ミーシャと赤の紋章の今後
正直、Aランカーのミーシャは初めての敗北から少しおかしくなっていた。
絶対の捕食者の立場から、全く手も足も出ない状態で捕食される側の気分を味わったのだから当然の結果だろう。
何とか取り繕って新国王として活動している、自分も顔見知りの元ゼリア帝国帝都のギルドマスターであるメバリアが治めるナスカ王国の専属契約継続を主張しに行ったのだが、何故かそこにはクロイツやリージョがおり、迷う事無く申し出を断られたのだ。
簡単には心が制御できなくなっているミーシャは、勝手に逆恨みし、その対象をメバリアに向けていた。
公衆の面前で無残にも爆死するのが相応の報いだと思い、大金を払って汚れ仕事をする数人に爆発物を手渡し、祝砲と共にメバリアに向かって投げるように指示を出していた。
状況的に間違いなく巻き添えを食う他国の王族などミーシャの知った事ではないのだが、その目論見はリサの見事な対応によって簡単に崩れ去った。
「これ以上この作業員を増やしてもな~、あの階層の面々はやがては減らすつもりなんだが……」
クロイツが少々愚痴を零しているのは、ミュラ達が必死でノルマを達成すべく作業している基本的には薄暗い階層に新たなメンバーが加わったからだ。
そのメンバーは今回の首謀者であるミーシャを始め実行犯の数人。
クロイツの予想ではこの場でミーシャが食って掛かってくるかと多少身構えていたのだが、監視用のポイズナックを見た瞬間に一言も話さずに視線も下に向けたまま微動だにしなくなってしまったのだ。
「まっ、今更言っても仕方がねーな。おいミュラ、何時の通りに説明頼んだぜ」
全てをミュラに押し付けてこの場から消えたクロイツは、いつもの崖の上ではなく町に降り立っていた。
「クロイツ様、どうされましたか?」
すかさず一人が駆け寄ってきたので、特段急いではいないが夕方に全員集合してもらいたい旨伝えると再び転移してもらいこの場から消える。
その後、リサとリージョに改めて自分の考えを説明の上、共に同席してもらう事にした。
弟子であり信頼できる仲間がいれば心強いと思っていたのだが、その真意は口に出さないクロイツと、頼られた事を理解して嬉しそうなリサとリージョだ。
「で、今日は他でもねーんだが……」
夕食が並べられている大きな草原に設置された机に集まっているこの階層と一つ上の階層の者達は、クロイツからの招集と言う事もあって全員がこの場に集まっていた。
「その……な?ナスカ王国を始めとした各国家も安定して、赤の紋章をつけていたふざけた組織も叩き潰した。でな?今後の生活だが……もちろん希望者はこの場に残ってもらって構わねーんだが、やっぱり閉塞した状況での生活になるのは否定できね~だろ?例えば、子供が生まれりゃー、広い視野を持つ必要があると思うんだ。だからよ?安全は保障する事は絶対条件だが、元の場所とまではいかねーが、外界と遮断されていねー国家への移住も検討する必要があるんじゃねーかなと思ってよ?」
随分と遠回しな言い方になってしまっているのだが、実際に赤の紋章を受けて非情な行いをされてきた人々の痛みを全て理解できるわけもないクロイツが、最大限配慮して言葉を紡いだ結果だ。
クロイツの言葉を聞いたこの町の住民達の反応……表情は様々だ。
やはり不安そうな表情の者が大多数を占めているのだが、一部少数の者達は考え込むようなしぐさを見せている。
「まっ。ゆっくり考えてくれれば良いぜ?焦る必要はね~よ。時間はいくらでもあるからな。幸せに暮らせると思った方を選んでくれりゃーそれで良い。まっ、少し重たい話になっちまったが、この話はとりあえずここまでだ。こっから先は、楽しく行こうぜ!」
一拍遅れて、この場を盛り上げるべく住民達が騒ぎ出して全員で楽しい一時を過ごした後、三人はいつのも崖の上に移動する。
「は~、説明が難しいぜ。俺の言わんとした所、伝わってくれりゃー良いがな。余計なプレッシャーになっちまったかな?」
「大丈夫ですよ、師匠。ですが、やはり相当外に行くのは不安がありそうな表情をしていましたね」
「私もそう思いました。お兄ちゃんや私が見える形で護衛すれば安心してもらえるかもしれませんが……狼の魔獣もこの場所ではその力を見せていませんから、一緒に行くと言ってもまだ不安が残るのかもしれませんね」
ポチが手配している各人につけている狼の魔獣は、荒んだ心を癒すマスコット的な存在と言う立場だけに成り下がっており、本来はAランカーである“血飛沫のミーシャ”程度は瞬殺できるほどの力を持っているのだが、その実力を目の当たりにした事が無い、そもそもそのような状況に陥らないこのダンジョン内部の町では、強さを認識する事が出来なかった。
更に残念な事がもう一つあり、その狼の魔獣は召喚個体数に制限がある事が分かっており、実は全住民に一体つける事はできない状況になっていたのだが、先住の人々がこの場所は安全だと言い聞かせて共に行動する事、更には狼の魔獣を共に可愛がっている状況になっている事から今の所は大きな問題は出ていない。
「しかしリサ、仮に皆さんが危険な状況と少しでも感じてしまった時点で、この住民達は長い間委縮してしまう可能性もありますよ?」
「確かにリージョの言う通りかもしれねーな。もう少し色々対策を考えてその上で説明した方が良かったか……」
「難しいですね、師匠。私はブサ村から救い出していただいて力もつけて頂いたので、今更委縮する事は無いですが……」
結局結論は出ないが、三人の共通した認識はこの町の住民、赤の紋章を持ってしまった人々にも幸せに生活をしてもらいたいと言う思いに尽きていた。




