33. 距離
課外授業からもうすぐ2ヶ月。同じ班だったみんなとは、その後も交流が続いている。
オリヴィアを見つけたグスタフが、ガバリと頭を下げて謝罪して来たのには本当に驚いた。彼には失礼だけど、ちょっと別人かと思ってしまったくらいに。
『もうしないでくださいね?』と、伝えると、『もう絶対しない。だから、お前ももう危ない真似は辞めてくれ。』と言われてしまった。
——自分のせいで誰かが死んだかも知れない。
そんな状況になったらとても気に病んでしまうと思う。グスタフもそうだったのだろう。彼は根っからの悪人じゃないのだから…悪いことしちゃったなと思った。当の本人には『ヴィア、お前お人好し過ぎるだろ…もっと怒って気が済むまで殴るなりしてくれた方がよっぽど気が楽だ…』と言われてしまったけれど。
そんなこんなで、無事にグスタフとは仲直り?出来たのだけれども…。彼は貴族ファーストで有名なザイーツ伯爵の御令息だから表立って仲良くしづらい。さらに、リーデも侯爵令嬢な上に『ゾエの精霊』の契約者としても超有名人だ。
身分も育った環境もバラバラの6人。けれど、あの事件の後気兼ねなく話せるようになった仲間。秘密のテラスにDクラスメンバーが集まり、Aクラスの2人が時々やって来る形でよく集まっていた。
テラスがあるのは学院の端にある研究用の植物園の一角。温室の中の小さなテラスは、研修者たちが休憩に使えるよう作られたらしい。
植物系の希少属性のユディが、調査の時に知り合った研究員の人に教えてもらった場所で、滅多に使わないからと使用許可を貰えた。他の生徒も来ないからここなら安心!と、オリヴィアたちの隠れ家になっている。
今日もお昼休みにそこへ行くとアレシュが先に着いていた。
「エヴァは?」
「先生に教材運ぶの頼まれたって。手伝いに行っちゃった。」
「1人で?」
「先に行っといてって。」
「ふーん、そうなんだー。」
少し不思議そうに首をかしげるアレシュ。以前はどちらが頼まれても一緒に運ぶことが多かった。アレシュもそれを知っている。
「そういえばユディは?」
「なんか買ってからくるって。」
「そっか。リーデちゃんと、グスタフ君は今日演習だっけ?」
「うん、だから来ないんじゃないかなー?」
持ち込んだケトルに水魔法で水を満たし、アレシュが火を付ける。テーブルに肘をついて、ぼーっと温室の植物を眺めながらお湯が沸くのを待つ…
*****
あの日、目が覚めたオリヴィアはエヴァの腕の中にいた。しっかりと身体の上に乗っかっていたことに慌てて…。すぐに起き上がって謝ったけれど、彼女は意識を失っていて、身体を揺すっても反応がなかった。
彼女の様子は変だった。演習用の制服はあちこち破れていて、特に背中はズタボロ。なのに身体には傷一つなくて。そんなよくわからない状況に困り果てていると、班のみんなが助けに来てくれて。
エヴァが目を覚ましたら、いつも通りの日常に戻るって、当たり前に思っていた——
エヴァは医務室に運ばれた後、少しすると意識を取り戻した。けれど目覚めてからの彼女は、少しずつオリヴィアと距離を取り始めた。いつもなら、大丈夫だと言ってもペタペタ触って無事を確認してくる。なのに、目覚めた彼女は『痛い所はない?』と聞くだけ。
危ないことや不安なことがあった日は、不安を埋めるように一緒に眠るのに、あの日は『まだ疲れてるはずだから、広いベッドで寝ないとだめよ。』と言って別々に寝た…
初めは気のせいかな?とも思っていた。治療を受けたり事情聴取を受けたり、お互いに慌ただしくしていてそのままになっていた…
慌ただしかったのはオリヴィアが気絶していた間に起こった出来事のせい。なんとエヴァは、『魔族』に遭遇して助けられたらしい。『魔族』は魔獣と違って知性が高く、人間よりも遥かに強い力を持っている、姿は様々だが、人間に近い姿を取るものも多いと言われる。滅多に人前に姿を現さないし、人と関わった歴史で伝わっているものは悲惨な逸話が多く『危険な存在』というのが人間側の共通認識だ。
滅多に現れない魔族との遭遇と『魔王による人族侵略』の情報。あまりにも突拍子のない話に、最初は『冗談はよせ!』と、相手にされなかったらしい。ゾエの精霊である『ルクシア』が擁護したことで学院側も上層部に報告を上げ、今は対策が話し合われている。
そのバタバタも一旦収まって、やっと日常が戻ると思っていたのに——エヴァが、別行動を取ろうとすることが増えていった。何かと用事を見つけては側を離れるし、今まで興味無さそうだったのに、『無くした記憶のヒントになる本があるかもしれない。』と言って図書館に通うようにもなった。
極め付けは、あの特製ジュースを飲んでくれないこと…
『ねえ、何が入っているの?』
『えっ?秘密だよ。』
『じゃあ、いらない。』
『飲まなきゃだめだよ…。ブ、ブルーベリーだよ?』
じーっとこちらを見つめられる。
『……。やっぱりいらない。もう2度と作らないで——』
『エヴァ…』
ため息をついたエヴァは、きっぱりと拒絶した。エヴァに嘘をついたってすぐばれる。彼女には本当のことを言っていないとわかってしまうから。それは知ってたけど、だからと言って本当のこと言うわけにもいかない。
課外授業の後から突然変わってしまったエヴァ。
(何があったの?何が、エヴァをそうさせているの?…)
*****
「はぁ……。」
「ヴィーア?飲まないの?」
いつの間にかお湯は沸いており、目の前にはカップに薄い黄金色の液体が注がれている。ふわり、と漂う軽やかな香りに癒される。いつの間にかハーブティを入れてくれていたアレシュは、コテンと首を傾げたまま心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「あ、ごめん。ありがとう。」
「それで?そのおっきいため息は?」
「私…エヴァに嫌われちゃったのかなー?」
もう何度目になるかわからないその言葉を、また口にしてしまう。
「どうして?」
「だって、よそよそしい!絶対変だよ。」
「んー。僕は最近親しくなったからな…。それでも変だとは思うけど。…でも、嫌ってるのとは違うと思う。なんて言うのか…」
「どうしたのー?2人とも難しい顔して。」
手に紙袋を抱えたユディがやって来る。
「エヴァがね、よそよそしいって。ヴィア、ため息ついてるんだよ。」
「ああー、またか。たしかに課外授業の後のエヴァちゃんは、なんか気を張ってる感じがするよね。」
「でしょー?はぁ…。」
「ラザ先輩には相談したの?」
「したよ。ラザお兄ちゃんも変だねって言ってた。それとなく聞いてみたけどダメだったみたい…。また様子見て話してみるとは言ってたけど。」
そう、『必殺!ラザお兄ちゃんのお悩み相談』でもダメだったのだ…。
「協力出来ることがあったらなんでも言ってね。」
「ありがとう、アレシュ君。話聞いてくれるだけでありがたいよ…」
机に突っ伏しているオリヴィアの頭をアレシュがよしよしする。
「それで、ヴィアはいつも通りにしてるんだよね?」
「うん、毎日話しかけてるし、無視はされないんだけどそっけないというか…」
「ほんと、どうしたのかな?嫌いになるのはありえないと思うけど…。ヴィアちゃんは離れる気は無いんだよね?」
「うん、それは絶対イヤ。」
「よし、ならきっと大丈夫。あのエヴァちゃんがヴィアちゃんを避け続けるなんて無理だもの。ヴィアちゃん、その息だー!」
『おー!』と可愛く拳を突き上げるユディ。アレシュも同じポーズで、一緒に励ましてくれる。心配してくれる友人がいることが心強い。
けれど、結局その日のお昼にエヴァはテラスに来なかった——




