リージョ
リージョは豪商と呼ばれる両親、ルイフェとその妻であるリベリアの間に生まれた長男だ。
厳しくも優しい両親と共に、豪商と呼ばれるだけあって何一つ不自由のない暮らしをしていた。
「お母さん、何時生れるのですか?」
「フフ、リージョは気が早いわね。まだ先よ」
優しい微笑で答える母リベリアのお腹は膨れており、リージョは弟か妹ができる事に嬉しさをこらえきれず、毎日同じ質問を繰り返している。
どう見ても幸せな家族だが、リージョは時々屋敷に来る父ルイフェとは年の離れている妹のミューテルと言う女性の来訪は好ましく感じていなかった。
ミューテルの対応をしている部屋からは、自分達家族や使用人には決して怒鳴る事のない父ルイフェの怒鳴り声が聞こえてくるし、言い返しているミューテルの声も聞こえてくるのだ。
かなりの防音設備が整っているのに聞こえてくるのだから、相当な声でなじりあっている事だけはわかるが、内容についてはしっかりと聞き取る事はできない。
今日もミューテルが来ていつも通りに激しい口論が行われたようだが、ちょうど屋敷から出ていくミューテルに出会ってしまったリージョ。
「あら?あんた、まだ生きていたの?フフフ、つかの間の幸せを味わっているといいわよ。そのうち地獄が始まるから」
毒蛇のような視線を向けられて怯えてしまうリージョ。
当時は幼かったので顔は覚えていないが、Aランカーと言われる最強の地位になった今でも、その視線だけは忘れる事ができないリージョだ。
その後暫くはミューテルの訪問が一切なくなり穏やかな日常を取り戻していたので、リージョも活発に動いていた。
「お父さん、お母さん、今日は少し遠くに行ってみても良いですか?」
「どうしたんだ?屋敷の庭ではだめなのかい?」
さすがは豪商と言われるだけあって、屋敷の大きさに比例して庭も相当な大きさであり、何をするにも十分な広さを持っている。
「えっと、僕の弟か妹の為のプレゼントを見に行きたいのです!」
「フフ、リージョは優しいのね。気を付けて行ってらっしゃい!」
こうして当時4歳のリージョは町に出たのだが……これが両親と交わした最後の言葉になるとは思ってもいなかった。
目的の品を購入して屋敷に戻ると、そこには久しぶりに見るミューテルと慌てふためいている使用人たち。
「あら、坊や。あなたは無事だったのね」
底冷えするような声で言われたこの言葉、頭の回転が速いリージョは周囲の喧騒もあって即座に異常事態である事を理解して屋敷に走り込む。
「お父さん、お母さん!」
今朝聞こえていた優しい声が返ってくる事はなく、リージョの必死な声だけがこだましていた。
ひとしきり屋敷中を探しているが、見かねた執事が事情を教えてくれ、リージョが予想していたうちの一つ、攫われてしまった事、そしてその対策をすでに騎士や冒険者に依頼している事を告げられると、一人部屋に籠る。
「坊や。これからどうするの?私も二人が攫われたと聞いて慌てて来たのだけど、まさか本当に攫われているとは思わなかったわ」
そこに入ってきたのは、ミューテル。
「わかりません。何をどうすればよいのか」
頭が良いとは言え、4歳の少年がこの環境の激変に対応できるわけもなく……気が付けば孤児院に送られていた。
もちろん送ったのは闇の奴隷商現幹部であり、現ギルド職員でもあるミューテル。
ミューテルは兄である豪商のルイフェから資金を調達しようと日々交渉しており、その用途をあいまいに説明していたのだが、訝しんだルイフェが調査をしてミューテルの行動を突き止めて厳しく叱責したのだ。
その結果、ミューテルはこのままでは資金は受け取れないと判断して強硬策に出た。
兄であるルイフェとその妻であるリベリア、さらには息子であるリージョを赤の奴隷に落とそうと企んだのだが、興味がなく名前すら知らない息子であるリージョだけは不在で攫う事ができなかった。
しかし夫婦二人は攫う事に成功して屋敷や資産共々奪い取り、その実績から闇の奴隷商幹部に上り詰めた過去がある。
夫婦二人は何とか逃げようとしたのだがそれもかなわず……そのショックでリサがブサ村で生まれたという経緯だ。
リージョはその事実を知らないし、ミューテルの事も冷たい視線以外は何も覚えていないので真実に辿り着く事はなかったが、本当に死ぬ思いで努力を重ねてAランカーにまで上り詰めて、復讐を果たそうと未だに努力を続けている。
ミューテルも資産を奪った後に兄夫婦が死亡したと報告は受けており、リージョの名前すら興味がなかったためにすでにその存在を忘れ去っている。
何の運命か今この時、本当の兄弟であるAランカー二人“白套のリサ”と“無音のリージョ”が共にクロイツを師匠として活動する事になったのだ。




