メバリアとベナマス(5)
賃貸料を納付した証明書を提示されては真面な反論する術を持たないベナマス国王だが、このままでは正当な賃貸料すら得られないので食い下がる。
「そんな偶然があってたまるか。どう考えてもこの契約の一文を利用して正当な賃借料を踏み倒そうとした悪辣な行為に他ならないだろうが!大国として名を馳せているゼリア帝国宰相ともあろう者が恥を知れ!」
「全く、言うに事欠いて何を言っているのですかな?恥を知るのは貴方でしょう?そもそも、そちらが真っ当な請求書を持ってくれば良いだけの話ではないですか?事実、まぁ、証明する手段はありませんが訪問当日には契約書の控えも、納付証明も全く無かったのですからな」
「し、しかし」
「しかしも案山子もありませんな。貴殿はこうも言っていましたな。契約を守るのは当然だ……と。なるほど、至極真っ当で感心、そして共感できる言葉です。では、実践して頂きましょう」
「き、貴様!」
もう後がないベナマスは力技に出るほかないと判断して、殺気を飛ばして立ち上がると……背後にいるお供の者達も即座に攻撃態勢に入る。
「無礼な態度をとりおって。余の行動に下民がケチをつけるとは良い根性だ。もうまどろっこしい事は止めて、直接貴様らを始末した上でナスカ王国を牛耳ってやる。その後はあのちんけなシス連合国とか言う場所も飲み込んで、最後は貴様の祖国、ゼリア帝国だ。あの世で祖国が滅ぼされる様を見ているんだな」
「はぁ~、本当に何と言うか、予想から全く外れない行動をしてくれますね。愚王の極みと言いますか、短慮と言いますか……これが隣国とは頭が痛い限りです。シス連合国の他の国の方々は非常に友好的だと報告を受けているのですがね」
この期に及んでもメバリアやアントニアの表情には余裕が溢れており、アントニアは文官で武力はほとんどないと言っても良い立場なのだが、更にベナマスを煽っていた。
「キャン」
「な、なぜ突然狼が?まさかこやつ!“白套のリサ”と同行している魔獣か!貴様、それが貴様の余裕の根拠か?」
ベナマス国王を始めとしてこの大陸の誰もがSSランカーの事は知っており、当然リサが白い狼のような魔獣と共に活動していると言う話も知られているので、そこからこの場に“白套のリサ”が潜んでいると判断して全員が警戒態勢をとっているのだが……
「残念でした!これは私の護衛だ。これ一体でお前等が全員束になっても手も足も出ない程の魔獣。何と言ってもポイズナックを従えているダンジョン深層の魔獣だからな。その証拠に、ホレ」
到底Sランクで有名なポイズナックを仕留められそうには見えない魔獣だが、メバリアの一声で最もメバリア達から離れている男が突然前のめりに倒れ込んだ。
……ドサ……
「誰も攻撃が見えなかっただろう?ま、私もだがな。この攻撃が見えるのは、クロイツ殿、リージョ殿、リサ殿くらいだろうな。なぁ?リージョ殿?」
ベナマスはメバリアの取り繕う事が無くなった声を聞いて一層周囲を警戒するのだが、全く察知する事の出来なかった存在に気が付く。
「き、貴様……“黒套のリージョ”いつの間にここに来た!」
「下賤な存在に名前を呼ばれても嬉しくありませんね。それに、私は初めからここにいましたよ」
どう見てもSSランカー本人であることは間違いないので、奇跡が起きようが絶対に勝てない事は理解したベナマス。
「クッ……クソが!お前等行くぞ!」
「あぁ、ちょっとお待ちいただけますかね?貴方が持っている契約書の原本、もう不要でしょう?余計な軋轢を防ぐために今ここで破棄して頂きましょうか」
逃げるように帰ろうとしているベナマス一行を止めたアントニアは、憂いが無いように契約書自体を破棄させる事にしたのだ。
本来はそこまでする必要も無く、また要求に従う必要もないのだが……“黒套のリージョ”の存在をここまで至近距離で感じてしまっては武闘派を自認している国家であったとしても抗う術は持っていなかった。
黙って懐から原本を取り出すベナマスと、それを受け取って本物かを確認しているアントニア。
「大丈夫ですね。ではこれは不要ですので……」
……ビリビリビリ……
目の前で破り捨てられた契約書を見ると、ベナマス一行は黙って部屋を後にして出国して行った。
「ふ~、今回は相手がバカで助かりましたね。ですがリージョ殿。クロイツ殿に他に同じような契約や負の遺産が残っていないかの確認をお願いしてください」
「わかりました、アントニアさん」
その後にリージョから連絡を受けたクロイツは、深層に向かってリーナとドレア、そしてアルファやベータにも確認したのだが、今回の賃貸契約以外には負の遺産は無い事を確認する事が出来、それを聞いたメバリアは大きく安堵の息を吐いていた。
「今回はお疲れ様です、メバリアさん。師匠も恐縮していました」
「ん?いや、またクロイツ殿の力を借りてしまった所が情けないと思っているんだ、リージョ殿。早く一国の主として己の力で立ち向かえるようにならなくてはな」
立場が変わっても行動や理念が変わらないメバリアに対して尊敬なのかわからない不思議な感情を持っているリージョは、優しく微笑んだ後にこの場を後にした。




