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3-2 授業


     × × ×     


 魔法学校の朝は早い。

 夜明けと共に全生徒が食堂に呼び出される。当直の先生による点呼の後、強制的な朝食が一時間半に及ぶ。献立は穀物が多い。

 朝食後は一時間の仮眠時間が与えられる。これは生徒が身だしなみを整える時間でもある。長時間の食事は必ず服を汚すものだ。僕も衣服に染みを作り、ジーナによく怒られる。


 続いて午前中は座学の時間となる。

 時間割は存在せず、各先生が日替わりで担当科目を教えてくださる。例えばセガン先生は歴史の担当だ。祖国ライム贔屓の内容で生徒間の評判はよろしくない。

 他には算法、礼式、地理、古典などの授業があった。上級生は天測航法、商慣行など実用に即した内容を学ぶらしい。


 その後、長時間の昼食と仮眠時間を挟み、午後から魔法学の授業が始まる。

 こちらも時間割は存在しない。授業計画も無い。

 主に生徒数名で教員棟の先生の元に押しかけ(あるいは事前にアポイントを取っておき)、習得したい魔法の指導を懇願するという形式を取る。


「ジャン君。午後から私の研究室に来なさい。今日も『氷魔法』の続きをしましょう」

「わかりました」


 セガン先生のように自分から声をかけてくださる方もいるが、基本的に先生方は自室でやる気のある生徒の到来を待ちかねている。内容次第では「まだ早い」と突っぱねる時もあるらしい。


 もっとも。八名の先生のうち、魔法学校に常駐しているのは副教頭のお二人だけだ。

 他の先生方は『理事長の特命』で遠出していることが多い。詳細は不明だが、相当に忙しいらしい。

 そうした外出組の先生がたまに学校に戻ると、魔法の指導を待っていた生徒たちから揉みくちゃにされるのが常だった。


 魔法使いにも得手・不得手がある。

 特定の先生にしか教えられない高難度の魔法も存在する。

 例えばセガン先生は『氷魔法』に熟達していた。猫舌で熱いものを飲めず、学生時代から練習を繰り返した結果だという。

 その腕前は、ジーナが淹れてくれた煎茶にすかさず氷粒を生成・投入していたほどだ。


「ありがとうジーナさん。とても美味しい」

「お言葉ですけど、冷たくすると茶でも身体に悪いですよ」

「どうせ胃袋には溜まりませんから」


 セガン先生も一般生徒と同様の食事を日々平らげている。

 先生の話では魔力の貯蔵量には限界が無いらしい。

 何かあった時のために日頃からたくさん貯めておきましょうね、とさとすように毎日言われる。


「氷を生み出す技術があれば、旅先での食事のレパートリーが広がるわ。口直しの霙菓子グラニテにデザートの氷菓ソルベ。たまらないわねえ」

「スイカのグラニテ、リンゴのソルベ……」


 先生の甘い言葉にジーナが反応する。冷たい飲み物を胃腸に悪いと敵視するくせにデザートは別らしい。

 一般にライム系の人間は食にこだわる。前世の大阪人より食べ物にうるさい。魔法使いであれば尚のことだ。


「そうそう。食を楽しむ工夫が魔法使いには大切よ。だからジャン君とクレアさんにはぜひとも習得してもらいたいわ」

「頑張ります」「努力します」


 僕は前向きな返答でごまかした。同席のクレアも同様だ。

 セガン先生には申し訳ないが。新入生の自分にとって『氷魔法』は高度すぎた。

 私掠船の時の『風魔法』のように簡単には脳内再現できない。

 自分の想像力には限界があると如実に思い知らされた。初めて氷魔法を発動させた人物は心を病んでいたに違いない。


 魔法学の授業は日没前後に終わる。生徒には約二時間に渡る夕食会の時間が待っている。

 僕たちはセガン先生の研究室を後にした。

 板張りの廊下には小さなガラス窓から夕日が差し込む。


「氷魔法、難しいね」

「…………」


 クレアは心ここに在らず、といった様子だった。

 おそらく彼女もまた指導内容についていけなかったのだろう。


 同時に十五名から具体的な罵詈雑言を浴びせられ続けながら自分の頭を床に叩きつける。

 氷魔法の発動条件たる基礎想像の難解・悪辣あくらつぶりもさることながら、さらに時制の概念が加わる。

 妄想の中で、そこに至るまでの過去の経緯と未来の予定を設定しなければならない。主体的に想像しながら「演技に入り込む」必要がある。言わば妄想の内容になりきる? ふりをする? 我ながら説明が易しくない。


 どうせ彼女を誘うなら、もっと平易な授業をお願いすれば良かった。

 僕はクレアに向けて手を合わせる。


「次は初歩的な魔法をお願いしてみるよ」

「はい」


 彼女は生返事の後、一人で女子トイレに入っていく。

 僕も用を足しておこう。

 あれ。ジーナがベルトを掴んできたぞ。これでは男子トイレに入れない。


「ジャン様。少しよろしいですか」

「小言ならトイレの後でいいかな」

「明日はシルヴィア・カミンスカ嬢をお誘いするべきです」

「眠り姫を?」

「そうです」


 ジーナは不承不承ふしょうぶしょうな顔で意図を説明してくれる。

 シルヴィアの実家は他国の没落貴族シュラフタであり、爵位は無いが貴賤結婚には当たらない。おまけに金持ちだという。


「以上です」

「ちょっと待って。ジーナ。僕は別にやましい気持ちでクレアを誘ったわけじゃないよ」

「クレア嬢は連合王国のマングスター伯爵家に引き取られた養女に過ぎません。元は平民。我がファニョン家とは不釣り合いです」

「そうなの?」

「ご本人から話を伺いました。全く。そもそも結婚相手ならあたしに任せなさいよ」

「えっ」


 いきなりプロポーズされた、わけではない。

 従者としてあるじの良縁を探してみせる。そういう自信を示された。

 わかっている。

 ただ少し。一瞬だけ勘違いしそうになった。


 ジーナは己の胸に手を当てる。


「お任せあれ。シルヴィア嬢のそばには双子の弟がいますが、あれは生徒ではありませんから誘引は容易です。あたしとマケルさんの手にかかれば、明日の午後には必ず二人きりにしてみせます」

「いや。二人きりだと自習になっちゃうよ。それにシルヴィアさんは対象じゃないというか」

「クレア嬢より美人だと思いますが」

「美醜で比べたらジーナと僕には誰も敵わないし。外見とか好みの話ではなくてさ」

自己陶酔ナルキッソスを極めると水仙の花に変えられますよ」

「とにかく僕はクレアと仲良くなりたいんだ。色恋以前に。対等な友達になりたい」

「……ふうん」


 久しぶりに天才特有の相手を舐め腐った目つきを見た。

 かつてラファエル兄さんが指摘したとおり。彼女は基本的に自身以外の存在を凡人だと見下している節がある。

 共に過ごすうちに彼女も露骨な態度には出さなくなったが。僕は相手の心を読む術を知らない。

 そんな魔法があるとするなら、いつか学んでみたいものだ。


 それにしても。窓の夕日を背景にたたずむ彼女は映えるなあ。黒髪が後光に照らされ、天使の降臨を思わせる。

 先ほどから僕との目線が微妙に合わないのは気になるが。


「……………」


 振り返ったらクレアがハンカチで手を拭いていた。

 明らかに気まずそうな顔をしている。ジーナとの会話を聞いていたらしい。

 僕は意を決する。


「クレア・マングスター」

「ジャンさん。恐れながら。わたしに仲良くする価値なんて一片ひとかけらもありません。ここにいる資格も。よければ放っておいてください」

「そ、そんなことは」


 無いとは言いきれない。

 僕はそれほど彼女を知らない。今、安易に言いきれば、言葉が軽くなる。


「失礼しました」


 うれいを帯びた瞳をこちらに向け、丁寧な礼を見せた彼女は、早足で食堂の方に去っていく。

 その背中にジーナが向ける視線は冷たい。


「ふん。お前の生まれならば。天より垂らされた糸を、龍のうろこじ、鳳の翼にく心意気で掴み取れば良いものを。クレア嬢。愚かな女だわ」

「いや。きっと僕たちはあの子のことを何も知らないんだよ」

「そうでしょうか。平民の娘がマングスター伯爵家に拾われ、ファニョン伯爵家の次男坊から求婚される。まさにガラスの靴のサンドリヨンめいた玉の輿ですよ。ここでカボチャの馬車に乗らない愚がありますかね」

「だから求婚してないってば」

「ジャン様が女の子に興味を持つのは初めてじゃないですか?」


 そう言われると返す言葉に詰まる。

 前世では小学校時代に好きな子がいたが、中学以降は男子校だったから巡り合わせが無かった。

 異世界こっちには常に美貌の付き人がはべっていた。はたして毎日年上のお姉さんに膝枕され続けながら、他の女の子に目移りできるだろうか。反語は省略する。


「…………」

「…………」


 ジーナは今さら恥じらうようにせきをする。

 僕の知る彼女ジーナは自分自身を客観視できないほど阿呆ではない。

 僕の知るクレアは同級生の女子生徒に過ぎない。


 あの子のことをより深く知りたいのなら。あの子の悲しい言葉を否定したいなら。

 異性として近づくより、別の形を模索する必要があるのかもしれない。



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