ナスカ王国のとある一日
「あれ?少し様子が……ちょっと危ないですね。ね?ロロ」
「キャン!」
師匠の地元であるナスカ王国に未だ滞在しているリサは、今日は深淵の森の調査依頼を受けていたので現地に来ているのだが、数日前とは明らかに異なる気配を感じ取っていた。
ギルドとしては、ハロルドの暴走によって深淵の森の入り口付近だけではあるのだが相当荒らされてしまったので、その影響がないかを確認する依頼を出していた。
「これ程の強さ……と言っても敵ではないですが、今迄人里では見た事はありませんね……おそらく、ポイズナックですか」
ギルドの懸念通りに大きな影響が出ている事が確認されたのだが、リサが口にしたポイズナックと呼ばれているこの魔獣はSランクの力を持つ透明になれる蝙蝠の魔獣で、ありとあらゆる異常状態を付与してくる危険な相手だ。
気配遮断や隠密を使用するわけでもなく透明になれるので、高速で動くポイズナックを肉眼で捉える事は難しい。
存在すると思われる周辺を一気に広範囲で攻撃するか、攻撃を受けた時に瞬時に反応して対象を掴むか……何れにしても一筋縄ではいかない相手だ。
普段このレベルの魔獣を人がお目にかかる事はなく相当奥の方で大人しくしていた魔獣なのだが、数日前の騒動を察知して何の気なしにゆっくりと様子を見に移動している中で同族とも言える魔獣の死骸を発見するにつれて興奮状態になりつつある……つまり少々危険な状態だ。
「ですが、あまり余計な事はせずに依頼通りに報告にとどめましょうか。まだ襲ってくる気配はありませんから。それに、いくら師匠の故郷とは言え私があまり手を出しすぎても今後私がいなくなった時に困りますしね」
「キャン!」
こうしてギルドに上がった報告、ポイズナックの存在はその脅威度から王城にも速報告が上がる。
「なに!ポイズナックだと!?」
騎士のベータ、国王として実権を握っている(と思っている)ドレア、いつの間にか同席している第一王女のリーナ、Aランカーのミーシャとハロルドがポイズナックの報告を聞いているなかで、思わず驚愕の声を上げたのは意外にもハロルドだ。
「あら?戦闘狂のあなたにしては珍しいじゃない?クロイツが目撃されたダンジョンも入ってすぐに戻ってきたと言うし、何かに憑つかれたのかしら?」
ミーシャの言う通りに、戦闘狂とよく知られているハロルドが魔獣の名前を聞いて喜びよりも驚きを露わにする事が想像できなかったのだ。
「……俺にも不得意な獲物はあるんだよ」
やはりいつもとは異なって歯切れが悪いハロルドだが、実はハロルド自身が赤の紋章となってしまったのは、このポイズナックの襲来がきっかけだったのだ。
奴隷商によれば同行していた冒険者によって酒に睡眠薬を入れられて、その後集中攻撃を受けて赤の紋章落ちしたとの説明だったが、Aランカーがその程度で紋章を入れられるほど弱る事はない。
その真実は、当時のハロルド一行は冒険者を強制的に引き連れてポイズナックを狩りに来ており、一戦交えてハロルドが毒にやられて勝てないと踏んで撤収している最中に起きた事だった。
ハロルドが普段通りに動けなくなっていたのは酒に混入した睡眠薬ではなくポイズナックにやられたせいなのだが、討伐しに向かった魔獣に返り討ちにあって、そのせいで赤の紋章落ちしたとは口が裂けても言えないハロルドが、酒に睡眠薬を入れられたと奴隷商に説明しただけだ。
この事態を公にしたくない冒険者側も何も言わないし報告もしないので、未だにポイズナックは実力を正確に把握されておらずに、仮のSランク魔獣登録のままだ。
こうした経緯があるので、ハロルドは珍しくポイズナックを苦手としており及び腰なのだが、その姿を見てドレアが不満そうにする。
「ハロルドらしくないな。クロイツが潜んでいる可能性の高いダンジョンも、数分程度しか潜れない……俺が過度に期待しすぎたか」
どう見ても戦闘力は自分よりもはるかに下の存在から見下されたので殺意を抱くハロルドだが、奴隷紋章が反応して激痛を与える。
「てめー……ぐ、ぐぁ~~~~~~!!くっ、はぁ、はぁ……」
苦しみつつも殺意をみなぎらせているハロルドをしり目に、この場にいるベータとミーシャに対して指示を出す。
「調査結果は理解した。ポイズナックを仮登録から外して正式に登録し、冒険者ギルドに討伐依頼を出しておけ」
「ドレア様。あいつらがそのような依頼を受けますか?Sランクと聞いて怯えて逃げていくのが落ちではないでしょうか?」
ベータの疑問にミーシャは口を挟まない。
余計な事を言って自分が駆り出されてはたまらないと思っているのだが、ベータの考えは違う。
なぜか自分達騎士は最強であると、さんざん敗戦しているのにも拘わらずにその自信だけは失う事はなかったのだ。
「……ベータの言う事もわかるが、今ギルドには“白套のリサ”がいるだろう?ポイズナックを仕留める際に無傷とはいかないはずだ。あの戦力が他国に渡ったり、あのクロイツの元に戻られたりしても困る。ちょうど良いとは思わないか?」
「……なるほど。さすがはドレア様です」
ベータはドレアの真意を読み解き、不穏な笑みを浮かべていた。




