受付のミューテル
「はぁ~、今回も失敗……全く、なんてイレギュラーなのかしら。ここまで上手く行かない事なんて、ちょっと記憶にないわよ」
既に人もいなくなっている真夜中のギルドの受付に座っているミューテルは、少々機嫌が悪そうだ。
彼女は長くクロイツとリサの受付を担当している金目金髪の女性であり、日中の業務時間とは様子が異なっている。
「で、どうなの?居場所は分かった?」
「いいえ、一切の痕跡がありません。リサの方はある程度の場所は把握できておりますが、不用意に近接すると対処できなくなる可能性があるので、これ以上の情報はなく詳細はご報告できません。ですが、積極的に組織の情報を得ている様子はなく、ひたすら依頼をこなしているような状況だと報告を受けております」
真っ暗なギルドの受付側の奥で、黒装束に身を包んだ男が口を開くが、ミューテルは受付のいつもの椅子に座りつつも不満そうな表情になる。
「確かにアレは化け物よ。Sランクの魔獣の調査と言う体で始末できるかと思ったら、ようやく見つけたSランク魔獣をあっという間に始末してきちゃうんだから、困ったわよね」
「御意に」
落ち着いて考えた時にクロイツはこのミューテルの依頼の出し方を訝しんだが、その感覚は正解で、ミューテルはギルドに潜り込んで冒険者の為を思って活動している風を装っている闇の奴隷商幹部の一人であり、クロイツとリサが組織の敵であると認識している。
その為に組織の力を使って二人の情報収集をしようとしていたのだが、居住地を探ろうと後を追わせれば撒かれるし、クロイツとリサが脅威となり得ると判断して情報を回せば、いつの間にか奴隷保管場所の村が一つ潰されており、国家に入り込んでいる組織の人間である騎士も行方不明になっている。
どう考えてもクロイツとリサが何かしたのは明らかだが、組織の力を使っても、受付として彼らの素行を調査しても、二人がいた位置からは襲撃不可能な距離であったりする。
このような不思議な状況ではあるが、ミュラを始めとした騎士の対応や、村の壊滅を行える人物は他には思い当たらなかった結果、最も危険な人物として組織に周知されている。
今迄起こり得なかった組織の被害が起きてしまった為に暫くは新たな奴隷の入手は行えず、何故か市場からもどんどん赤の紋章を持っている奴隷が消えており、その行方も分かっていない。
市場から赤の紋章が消えている事に対しては組織の力とギルドの力で情報を得ており、クロイツやリサが正規の奴隷商に登録されている中で、赤の紋章を持っている者だけを買い漁っている事が判明している。
当然購入後に尾行を付けるがその全てが失敗しており、いつの間にか全員消え去り、やがてシレッとクロイツやリサだけが城下町に戻っているのだ。
「せっかく各自が単独で動くようになったと言うのに……クロイツがあれだけの強さであれば、弟子のリサも相当のはずよね?無暗に攻撃を仕掛けては壊滅するのはこっち。本当、忌々しいわね」
クロイツが既に弟子に手を出すなと公にキツク釘を刺した事は知っているミューテル。
以前あまりにも素行が悪いブサ村を切るついでにクロイツ達に売ってまで疑いの目がかからないようにしたのに、いまだに二人を消せずにいる事に少々苛立っており、普段は誰にも見せないような冷徹な表情をしながら紫煙を燻らせている。
仮にここでリサを組織が個別攻撃した場合、リサの腕も相当なはずで組織もかなりのダメージを受ける事は間違いない。
その上で組織側が勝利してリサを始末できたとしても、クロイツは何が有ろうと、どのような手を使おうと、組織を壊滅させるだろうと言う事は分かっている。
最悪は、この大陸中を破壊しかねない程の凄みが有ったと報告を受けているのだ。
その為に、最初に最大の脅威であるクロイツを単騎で動いている内に始末しようとSランクの魔獣を嗾けたのだが、依頼達成時間から考えるに正に瞬殺だったのだろう。
そうなると組織とは言え普通の戦闘では歯が立たない事になる。
「これじゃあ、商売にならないわ。どうしましょうか……」
戦力では完全に不利……となれば、組織としての活動に活路を見出す事になるのだが、その組織の情報網を持ってしても、クロイツの情報、リサの詳細情報、赤の紋章を持っている人物達の行方が分からない。
正に八方ふさがりの状況になってしまったのだ。
「本当、何も手が無いわね。暫くは大人しくする事は当然だけど、もっと強い魔獣の情報とか、何か使えそうな手があれば情報を上げてちょうだい?」
「御意」
黒尽くめの男の返事を聞くと、ミューテルはヒラヒラと手を振って席を立つ……と同時に、男はこの場から消える。
「本当、どうしてくれようかしら、クロイツにリサ」
あの二人が赤の紋章を持っている奴隷達を買い漁っている事までは知っているが、その行方は一切わからないが、今迄彼らの受付を担当してきた身分としては二人の性格からどこかに連れ去って良いように使っているとは思えなかったのだ。
少しでも自分達と同じく、赤の紋章持ちに対して金儲けとして考えられる素養が見られれば取り込む事も考えていたミューテルだが、二人の様子を隈なく観察して、それは不可能だと悟っていた。
「暫くは潜るしかないわね。でも……いつまでもこのままではいられない。本当に邪魔な二人。慎重に次の手を考えなくては」
逆恨みも甚だしいが、恨みのこもった声で呟きながら誰一人としていなくなっているギルドを後にする。




