜しい気持ちでいっぱいになった。この子とお近づきになりたい。しかし叶いそうにない。
こんな気持ちになったのは前世以来だった。
「失礼しました」
出来るだけ丁寧に別れの挨拶を行い、僕はクレアの部屋を出る。
明日以降も顔を合わせる機会はあるだろう。しかしながら。もう二度と私的な会話は交わせまい。
これが自分にとっての初恋だとしたら。
苦い幕切れだった。
二ヶ月後。
クレア・マングスターは宣言通りに魔法学校を退学した。




