ナスカ王国
ミーシャは自ら負ってしまった傷をポーションで癒し、ハロルドについては近くの森の奥に打ち捨てている。
ポイズナックから逃げる際には、ポーションを飲む時間も惜しく一目散に逃げたために傷も広がっている状態だが、Aランカーが準備しているハイポーションで十分回復する事ができた。
残されている騎士達……あまりの弱さに近接する前に吹き飛ばされて骨折してはいるのだが、致命傷ではなく……その後騒動が収まった頃に他の騎士に発見されて治療されて完治しているので、ドレアに成果を報告する。
「ドレア様、今回は我ら騎士一同の決死の戦いでポイズナックを追い払う事には成功いたしました。しかし、Aランカー二人は期待外れで戦闘にすらならず、あえなく敗北しております」
「そうか。確かにハロルドとの契約は切れた感触があるので、間違いなく死亡しているだろう。であれば、ミーシャも同じ……か」
ベータは騎士の中ではだれよりも早く意識を回復しており、周囲の破壊具合とポイズナックの気配が一切ない事、誰の亡骸もない事から、ポイズナックにAランカー二人は仕留められて連れ去られたと判断して虚偽の報告を行っている。
ある意味賭けの要素があった内容だが、ドレアの回答によって少なくとも間違いなくハロルドは死亡していると判断できるのでミーシャも同じだろうと安堵するが、そうなれば手も足も出なかったポイズナックが未だに生息しており、何時ナスカ王国に再び襲い掛かるかはわからない。
「ですが、再び襲い掛かられてしまうと……我らの捨て身の戦術は学習されているはずです。Sランク魔獣は伊達ではありませんでした。可能であれば、追い払えたこの時間に何かしらの対策を行う事が吉かと存じます」
アルファ、ガンマ、デルタも、誰よりも口の上手いベータから事前に話す内容を聞かされているので、その全てを黙って聞いている。
「なるほど。であればその方達の戦果で得たこの時間で、冒険者Aランカーの不甲斐ない成果の責任を取ってもらうとしようか。ギルドに行って、ナスカ王国だけではない全てのギルドに対して依頼を出せ。“深淵の森”のSランク魔獣討伐だ!」
ベータの思惑通りに、騎士達はありもしない奥の手も最早使用できないという立ち位置で、戦闘に参加する事なく名誉だけを手に入れる事が出来た。
その後に閑散としているギルドに依頼が出され、脅威となっているSランク魔獣であるポイズナックの討伐に騎士やAランカーが失敗した事実が告げられ、大陸全土のギルドに対して依頼が出される事になった。
この行為により、魔獣による恐怖が止めとなって最後まで残っていた冒険者や民達すらもナスカ王国を出国する事になってしまったのだから、取り残されたギルド職員はたまらない。
誰しもが異動を希望するが、地獄に見えるナスカ王国ギルドに異動を希望する特殊な人員がいるわけもなく、代替要員がいないのでこのまま務めるか、退職するかの二択を迫られていた。
恐怖に震えているのはギルド職員だけではなく、王城に勤めている人達、当然騎士も含むのだが、それに加えて彼らの家族も未だ城下町で生活をしている。
今の所は“深淵の森”の異常は一切ないが、何時どうなるかはわからない恐怖と闘いながら、日に日に少なくなっている食料にも不安を覚えつつ生活している。
騎士達はその立場を確保し明確にするためにドレアによって魔法の契約を実行されているので、解除しなければ逃亡する事はできない。
逆にドレアは契約に基づいた報奨を与えなければ契約が無効になるので、この状況であれば必死で契約の履行をする必要があった。
騎士としてはまさかこのような状況になるとは思っておらず、なんとか報奨の未払いによる契約の自動解除を待ち望んでいる状況だ。
「もう私、やめます!」
ギルド職員に対して魔法契約はないので、やめるのは自由。
その後の生活に不安があると言うだけなので、命と比べればどちらが重要かは誰にでもわかる。
一人の受付が退職した事を皮切りに続々と退職を始めてしまった状況であり、ギルド総本部に職員の派遣を依頼しても、誰一人としてこない状況。
「ドレア様。ギルド職員の逃亡が相次いでおります。この国のギルドが機能しなくなってしまえば、大陸に出している“深淵の森”の依頼受注が行えなくなりますが……」
「わかっている。やむを得ないな。アレで行け!」
「承知しました」
今ギルドに残っている職員は二人、幼い頃から身寄りがなく、必死で勉強してギルド職員と言う安定した職業に就く事ができた二人だ。
この世界にはある程度身分、出身、そして知人の力によって得られる職や立場が大きく異なってくるので、そのどれも得ていない二人は、ギルドの職員を辞めてしまうと路頭に迷う可能性が極めて高い事から未だに職員として活動している。
「ねぇ、エルトネ。このギルドに残っているのは私達二人だけ。マスターすら逃げてしまったわ。あなたは今後どうするの?」
「私は……できればこのままギルド職員として働きたいけれど、異動が認められていないから……リトア、貴方も同じでしょう?」
二人の希望は聞かずとも同じで、職員を他の国のギルドで続けたいと言う事だが、それもかなわずに閑散としているギルドの受付で話をしている。
……ギィ……カツ、カツ……
久しぶりに扉があいたと思えば、この国の騎士であるアルファを始めとした騎士数人がギルドに入ってくる。




