28. ルクシア
——あれは、嫌い。——
わざわざ顔を寄せてそう囁いたあと、姿を消してしまったゾエの精霊。
(まあ、あんな高圧的な物言いをシア様が気に入るわけないか)
苦笑して、心の中で『そうですね。』と返事を返す。召喚獣を使役するような言い回しは気に食わなかった。
召喚獣と人間との契約の形は様々だが、双方の合意がないと成り立たない。基本的に召喚獣は自分に見合った力を持つ人間しか認めないので、力づくで契約を結ぶ場合が多くなる。
そういった背景から、召喚獣の強さが一種のステータスとして見なされることは多いし、酷い場合、召喚獣を奴隷のように扱う者さえいる。グスタフもそのようなタイプの考え方なのだろう。
けれどそうじゃない者だっている。思い出すのはゾエの精霊と出会った時のこと…
彼女と初めて出会ったのは10年前。
当時の私にとってお屋敷の隣に立つ建物はとても立派だった。厳かに佇む、真っ白なその建物は屋敷に来た時から気になっていた。けれどその中を見たことはなかった。この家が崇める精霊様のための建物だから、勝手に入ったら怒られるに違いないと思っていた。
けれど、その日は丁度周りに人はいないし、大きな扉は少し開いたままで。珍しく好奇心に突き動かされて——
******
ゆっくりと近づいて扉の陰からそっと中を覗き込む。中は、見たことのない綺麗な光景——
吹き抜けの天井はリーディエの何十倍もの高さがあり、色取り取りの大きなステンドグラスは、光を受けて虹色の陰を作っていて。光が差し込む場所は、はしごのようにキラキラと煌めいて、この扉から先は違う世界のよう。
あまりの美しさに尻込みをしたリーディエは、扉の陰からじっと中を覗く。
『そんなところで何をしているの?』
『ひっ、ごめんなさい!』
誰もいないと思っていたのに。びっくりして謝る。
『どうして謝るのかしら?そんな所から覗いてないで、こっちへいらっしゃい。』
てっきり怒られると思っていたのに、意外な返事が帰ってきた。不思議に思いながら、罵声に備えて瞑っていた瞳を開く。声の主を見た途端、あんぐりと口が開いてしまった。
真っ白な長い髪に蜂蜜みたいな金色の瞳をした、とても綺麗な女の人——
『わぁ!すっごく綺麗…。お屋敷に飾ってある絵の精霊様みたい。』
『そうなの?ふふ、ありがとう。』
そのまま中に入るのをためらっていると、『遠慮することないわ。』と言ってリーディエを抱え、中央のステンドグラスの下まで連れて行ってくれた。
近くの椅子に腰掛けると、リーディエを膝の上に座らせる。小さなリーディエは、お姉さんの顎の下にすっぽりと収まる。知らないお姉さんの膝の中で緊張していると、彼女は優しく頭を撫でながら話を続ける。
『貴方のお名前はなんというの?』
『リーディエ、です。』
『リーディエ…そう、いい名前ね。私はルクシアというの。』
『ルクシア様?』
そう言って首を傾げると、名前を呼ばれた瞬間ふわりと花が綻ぶように彼女は微笑んだ。
『『シア』と呼ぶといいわ。様はつけなくても良いのよ。私も貴方のことは『ディエ』と呼ぶから。』
『…シア。』
『ええ、そうよ。ディエ、いい子ね。』
*****
ゾエの精霊と呼ばれる、精霊『ルクシア』様との出会い。
その時は本当の精霊様だと知らなかったから、フォジュトの縁者か、それとも屋敷を訪れた貴族の誰かだろうと思っていた。
本人に向かって『精霊様みたい。』だなんて、随分と滑稽だったことでしょう。のちに精霊様だと知って慌てた時、シアは上機嫌で『ね、私が許可したのだから入って良かったでしょう?』とか言っていたような…。
フォジュト家が祀る精霊様だと理解してからは、丁寧な口調で話すようにしているけど、シアはそれが不満なよう。
リーディエは世間では将来を期待されているようだけど、それでもシアと比べると実力的に全く釣り合ってはおらず、一方的に加護を与えられている状態に近い。双方の合意があれば、実力が見合っている必要はない。
シアは初めて会った時から名を呼ぶことを許し、契約を結ぶ前からずっとそばにいてくれた。
『どうして契約できたのか?』と聞かれる事は多いけれど、未だに自分でもわからない。シアに直接理由を尋ねたこともある。けれど、『気に入ったからよ。』という、本心なのか?嘘なのか?と思うような返事しか帰って来たことがない。
リーディエにとってのシアは祀る対象でもあり、それ以上に母や姉のような、時には友人のような人で——
(正確には人では無いけれど…)
兎も角、精霊としての能力が高かろうとそうでなかろうと、他には変えられない大切な存在。けれど、先程のザイーツの言いようは…
(どうしてこうも違うのかしら?)
残念な気持ちになりながら探索を続けていると、『あ、あの…』と、恥ずかしそうにユディタが俯く。
何か言いたいようで、言えないでいる彼女の様子を見て、すぐに気づいたのはエヴァだった。
「少し休憩してもいいですか?」
「ああ、もちろん。僕も疲れて来てたんだー。」
話を合わせてくれるのはアレシュ。『この程度で疲れたのか!』とぐちぐち言ったザイーツも、リーディエが『少し疲れて来ました。』と2人に同調すると、休憩する事に納得してくれた。
そして休憩ついでに、交代でお手洗いも済ませてしまおうという話になる。
おそらく班で1番の実力であるリーディエは、森に慣れていないユディタと一緒に行動することになった。




