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北斗七星のかくしごと  作者: 片山絢森


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第10話 ささやかな違和感

 強い力に、綾乃の肩が小さく跳ねた。


 一瞬どきりとしたのは、それが上条くんのような気がしたからだ。

 だがもちろんそんなはずはなく、振り向くと、先ほど上条くんの事を教えてくれた同級生が立っていた。


「ごめん……急に。でも、いきなり、連絡が入って」

 彼は息を切らしながら、「ちょっとごめん」と後ろを向いた。


「この人です。……間に合ってよかった」

 綾乃が目を瞬くと、彼の後ろにいた男性が頭を下げた。


 長身の、やさしげな顔をした男の人だ。目元が少し上条くんに似ている。

 年齢は三十歳ほどだろうか。顔が飛び切り整っているのを除けば、どちらかといえば地味な、穏やかそうな印象だ。今は少し緊張したように、綾乃の事を見つめている。

 彼は深々と礼をして、「上条隼人の兄です」と告げた。


「すみません、突然。今日ここで同窓会があると聞いたので、無理を言ってお邪魔しました。ご迷惑だとは思いますが、少しお時間をいただけないでしょうか」

「上条くんの……お兄さん、ですか?」


 思いがけない言葉に、綾乃は軽く混乱した。

 上条くんのお兄さんは、北斗さんだったはずだ。

 けれど、すぐに思い出す。


 上条くんのお兄さんは二人いた。つまり、彼はもうひとりの兄なのだ。

 確かめるように顔を見ると、彼は小さく頷いた。


「はい、そうです。隼人とは年齢が離れているので、共通の知り合いは多くありませんが。あなたのお名前は聞いています。今日はどうしてもお会いしたくて」

「私に……ですか?」

「ええ。初めまして」


 そう言って彼は綾乃に手を差し出した。反射的に握手する。

 上条くんのお兄さんの手はひんやりして、あの時の北斗さんを思い出した。

「少し、隼人の話をさせてもらってもいいですか」


 目くばせすると、同級生は察したように「俺はこれで」と立ち去って行く。慌てて綾乃が礼を言うと、ちょっと笑って手を振った。

 お兄さんに向き直ると、彼はわずかにためらった。


「突然で驚かれたでしょうね。申し訳ない」

「いえそんな、あの」

「隼人からあなたの話を聞いたのは、転校してからのことです。いつも読んでいる本があったので、どうしてなのか聞きました。そうしたら、好きな子と話した本だからと」


 正確に言うと、とぼけようとして口をすべらせたのだ。まだ小学生の彼の事、口を割らせるのは簡単だった。

 あんなに真っ赤になった隼人の顔を見るのは初めてだったと言われ、綾乃まで恥ずかしくなってしまった。


「元は僕の本だったので、あげたんですよ。隼人はずいぶん喜んでいました。僕も微笑ましく思っていましたが、同時に不憫だとも思ってしまって」

 うちの事情はお聞きになりましたか、と尋ねられる。綾乃は小さく頷いた。


「あの……お父さんの、お仕事の都合、だと」

「友人の保証人になったせいで、地元にいられなくなりましてね。幸い、親戚を頼っていった先に仕事があって。生活はなんとかなりましたが、家族全員、それなりに苦労したと思います。僕はひとり暮らしをしていたんですが、一度戻ることになって。あのころは本当に忙しかった」

「そうですか……」


 それ以外に言える事などなく、綾乃はどうしようとうつむいた。

 もっと気の利いた事が言いたいのに、呆れるほど進歩がない。これでは小学生のころと同じだ。

 だが、そんな心情などお見通しだったらしい。「気にしないでください」と苦笑された。


「今は借金も返して、無事に暮らしています。さすがに両親とも戻る気はないようですが、たまには遊びに行きたいと、笑って言えるようになりました」

「そうなんですか」

 ほっと息をつくと、彼は微笑んだまま頷いた。


「家族がそろったことも、心強かったんでしょうね。僕は早くに家を出ていたので、隼人にとってはなじみの薄いお兄ちゃんでしたが。すぐになついてくれて、色々な話をしました」


 綾乃の話が出たのもその一環らしい。

 好きな本やサッカーの話、学校の事、将来の夢。

 両親には照れくさくて話せなくても、年の離れた兄には話しやすかったようだ。兄にとっても久々に再会した小学生の弟は可愛かったらしく、二人は仲の良い兄弟だった。


 お兄さんの口から語られる上条くんの話は、生き生きして新鮮だった。

 そこでふと、「家族全員」という言葉を思い出した。


「じゃあ、北斗さんもいたんですね」


 上条くんのお兄さんは二人。目の前の彼と北斗さんだ。

 どちらもすごくモテていて、女の子からの人気は絶大だったとか。二人を見れば分かる。確かにこれは人気者だ。


 どちらが伝説級で、どちらが伝説の後でも騒がれるくらいだったのかは分からないけれど――。


 尋ねた綾乃に、お兄さんは首をかしげた。

 そして言う。


「誰のことですか?」

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