27. 課外授業
森の木々は疎らで、時折木々の間から空も見える。王都からそう遠くないここは、魔の森に比べると危険度も低く、初級冒険者や学院の授業で人の出入りも多い。生い茂る木々も魔の森のものより背丈が低く、全体的に明るい印象だ。同じ森なのにこうも違うものかと不思議に思う。
『今度の課外授業では他のクラスと合同で行います。合同で行う理由はいろいろあるけれど1番は安全の為です。私たちも万全を尽くすけれど森では不測の事態が起きるかもしれない。それに備えるには得意・不得意のバランスが取れた班で行動するのが1番です。だから初めて会う子もいると思うけれど、協力しあって元気に戻ってきてね。』
そんな説明を受けてやって来た課外授業。私たちはAクラスの2名とDクラス4名の6人班で森に入っている。課題は『薬草採集』。他の班と被らないように、班毎に採集場所の異なるものが課題に指定されている。
「なかなか見つからないね。みんな疲れてない?」
時々みんなに声をかけてくれるのは、同じDクラスのアレクセイ・ジヴニー。栗色の少しクセのある髪に、はちみつ色の瞳をした童顔は「可愛らしい」という言葉がぴったり。『良かったらアレシュと呼んでね。』と、自己紹介してくれた彼の魔法適正は『火』属性。
基本の4属性にはそれぞれ火は『情熱』、水は『冷静』、風は『自由』、土は『包容力』といったイメージがあり、実際に適正を持つ者の多くも属性のイメージに近い性質の者が多いと言われている。けれども、アレシュはとても穏やかな性格のよう。
心に秘めた炎があるのか、それとも性格とは正反対の適正を持ってしまったのか——リゲル先生といい、彼といい、見た目からは火属性が想像できない。
属性を聞いた時にみんなが驚いていると、『よく似合ってないって言われるんだ。自分でもまさか火属性だとは思ってなかったよー』と、ニコニコしていた。
「私はもう少し大丈夫そうです。でも、どこにあるのかな?」
ユディこと、ユディタ・バイガルは、ふわふわで少し儚げな見た目の割に、意外と体力はある見たい。森に入ってだいぶ経つが、まだ元気そうにしている。実家の商いのお手伝いで体力が付いたのだとか。
Dクラスの希少属性持ちの彼女とは、中庭で出会ったのをきっかけに仲良くなって、今では時々ご飯も一緒に食べている。
緑がかった金髪のふわふわユディが森にいると、いつも以上に妖精さんのように見える。側を自由に飛び回る契約妖精と楽しそうにじゃれている姿は、彼女の妖精っぽい雰囲気をより増長している。
「水辺の近くに生えてるんだったよね。...ヴィア、お水飲んで。」
『まだ歩けそう?』と言いながら、エヴァが水筒を渡してくれる。水筒に入ったハーブティの爽やかな香りが心地よい。横から額の汗を拭ってくれるエヴァは、歩き始めた時と変わらぬ様子で疲れは見えない。いつも通りなのを確認してホッとする。
あれからエヴァが無理していないか時々観察する癖がついていた。そんな私は多少疲れていたけれど、森歩きには慣れているからまだ大丈夫だ。
「ありがとう。まだ、歩けるよ。」
「はっ、この程度で疲れるわけがないだろ。それより、精霊様に聞けば直ぐにわかるのではありませんか?」
感じの悪いこの人は、ヴィアが医務室に向かう途中でぶつかってしまった貴族、グスタフ・マレク・ザイーツ。選民思考の強いザイーツ伯爵の息子。彼自身、授業の一環とはいえDクラスの、しかも平民と同じグループなのが気に食わないようで不機嫌さを隠さない。
他の貴族と同じように、比較的整った顔立ちのはずだが、神経質で傲慢な雰囲気と、感じの悪い対応のおかげで残念な感じが否めない。魔法適性は土属性。
土属性持ちの包容力はどこに行ったのですか?と、聞きたくなる横柄な態度。アレシュと属性を入れ替えたら良いと思う。その方がお互いに似合っている。
「もう少し探しても見つからないようなら伺ってみます。教えて頂けるかは…わかりませんが。」
「契約精霊を使うのはルール違反ではないはずです。」
「確かに伺うのは違反ではないでしょう。けれど、教えるかどうかを決めるのは精霊様ですから。」
傲慢な彼が、それでも丁寧な口調で問いかける相手は、リーディエ・ゾエ・フォジュト。青色の髪に不思議な灰色の瞳を持つ美しいご令嬢。フォジュト家は侯爵の位を持つので、ザイーツ家より身分が高い。彼女は自身の家が代々祀る精霊様と契約を結んでいることでも名高い。
リーディエの契約精霊は、初めて契約を交わした人間、ゾエ・フォジュト様の名にちなんで、通称ゾエの精霊と呼ばれる。ゾエの精霊は人間と契約するのは異例な程、高位の精霊様だ。
だから彼女が協力すれば、森を歩くまでもなく課題は終わってしまうだろう。けれどそれでは、課外授業をする意味がなくなってしまうし、リーディエは精霊様に頼りきるのは嫌だと思っているみたい。
人が過去に契約を結んだ例があるのは中級精霊までと言われている。中級精霊は一般的に子供〜少年、少女の形をとるが、ゾエの精霊は美しい大人の女性の姿をしている。それは彼女が、中級精霊の中でも特に力を持っている事を表していて、人間と契約した精霊で最上位とされている。
そんな高位の精霊様と人間との契約が成り立ったのは、ゾエの精霊の、ゾエ・フォジュト様に対する深い親愛があったからだと言われている。
だから、フォジュト家でも数世代ぶりに契約を成立させたリーディエ・ゾエ・フォジュトは、国内外を問わず人々の関心を集めていた。もちろん学院でのクラスはAクラス。そして容姿の面でも、貴族様に疎い私が名前を知っているくらい「美しい」と有名だったりする。
先程話題に上がった高位の精霊様は、そっとリーディエの耳元に何か囁くと姿を消してしまう。
「もう少し自分たちで探しましょう。」
苦笑いしたリーディエは、そう私たちに告げた。




