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2-4 新大陸


     × × ×     


 夕焼けの水平線に深緑色の大地が浮かび上がる。

 海鳥が空を舞う。

 水面下に潜む岩礁を避けながら、船は水上の隘路あいろを進む。


「到着だ!」


 船長が叫ぶ。

 入り江に設けられた桟橋に、水夫たちがロープを引っ掛けていく。

 約二ヶ月半に及ぶ船旅の末に辿りついた新大陸は、海藻と草木の匂いがした。


 新大陸の玄関口の一つ、アンリブール港。

 王名を冠する土地のわりに随分と寂れていた。湾内に他の船影は見えず、岬に立つ立派な灯台だけが目立っている。

 人気ひとけも少ない。

 官吏の他は、桟橋近くの小屋に地元の荷役たちがわずかにたむろしている程度だ。

 海辺に点在する船小屋は半分以上が廃屋と化している。以前は漁業が営まれていたようだ。

 港湾部をぐるりと囲む「堡塁ほるい」の外側には針葉樹の山林が広がる。焚き木に使えそうだが、伐採は進んでいない。


 僕が甲板で港の様子を眺めていると、船長室の方向から疲れた様子の航海士が近づいてきた。ヤコブさんだ。


「寒々しい町でしょう。三回も海賊に焼き払われたらこうなります」

「それで人が居ないわけですか」

「ええ。寂しいもんです。故事に門前雀羅もんぜんじゃくらを張ると言いますが、ここで網を張ったら海鳥が引っ掛かりそうなもんですなあ」


 航海士の発言に僕は面食らう。

 古代史ヒストリアイの引用だ。


「ヤコブさんもどこかで経典を学ばれたのですか?」

「いいや自分は酒場の耳学問です。恥ずかしながら、坊ちゃんみたく正当に学んできたわけではありません」

「僕も耳学問ですよ」


 僕たちは物資の積み降ろしが終わるまで、しばしの間、他愛もない古典ネタで盛り上がった。

 帆船『ヒヤシンス号』はアンリブール港で生活用品等を売り捌き、代わりに真水と鮭の塩漬けを仕入れた。

 海上では滅多に水を飲めない。もっぱら長持ちする酒類ばかり提供される。

 前世の死因から飲酒を控える自分ジャンとしては、真水の補給は非常に助かる話だ。朝から酒漬けにならずに済む。


 やがて荷役たちが積み降ろしを終えると、ヤコブ航海士は商品の検品に向かった。

 入れ替わるように付き人のジーナが、スカートを摘まみながら駆け足で船に戻ってくる。

 桟橋と船の間に架けられた木板を平気で走り抜けるあたりに、彼女の強気な性格が見てとれた。 

 甲板まで上がってきた彼女は、脇に地図を挟んでいた。


「ジャン様。魔法学校の位置が判明しました。サンローラン川の支流にある中州です」

「港の役人に訊いたのかい?」

「はい。本来は王都で魔法使いの推薦状をもらう時に教わるものだと笑われました」

「ヤコブさんも言っていたね。それ」


 魔法学校の入学希望者には正規の手続きが存在するようだ。

 逆に僕たちはわば受験票を持っていない状態なのだろう。前世の受験だったらゲームオーバーだな。

 当然ここまで来てしまったからには学校に行くつもりだ。今さら大西洋を引き返せるものか。


 ジーナは地図を見つめながら笑みを浮かべる。


「今思えば。あたしら、行き先もよくわからずに新大陸行きの船に乗り込んだんですよね。えへへ」

「実家を出る時は急いでいたから仕方ないよ」

暴虎馮河ぼうこひょうがは若者の至りと言いますけど。今後は計画的に動きましょう。お互いに」

「そうだね」


 甲板が波に揺られる。

 彼女の横顔には反省の色がにじんでいた。

 抜群の記憶力を持ち、それゆえに完璧主義者の傾向がある彼女としては「行き当たりばったり」になりかねない行動は慎みたかったようだ。

 言わずもがな。今ここに僕を連れてきてくれたのは彼女である。

 実家の城館を出るまでの段取りも、低地地方での宿泊先も、帆船の客室も全て彼女が手配してくれた。

 僕の中に反省を求めるつもりは毛頭ない。

 むしろ。


「気に病むことはないよ。大胆に動けるところはジーナの長所だと思う。それに、ドラマの駆け落ちみたいで楽しかったし」

「駆け落ち? あたしとジャン様が?」


 彼女は途端に破顔する。

 別に腹を抱えるほど面白い話ではなかったと思うが。元気づけられたなら幸いだ。


「ワシもおりますぞ!」


 いつの間にか客室からマケル老人も出てきていた。停泊中に船酔いが回復したらしい。

 わざわざ自分ジャン彼女ジーナの間に入るあたり、仲間外れにされたようで寂しかったと見える。

 あるいは僕の母親から何か言い含められている可能性もあるが。まあ。気にしないでおこう。



     × × ×     



 そのまま何事もなく一夜明け、出港した帆船『ヒヤシンス号』は新大陸の内陸部へ針路を取る。

 大西洋からサンローラン川の河口に入っていくルートだ。

 

 大河の両岸には峻険しゅんけんな野山が連なる。

 手つかずの大自然の迫力に、視力の悪いマケル老人ですら吐息をもらした。


「うおお。これが『ヌーベルライム』の大地。何たる光景か。長生きしてきたかいがあったわ!」


 老人は無邪気に笑う。

 アンリブール。ヴィル=ド=ジョワ。ヴィル=ソレル。

 船がサンローラン川を遡上そじょうしていく中、地図にはライム語の地名が続いた。


 前世の歴史をなぞるように、異世界このせかいの新大陸も奥州各国の支配下にある。

 各国は元々この地に住んでいた先住民と友誼を結び、時に追い出し、時に対立し、時に殺し合った末に土地を手に入れ、植民地を形成していた。

 ここサンローラン川の流域は今や『新たなる(ヌーベル)ライム』と呼ばれる。読んで字の如く。ライム王国の植民地だ。


 南方には敵対国・連合王国バストンの植民地政府も存在し、奥州大陸で戦争が起きるたびに植民地同士でも銃口を向け合ってきた。


 魔法学校はそんな両植民地の狭間にあるらしい。


「未来の魔法使い。私掠船の貸しを少しだけ返してやる」

「坊ちゃん、御達者で!」


 船長と航海士の御好意により学校付近の村で降ろしてもらえた僕たちは、そこで地元の内航船ないこうせんに乗り換えた。

 小型の船で支流のソレル川に分け入れば、半日も経たないうちに川面に浮かぶ島が見えてくる。


 それは学校というよりとりでだった。

 木造の城柵に囲まれ、柵の向こう側には二階建ての丸太小屋が軒を連ねている。

 川縁かわべりの桟橋にはマスケットを携えた銃兵が立つ。


 一七九一年・三月四日。

 僕たちは魔法学校に辿りついた。


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