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北斗七星のかくしごと  作者: 片山絢森


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第12話 北斗さんのかくしごと

「え……?」


 一瞬、時が止まった。

 何を言われたのか、理解できなかった。

 呆然とした綾乃に、陽人さんが言葉を続ける。


「ほら、面影があるでしょう? 笑った顔は昔のままだ。背丈がずいぶん伸びたから、小学校の知り合いは驚くでしょうが」

「上条くん……この人が?」

「着ているのは高校の制服です。せっかく大人びた制服なのに、いつまでも子供っぽくて。この日も親戚の集まりなのに、制服を水浸しにしたんですよ」


 よく見ると、その服装にも見覚えがある。

 あの時はスーツだと思ったけれど、今見れば制服のブレザーだ。

 モスグリーンに細い金の縁取り、同色のネクタイはあの日のものだ。真っ白なシャツの色がまぶしい。

 震える手をそのままに、「北斗さん」の姿を見る。


 あの時は二十歳前後だと思ったけれど、こうして見るともっと若い。大人になった自分よりも、何歳か年下に見える。

 そういえば、あの時も「上条くんによく似ている」と思ったはずだ。

 でも、あれは、お兄さんだと思っていたからであって、決してそれ以上の理由はなかった。


 画面の中の北斗さんは、無邪気な顔で笑っている。

 楽しげな笑顔が、最後に見た表情と重なった。


(一体、何が……)


 あの日の出来事を思い出そうとしたが、よく分からない。

 ただ、漠然とした不安と疑問が入り混じっていて、妙な焦燥感がちらついた。


 どういう事だろう。

 いったい何が起こっているの?

 訳が分からなくて、頭の中がパニックだった。


「……教えてください。上条くんが事故に遭ったのは、()()ですか?」

「え?」

「お願いします。教えてください」


 綾乃の様子に、ただならぬものを感じたのだろう。

 陽人さんはすぐに教えてくれた。


「今から五年前、高校三年生の時です」

「高校、三年生……」


 綾乃が彼に会ったのは、今から十二年前だ。

 小学五年生の自分と、高校三年生の彼が、十年以上も前に会っていた。

 時間も、年齢も超えて、あの日、過去で再会していた。


 どうやって? なぜ。一体何が――。


「……村本さん?」

「大丈夫です。ごめんなさい」


 何か言おうとして、口をつぐむ。

 彼に言いたかったけれど、言えなかった。

 どう説明していいか分からなかったし、信じてもらえる気がしない。

 そもそも、何かの勘違いという可能性もあるのだ。そう思ったら、言葉が出なかった。


「……この画像、よかったらもらえませんか?」

「もちろんです。他のも送って差し上げますよ。お役に立てますか?」

「多分……そう思います」


 すぐに陽人さんは画像を転送してくれた。

 手元の携帯が震え、受信したのを伝えてくる。

 冷たい指先はかじかんでいたが、両手で大切に包み込んだ。


「僕が会いに来たのは、ご迷惑になったでしょうか」

「いいえ」


 綾乃はきっぱりと首を振った。


「お会いできてよかったです。……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「以前、人に教えてもらった本なんですが。上条くんが好きだったかどうか知りたくて」

「なんという本ですか?」


 綾乃は北斗さんに教えてもらった本の題名を告げた。

 大人になったらという約束だったので、今まで調べてみた事はない。

 高校の卒業式、成人式、大学の卒業式。

 節目になる出来事はいくつかあったが、そのたびにもう少し、あと少しと思ってしまい、今まで先延ばしにしていたのだ。


 それを読んでしまったら北斗さんとのつながりが切れてしまうようで寂しかったし、長い約束が終わってしまう気がして、嫌だったのだ。


 答えた綾乃に、陽人さんはああ、と言った。


「隼人の一番気に入っていた本ですね。僕も読みましたよ。面白かったです」

「そう……ですか」


 そういえば、と彼が笑う。


「ネタバレになってしまうので話せませんが、ひとつだけ。物語に出てくるヒロインは、村本さんに似ていましたよ」

「――――」

「よかったら読んでみてください。隼人もきっと、喜ぶでしょう」


 微笑む目元は、上条くんによく似ていた。

 二人はやっぱり兄弟で、血のつながった身内なのだ。

 帰りの電車があるというので、陽人さんとはここで別れる事になった。


「今日はありがとうございました。よかったら、家までお送りしましょうか」

「いえ、ここで大丈夫です」


 お礼を言うと、陽人さんはすんなりと引き下がった。

 何かあったら連絡してくれと言われ、連絡先も交換する。お守りみたいなものだろうが、今は上条くんとつながる人がひとりでもいた方がいい。


 ひとりになって、綾乃も家への道を歩き出した。

 途中、よく立ち寄る書店に寄り、目的の本を買い求める。

 数年前に発売されたもののため、さすがに平台にはなかったけれど、一冊だけ棚差しされていた。


 店を出ると、忘れていた寒さが頬を撫でた。


 会場が学校の先だった事もあり、昔から馴染みのある道だ。ちょっと考え、遠回りして帰る事にした。

 あの時は北斗さんと一緒に帰った通学路。

 今は通勤路だけれど、あちこちに昔の名残がある。


 コスモス、りんどう、クレマチス。金木犀の花も咲いている。秋の名残を惜しむように、季節が変わっても咲き続ける。

 幼いころは見るだけだったのを、ある日思い立って花の辞典を借り、ひとつひとつ確かめた。だから、今でもご近所の花ならお馴染みだ。


 星の名前もそのひとつだ。


 前から星は好きだったけれど、北斗さんに出会ってから、星座にも興味を持つようになった。代表的な星座ならそらで言える。

 ペガスス、くじら座、アンドロメダ。降るような星の下を綾乃は歩いた。


「ただいま」


 家に着き、お風呂もそこそこに部屋にこもる。

 生乾きの髪をタオルで拭い、急いでベッドに潜り込む。

 ベッド脇のスタンドを点け、待ちかねたように本を開いた。


 ――『明日、10年前の君に出会う』。


 陽人さんに勧められたのは、上条くんが好きな本だった。

 あの日、何を言われたのか思い出す。

 北斗さんの好きな本も教えてくださいと言った綾乃に、彼は教えてくれたのだ。


 ――「隼人と同じだよ」と。


 同じ本が好きだから、内緒にしておいてくれと言った。

 あの時は単に、弟に対しての決まり悪さだと思っていたが、今思えば違うのだろう。

 あの時点ではまだ、本は発売されていなかった。

 存在しない本の事を知っているのはおかしい。

 それができるのは、その本を知っている人間だけだ。


 その場を取り繕うなら、適当なタイトルを言えばよかったし、ないと言ってもよかったはずだ。

 それなのに、本当に好きな本を教えてくれた。


 ――やっぱり、上条くんは上条くんだ。


 そんな事を思いながら、大切に本のページをめくる。

 読み始めてすぐ、綾乃は目を見張った。


「……え?」


 北斗。


 その本に出てくる主人公の名前は、北斗といった。

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