とある奴隷の開放(2)
……ガラガラガラ……
その音が近づくと、それほど能力の高くない人物であろう門番も馬車が近づいてくる事に気が付き、クロイツとの会話を半ば強引に切り上げようとする。
「そう言えば、今日は年に数回の帝都からの定例訪問日でした。お二人には申し訳ありませんが私達には業務がありますので、これで失礼しますよ」
既に馬車は門番の視界にも入る程に近接している。
「あん?どっかで見た事……あっ!」
「??どうしたのですか、師匠??」
ぶつぶつ言った後に、何か閃いたような事を言うクロイツに対して不思議そうな顔をするリサ。
その間に門の前で馬車が止まり、手綱を握っているどこをどう見ても騎士である男がクロイツとリサを怪訝そうに見ながらも降りてくる。
「あぁ、すまねーな。俺が故郷から出て始めてで会った人物を思い出したところだ。おい、オッサン!」
リサに本当に軽く状況を説明しながらも、最早目の前の騎士や門番は敵である事は確実なので、言葉を取り繕う事はしていないクロイツ。
「オッサン……だと?」
当然騎士は突然投げられた不躾な言葉に不機嫌さを隠さない。
「おう、そうだ。お前は覚えていないかもしれねーが、俺はお前をよく覚えている。リベラ王国に続く街道で狐の魔獣に襲われていた所を助けたからな。騎士のミュラ!」
クロイツがナスカ王国を見切って出国し、最初に出会った人物がミュラだ。
馬車も纏めて狐の魔獣に襲われている所を救出したのだが、馬車の中に複数の怯えている女性の気配を感じていたクロイツとしては、そこで金髪縦ロールと出会えると喜んでいた所、一言お礼を言うとあっという間に消え去っていた一行だ。
当時は魔獣に襲われて怯える高貴な女性とお付きの女性と思っていたのだが、真相を知った今は、奴隷の運搬中だったのだろうと言う事が分かる。
正しく名前を言い当てられ、当時の状況を必死で思い出そうとしているミュラ。
「あ!あの時の!!」
どうやら、正しく思い出す事が出来たらしい。
「や、思い出しましたよ、冒険者殿。あの時は急いでおりまして碌にお礼も出来ずに申し訳ありませんでした。それで、冒険者殿は何故このような辺鄙な所に?」
「さっきも門番に伝えたんだが、流れ着いた結果だな。適当に活動していたらここに来た。あんたはどうなんだ?」
これで少々会話ができるために、少しでも情報を得ようと会話を続けることにしたクロイツ。
後ろで白い外套を羽織ってフードで顔を隠しているリサは、腰につけている短剣にその手をかけているままだ。
「この村は辺鄙な所にありますから、帝都より物資の供給を定期的に行っていたのです。ですが最近は少々事情がありまして、訪問が禁止されておりました。急遽短い期間ですがその規制が一時的に解消される事になり、その隙にと、何とかここまで来た次第です」
このミュラと言う男の言葉の中身を言いかえると、
“帝都で捌く奴隷を引き取りたかったが、何らかの事情で本部から往来を禁止されていた。その禁止理由が一時的に解除された為、その隙にこの村に保管している奴隷を取りに来た”となる。
クロイツとリサも正しい中身を把握しているが、まさか帝国の騎士までが闇の奴隷商の一員であるとは……と思っており、この時クロイツは流石に元自分の弟妹はそこまでではないはずで、そう考えると恵まれた環境だったのか?と変な方向に意識が向いていた。
「……そんなわけで非常に心苦しいのですが、今回もあまり我らに時間が残されていないのです。お礼はゼリア帝国に来ていただいた際、王都で私を訪ねて頂いた時で宜しいでしょうか?私の名前を出していただければ最上級のおもてなしを保証させて頂きます。是非ともお気軽にお越しいただければ……」
事情はなんだか分からないが相当急いでいる事は雰囲気からもうかがえるのだが、クロイツにとっては知った事ではなかった。
「いや、ダメだな。テメーみてーな奴が騎士をしているような国に気軽に行ける訳がねーだろ?俺も猫を被っちゃいたが、テメー等はそれ以上だな」
「……何を言っているのですかな?」
途端に剣呑な雰囲気に早変わりするミュラ。
同行していたミュラの騎士仲間も視線鋭くクロイツを睨みつけるが、クロイツを怯えさせる事はできない。
「だから言ってんだろ?テメーの、テメー等の耳は飾りか?非合法な人身売買を率先してやっているような騎士がいる国に、気軽になんて行けねーんだよ!」
クロイツのこの言葉に対して言葉ではなく、切りかかる事で返事をしてきたミュラと騎士達。
同時に門番は村の方向に向かって走り始めるのだが、突然意識を失って倒れた。
以前クロイツから教わった通りにリサが一気に移動して、手刀を門番の男の首に打ち込んで気絶させたのだ。
一方ミュラ含む四人の騎士から一斉に攻撃を受けたクロイツだが、その全ての攻撃を軽く躱して少々距離を取っていた。




