2-5 魔法学校へようこそ
× × ×
前世の安藤三郎は灰色の青春を送った。
将来の栄達を信じ、自宅の勉強机と学び舎を行き来するだけの生活だ。
そんな自分にも息抜きの時間は必要だった。
友達との何気ない会話の中に出てきたコンテンツ。それらを通学中・食事中など隙間時間に少しずつ楽しんだ。
両親には咎められたが、あの時間があったおかげだろう。僕は異世界の魔法学校という未知の施設に対して、すでに一定の先入観を持つことができていた。
比較対象の存在は理解を助ける。
今回で言えば、それは映画やアニメに登場する各種の魔法学校だ。
「推薦状が無い? 冷やかしなら帰りな!」
この世界の魔法学校の警備は厳重だった。
映画に出てくるような石造りの城とは方向性に差があるものの、木造の城柵・曲輪には戦国時代の砦に似た風格がある。
川の中州という立地も守りに適している。いざという時には天然の堀となる。籠城されたら厄介だろう。
もっとも映画の魔法学校は魔法生物など特殊な力で守られていたが、この世界の魔法学校はマスケット銃兵が守衛を務めていた。
「小僧。魔法学校は大金持ちが物見遊山に来る場所じゃねえんだよ。おうちに帰って、そっちの可愛い姉ちゃんの乳でも吸ってろ」
「無礼者が!」
二角帽に羽根飾りを付けた守衛に、昔気質のマケル老人がくってかかる。
「こちらの方をどなただと心得る! ファニョン伯爵家の令息・ジャン様であるぞ!」
「親の地位を笠に着られてもなあ。こっちじゃ誰も知らねえんだわ。とにかく魔法を使えない奴はとっとと帰れ」
「わかりました。魔法を使えたら良いんですね」
「おおん?」
自分が両者の間に割って入ると、守衛から怪訝な目を向けられた。暗がりでわかりづらいが、よく見ると奥州では見かけない顔立ちの男だ。先住民だろうか。
僕はさっそく目をつぶる。七本目の架空の腕を背中に生やす。
何度も同じ想像を繰り返していると、一からイメージするより過去の記憶を再生している感覚に近くなる。
後はお尻を数回叩くだけだが、寸前でジーナが耳打ちしてきた。
「ジャン様。今回は風魔法がおすすめです」
「え、どうして?」
「あいつの二角帽を吹き飛ばしてやりましょう」
彼女はイタズラっぽく笑う。
そういうことなら。僕は想像を切り替える。羽交い絞めにした相手の右腕を小麦粉に変える。
魔法で風を起こす。
「うおおっ」
守衛が川面に落ちそうになった。
小麦粉の挽き具合の想像が甘かったらしい。桟橋に突風が吹き込んできた。もっと細挽きにしないと危険だ。気をつけよう。
守衛の二角帽は対岸の方まで飛んでいってしまう。僕は指先を反対側に向け、風向きを調整する。
よし。良い具合に僕の手元まで戻ってきてくれた。
「どうぞ。落とし物です」
「野良魔法使いなら初めから言えよ! 全くもう。副教頭を呼んできてやるから、そこで待ってろ!」
守衛の男性はマスケットを担いだまま、校門の脇に設けられた木造の勝手口に入っていく。
自分の能力を認めてもらえたようで少し面映ゆい。
そんな小さな喜びを付き人たちと分かち合うべく。僕は彼らに笑顔を向けてみる。
「た、助けてくれぇ! ジーナ!」
マケル老人が川面に転がり落ちていた。
先ほどの突風に吹き飛ばされたらしい。ジーナが近くにあった梯子を差し出し、老人はどうにか難を逃れる。
僕は彼らに背を向けた。
別に見て見ぬふりをしたいわけではなく、後で正式にお詫びさせていただくつもりだが。
今ばかりは合わせる顔が無かった。
× × ×
現実・創作を問わず。
人里離れた学校には学生寮が付きものだ。
新大陸の魔法学校は敷地内の大部分が住居になっていた。二階建ての丸太小屋が大通りの左右に軒を連ねる。
学生向けの飲食店・雑貨店も点在している。学生街の雰囲気だ。
大通りの奥には木造の校舎が見える。
守衛の男性から受け取った学校の敷地図によると、細長い島の中央部に校舎地区があるらしい。
校舎地区の北側が学生寮地区。南側が教師陣の居住区。教える側と教わる側の線引きが住む場所にも設定されている。
今、僕たちは北側の大通りから校舎に向かっている。
道案内を務めてくださるのは魔法学校の副教頭。シャルロット・セガン先生だ。彼女はヌーベルライム植民地の出身らしく、訛りのないライム語で気さくに話しかけてくださる。
「嬉しいわねえ。本国から新しい生徒が来るだなんて。あっちは革命騒ぎで大変でしょう?」
「はい。僕の実家も酷いことになっております」
「あらあら」
セガン先生は立ち止まり、こちらの両手を握ってくださる。
生真面目そうな三十路の女性だ。生徒の心のケアを第一に考えているのだろう。油気の抜けた指先がツルツルしている。
「安心なさい。新大陸は王党派の都護閣下が抑えているわ。それに魔法学校は各国の植民地政府から不可侵を保障されているの」
「攻撃されないってことですか」
「ええ。それでも余所者がウチの生徒に手出ししようものなら、私たち教師陣が容赦しないわ。心置きなく過ごしてちょうだい」
彼女に手を引かれ、僕たちは校舎地区に入る。
L字型の木造校舎と運動場という構成には見覚えがあった。前世の中学校によく似ている。
校舎の隣には講堂棟・実験棟・教員棟が並ぶ。立地を文字で示すなら「三L」といったところ。伝わるだろうか。
校舎南側の玄関口には銅像が立っていた。抽象的な造形で、男女が握手をしている。創設者と出資者を描いた像だという。
「これは『友情の像』。よくここで集合するから覚えておきなさい、ジャン君」
「ありがとうございます」
「さあて。さっそく食堂に行くわよ!」
セガン先生のテンションが唐突に上がる。
食堂から始まる学校案内とは随分画期的だが、どうやら正当な理由があるようだ。
僕たちは講堂棟の食堂に案内された。
全面板張りの空間に長机と椅子が並ぶ。提供形式はビュッフェ形式だった。調理場の提供口に料理の陳列棚が見える。
入口近くの長机には出来たばかりのマッシュポテトの皿がたくさん並んでいた。湯気が立っている。
セガン先生は何故か気落ちしたように肩を落とす。
「芋の他に在庫が無かったようね。仕方ないわ。すぐに飽きるだろうけど、ジャン君にはこれを二十五皿以上食べてもらいます」
「こ、これを全部ですって? 正気なの?」
僕の代わりにジーナが確認を取ってくれた。
マッシュポテトは好きな料理の一つだ。ペースト状に潰された芋の舌触りは良いし、味付けの塩が素材の味を引き立てる。肉料理の付け合わせにちょうどいい。
しかしながら。どう考えてもマッシュポテトだけを二十五枚分も食べきれる気がしない。花巻市の『わんこそば』みたいに少しずつならまだしも。全て大皿に山のように盛られている。
明らかに人間の胃袋の許容量を超越した条件だ。
「魔法使いなら出来るはずです。言っておきますが。これは我が校の入学試験ですよ」
セガン先生の言葉に、僕と付き人たちは顔を見合わせる。
まさか自分の人生でフードファイトに巻き込まれることになるとは。夢にも思わなかった。




